第49話 疑惑
今すぐ帰るかと蒼太に問われて、夏乃は動揺した。
「え、でも……あ、あたし、まだ…………そうっ、荷物が、荷物が王宮にあるんです。制服も!」
気が動転するあまり夏乃はしどろもどろになったが、何とか言い訳を口にすることは出来た。
とてもじゃないが今すぐは帰れない。
月人を危険な王宮に残したまま帰るなんて、絶対に嫌だった。
あれほど帰りたいと思っていたはずなのに、いざ帰れる状態になったら、こんなにも動揺している自分がいる。それもこれも、全ては月人のせいだ。
(このままここに居ちゃダメだって、ちゃんと腹をくくったはずなのに……)
禁忌事項を知る前から、異界人の自分が月人の愛を受けてはいけないと、心のどこかで思っていた。この国に骨を埋める覚悟のない自分が、傍にいてはいけない。そう思う気持ちと恋心は相反するものだけれど、それを選んだのは夏乃自身だった。
(でも、このまますべてを忘れて、この世界を去るなんて嫌だ)
王太后はきっと、また月人の命を狙うだろう。
あの黒ずくめの男が、次の刺客になるのだとしたら、せめてそれだけでも防いでから帰りたい────。
(あ……あれ?)
突然降って湧いた疑念に、夏乃は首をひねった。
珀が追って行った王太后の部下。あの黒ずくめの男に少し遅れて、同じ階段から降りて来たクラッシャーの男。二人は、偶然同じタイミングで、たまたまあの店にいただけなのだろうか。
珀が言っていた。あの店は都の中では高級店の部類に入るが、夜以外は軽食しか出さない。朝は粥。昼間は団子などの甘味だけだ。
(こんな昼間に、あのきな臭い男たちが、別々に、ひとりで甘味を?)
心に湧いた疑惑が、じわじわと広がってゆく。
夏乃の思考を遮るように、暁の声がした。
「そうか制服かぁ。確かに制服は必要だね。すぐに持って来られるかな?」
「すぐ……には、無理です」
夏乃は慌てて首を振った。荷物の話をしていたのをすっかり忘れていた。
ちらりと暁の顔を見ると、彼は穏やかな顔をやや傾げて夏乃の言葉を待っている。きっと、すぐに荷物を持って来られない理由が聞きたいのだろう。
話すべきか、一瞬迷った。でも、この世界で夏乃が頼れるのは彼らしかいない。
「あの……一度王宮に戻ったら、外に出る理由を話さない限り、簡単には出て来れないと思います。それに…………気になることがあるんです」
「気になること?」
「はい。さっきのクラッシャーです。あの人さっき、王太后の部下と同じ店から出て来たんです。少し間は開けてましたけど、二人とも二階から降りて来たんです。怪しいと思いませんか? 王太后の部下は、月人さまを殺そうとしてます。あたしが王太后から毒茶を渡された時も、裏切ったり失敗したらあの男があたしを殺すって脅されました。もしかしたら、あのクラッシャーが月人さまの暗殺を請け負ったのかも知れない! もしそうなら……それを止めるのも、お二人の仕事ですよね?」
藁にも縋る気持ちで、夏乃は前のめりにローテーブルに両手をついた。
その振動でテーブルが揺れ、コーヒーカップがガチャンと跳ねた。
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