第5話 愛知の旅4



「んー」


 侑李と涼花が旅研究部の部室に入っていく。すでに部室の中にいた桜がムッとした表情を浮かべる。


「遅いわよ」


「いやー忘れていました」


「もうお腹すいちゃったわ」


 桜は持っていた惣菜パンの入った袋の封を開けた。ホットドックのような総菜パンにかぶり付いた。


 侑李と涼花は椅子に座ると、机の上に弁当箱を広げる。


 桜が侑李の弁当箱を覗き込んだ。そして素早くから揚げを摘まみ、口の中に放り込んだ。


「あ」


「これはお弁当のおかずを一つ貰わないとわりに合わないわ」


「あ、から揚げ取らないでくださいよ」


「んー相変わらず、美味しいから揚げ。大空君は一家に一台欲しいわね」


「俺、料理作るロボットじゃないんで」


「ふふ。さてと、昼を食べながら……今度の旅の話をしましょうか。蒼井ちゃんは原付を持っている?」


 桜は涼花に視線を向けて、問いかける。


「原付ですか?」


「うん。今度の旅での交通手段を原付……カブにしようかと思っているんだけど」


「引っ越す前には持っていたんですが。前の友達の妹さんに上げてしまいました」


「けど免許は持っていて、乗っていたのね?」


「ええ、私、種子島にいたんで……原付に乗れないと大変だったんです」


「種子島!? ほんとう?」


「ええ、それがどうしましたか?」


「いやーあ、種子島に行ってみたかったのよねぇ」


「そうなんですか?」


「ロケットの打ち上げを見たいの。去年、LCCやフェリーを乗り継いで……何とかホテルを取って鹿児島まで行ったのに……直前で打ち上げ延期、結局は見られなかったのよ」


「あぁ、ロケットは天候などで延期すること良くあるみたいですね」


「みたいねぇ。何かいい方法を知らない?」


「……聞いた話では打ち上げの後一週間ほど予定をあけておいた方がいいとか?」


「一週間かぁ。ホテル代が途方もなくなりそうね」


「よかったら。私のいとこが種子島に居て……安い民泊のようなこともしていたので桜さんが行くときは聞いてみましょうか?」


「ほんと?! ぜひ聞いてみて?」


「分かりました」


「やった。これでロケット打ち上げをこの目で見ることが出来そうよ」


「あの」


 侑李が桜と涼花の会話に割って入った。桜はムッとした表情を浮かべて侑李へと視線を向ける。


「何よ。今、すごく大切な話をしているんだけど」


「部長がロケットの打ち上げを見に行きたいのは分かりましたが。その話は後で良いですかね? 今日集まったのは愛知の旅での話だったのでは?」


「あっとと、そうだったわね。そうだったわ……ごめんね。蒼井ちゃん、話を戻すわ。蒼井ちゃんは原付の免許は持っているのね? 更にカブにも乗ったことがあるのね? じゃあ、私の家にあるカブを貸したら行けるわね」


「え? あ、貸してもらえるんですか?」


「ええ、メンテナンスは私の方でやっておくわ」


「ありがとうございます」


「よろしくね。蒼井ちゃんは仮入部扱いでだけど。波長が合いそうな知り合いが増えることはうれしいわ。あむっ」


 桜は口の中にパンを放り込んだ。


 それから、何気ない日常を過ごした後に桜、侑李、涼花の三人は旅に出かけることになった。






 九月二十三日。


 早朝六時。


 ここは聖火高校近くのコンビニ。


「ふはぁ、眠い」


 侑李が乗ったカブがコンビニの駐車場に走り込んできた。


 駐車場にはすでに桜と涼花の二人が居て、楽し気に話していた。涼花が旅研究部を訪れて二週間ずいぶんと打ち解けていた。


 侑李が駐車場にカブを止めると、桜が近づいてくる。


「遅いよ。遅い。大空君」


「おはようございます。時計見えないんですか? 時間通りですよ?」


「おはよう。旅だよ。ワクワクして、朝は早くに起きちゃうものでしょう?」


「俺は別に部長と違ってガチの旅人を名乗ってないですもの」


「いや、これは旅人とか関係ないよ」


「ありますよ。っとそろそろ行きますか?」


「むー話を逸らされた感が否めないけど……そうね。行きましょう?」


「とりあえず、どんぐりの湯を目指すんですよね」


「そうそう。途中で何か朝ごはんに喫茶店に入りたいわね」


「まぁ、喫茶店は腐るほどにありますから、よさげなの見つけら入りましょう。動画はそのあたりから撮り始めますか? 動画始まってすぐに喫茶店っていうのもなんですから……その直前辺りに一度止まってマイクとカブの前のカメラを付けますか」


「そうね。あ、ガソリンはちゃんと入れてきた?」


「ん? 入れていませんね。けど、結構入っているんで大丈夫かと」


「もう忘れたの? 北海道でガス欠して二十キロ歩いて農家の人にガソリンを分けてもらったのを」


「覚えていますが……ここは愛知県ですよ? 北海道と違って遭難することはありませんって」


「ダメよ。旅人はトラブルも楽しんで旅をするものだけど、一度起きてしまったトラブルを繰り返すのはナンセンスよ」


「分かりました。では近くのガソリンスタンドによりますか」


「そうね」


「あ……おはようございます。ガソリンスタンドから喫茶店、どんぐりの湯、キャンプ場ってな感じのフワッとした予定になりますが。いいですか? 蒼井さん」


 侑李は涼花に視線を向けて、ペコリと頭を下げた。


「はい。分かりました」


「そうそう、蒼井さんも何か寄りたいところを見つけたら気兼ねなく言ってくださいね」


「はい」


「じゃあ、行きましょう」


 侑李は桜と涼花に視線を向ける。


「レッツ旅!」


 桜は拳を突きあげた。


 桜、侑李、涼花はカブに跨って走り出し、コンビニを後にするのだった。



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