第2話 愛知の旅1



 慣れた様子でパソコンを操作すると宿泊サイトで茶臼山周辺の宿を探していく。


「どんな宿に泊まりますか?」


「んーこの宿は? ジンギスカンが夜ご飯に出てくるって。肉は数字取れるわ」


 ずらーっと並んだ宿の情報を眺めていた部長が一つの宿に目が留まった。


「ジンギスカン……この水野屋ってところですか?」


「鹿が食べたいわ」


「北海道で死ぬほど食べたじゃないですか」


「そうだけど、鹿が食べたいわ」


「まぁ、ジンギスカンは美味しいのでいいですが。とりあえず、宿がどんな感じなのかも見ていきますか」


「そうね」


 大空はパソコンを操作して、宿の情報が記載してあるページに飛んだ。


「うーん。部屋にお風呂はなくて、大浴場スタイルですね」


「あ、暖炉があるよ。暖炉。なんか雰囲気よさげじゃない? 映えよ。映え」


「そうですね。画像を見る限りいい雰囲気ですね……それに宿泊プランも二食付きで一万円前後は安い方ですかね。じゃあ、当日晴れていたら。この宿にしますか」


「当日、宿の予約が埋まっていませんように」


「あ、食事ありの宿ですから……当日予約は難しいですかね」


「そっか。食事は事前に準備が必要だものね」


「……事前に宿を取っておいた方がトラブルなくていいんですが」


「何を言っているの? 大空君。旅人の二か条を忘れたの? 旅人の二か条。宿はとらない。予定に縛られない。だったでしょ? それを抜かしたら、ただの旅行じゃない。私は旅行には興味ないの」


「はいはい。そうでした」


「分かっていればいいのよ。次の旅はそんな感じかな? 後は流れで拾っていこうか。あぁ今から旅が楽しみだなぁ」


「じゃあ、俺はこのくらいで北海道の旅の動画編集が残っていますので……」


「そうね。私もやらなきゃ……もうすぐで私達の『水曜の旅人』チャンネルも登録者数一万でしょ?」


 大空は閉じようとしたノートパソコンを再び起動させて、BTubeと言うサイトを開いて見せた。


 サイトの編集ページには水曜の旅人チャンネルとデカデカと表示されていた。


「はい。登録者数もですが……動画の再生回数はなかなか伸びていますよ? 特に北海道一周の旅一日目は投稿してから一週間経っていませんが二万回くらい再生されています。やはり、旅と北海道と言うワードには何か人を引き付ける力があるのかも知れませんね」


「ふふ、だから言ったでしょ? みんな、北海道が好きなのよ」


「……部長の嗅覚は素晴らしいと思いますよ」


「いつか、動画の収入だけで旅のできる日が来て欲しいわね」


「それは……しばらく掛かりますかね。今のところ毎週水曜日二十時半更新を徹底していますが、もう少し動画編集を早くできたら動画の投稿頻度を上げられて動画が伸びるかもしれないです」


「大空君、旅のために頑張って」


「俺だけじゃ無理ですよ。部長もノルマの動画編集頑張ってください」


「そうね。まぁつまらない勉強をやっているより、面倒臭くても動画編集をやっている方が旅費を稼げるかもと思えるから意欲も湧くんだけどね」


「目先過ぎるかも知れませんが。利益を得られると思うとやる気にもなりますよ」


「それにこのサイトがあるなら幽霊部員満載の旅研究部が無くなったとしても居場所となれるのが何よりよね」


 部長はどこか寂し気な表情を浮かべた。


 部室の窓から日が暮れ始めてオレンジに色づいた空に視線を向けた。


「まぁ、幽霊部員が大量過ぎるがゆえに生徒会もおいそれと廃部にはできないのでしょう。その代わりに部費は雀の涙ですが」


「数が多いと……ふふ、どっかの大企業みたいね」


「そうですね。じゃあ……俺は帰ります。部長はどうするんですか?」


「私も帰ろうかしらね。もう誰も来ないだろうし……」


 部長と大空が椅子から立ち上がった……その時だった。


 部室の外でガタッと音が聞こえてきた。


「「……ん?」」


 部長と大空が一度顔を見合わせた。そして、部室の扉へと視線を向けた。


 部室の扉は上のところがスリガラスがはめ込まれていて……部室の外が少し見える


 部室の外では黒く丸い何かが左右に動いていた。


「なんだろう? 生徒会の諜報部隊かしら?」


「え? 生徒会って諜報部門を抱えているんですか?」


「冗談よ」


「冗談ですか。ではアレはなんでしょう? もしかして、また幽霊部員希望の入部者でしょうか?」


「この時期に? さすがに遅すぎない?」


「……確かに」


 部長と大空がそんな会話をしながら扉を見ていると、扉のドアノブが回って、扉が開いた。


 扉が開くと高校生と言うには小柄の少女が立っていた。


「「「……」」」


 部長と大空、小柄の少女は視線を合わせたまま黙っていた。


 少しの沈黙の後、小柄の少女はキュッと制服の裾を握ると口を開く。


「……あ、あの私、旅研究部への入部を検討しています」


「あ。そうか。てっきり何かのいたずらと思ったぞ」


「す、すみません」


「入部希望者はいつでも歓迎だよ。とりあえず、そんなところに立ってないで部屋の中に入りなよ」


 部長は小柄な少女を旅研究部の部室に招き入れた。



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