第七章 元の世界へ

第47話 時空管理官


 蒼太が夏乃を連れて行った場所は、繁華街のはずれに位置する古い食堂だった。


「おや、蒼太さんお帰り!」


 カウンターのようなテーブルの奥から、肝っ玉母さんみたいなおばさんが声をかけてくる。カウンターの隅には客が一人いるものの、あまり繁盛していない店のようだ。


「どうも」


 蒼太は軽く頭を下げると、店の中を素通りして奥の扉をくぐる。

 店の奥は倉庫のような殺風景な部屋だった。蒼太は部屋に入るなり一番奥の床板を外した。


「さぁ、入って」


 爽やかに笑う蒼太に促されて、夏乃は恐る恐る、床に開いた穴から下に伸びる木の階段を下った。


「うわぁ、何ここ?」


 粗末な食堂の地下にあったのは、広々とした部屋だった。現代日本風と言えば良いのか、この国では見たことがない黒革で統一されたソファーセットと木のローテーブル。カウンターで仕切られた向こうには、壁にそって簡易キッチンまである。

 夏乃が呆然としていると、キッチン横の扉が開いて、ほっそりとした小柄な男が入って来た。


「やぁ、蒼太くんお疲れさま」


 彼は柔らかな眼差しで蒼太にねぎらいの言葉をかける。

 ゆるいウェーブの長髪を首元で束ね、この世界の庶民の衣をまとったその姿は、この部屋にはものすごくミスマッチだ。


「いえ。クラッシャーも見つけたんですけど、こっちの方が優先だと思って」

 蒼太は疲れたようにソファーに腰を下ろす。


「良い判断だよ。あっ、夏乃ちゃんも座って。コーヒーでいいかな? 僕のことはあかつきって呼んでね」

「えっ、ああ、はい」


 夏乃は部屋の入口に立ったままだったが、暁に勧められて蒼太の向かい側のソファーに腰かけた。

 暁がコーヒーカップをローテーブルの上に置き、一人掛けの椅子に座るのを待って、夏乃は問いかけた。


「あの、時空管理官って何する人ですか? 国の機関なんですか?」

「そうだよ。非公式だけどね。俺らは日本国内にある時空の歪みを監視しているんだ。並行世界への抜け穴を見張っている者もいれば、犯罪者を捕まえたり、きみみたいな被害者を救助するために現地に駐在している暁みたいな人もいるんだ」


 蒼太はそう言って、暁が淹れてくれたコーヒーを飲み始める。


「びっくりしただろ? 夏乃ちゃんを巻き込んだ男は、クラッシャーと呼ばれる犯罪組織の人間なんだよ。あ、遠慮しないで飲んで」

「あ、いただきます」


 暁に促されて、夏乃はコーヒーカップを手に取った。


「……クラッシャーっていう人たちは、ここで何をしているんですか?」


「うーん、クラッシャーにも色々いるけど、基本的にはこの世界のもの……主に鉱物や宝石を密輸しているんだ。現地人と取引する過程で権力者と結びつき、犯罪まがいの依頼を受けている者もいる。並行世界への関与は禁忌事項だからね。早くつかまえないと色々マズいんだけど、心配しなくても大丈夫だよ。きみはすぐに家に帰してあげるからね」


 暁は親切にそう言ったが、夏乃は最後まで聞いていなかった。暁が言った〝並行世界への関与〟という言葉が気になって仕方がなかった。


「その、禁忌事項って、どんなものがあるんですか?」

「え、夏乃ちゃん、そういうの興味あるの?」


 暁がちょっと嬉しそうに喰いついてきた。


「いえ、違うんです。あたし、こっちにひと月くらいいたから、もしかしたら禁忌事項に触れちゃってるかも知れないと思って……」


 夏乃が真剣な顔でそう言うと、蒼太と暁は顔を見合わせた。


「そういえば、今までどこで何をしてたんだ? どんなに探しても見つからないから、死んじゃったんじゃないかって心配してたんだよ」


「え……あたしのこと、探してくれてたんですか?」


 今まで誰かが助けに来てくれるなんて考えたことも無かったから、そんな風に言われたことが何だか不思議だった。

 忘れられていなかったこと。誰かが自分の為に動いてくれていた事は素直に嬉しいのに、とても複雑な気持ちになる。


「あたし、今は王宮にいるんですけど、船に拾われたのが縁で白珠島で働いていたんです」

「白珠島って……まさか、夏乃ちゃんは〈銀の君〉のところにいるの?」

「はい。〈銀の君〉のお供で王宮に来ました」

「へぇー、いきなりトリップしてまだ一か月くらいでしょ? 王族に雇われるなんてすごいね」

「いえ、全然。〈銀の君〉は命を狙われてるみたいで、何だか危ないことに巻き込まれました」


 夏乃はうな垂れた。


「だから……あたし、禁忌事項に触れる事をしてるかも」

「……それは、大変だったな」


 蒼太は同情するようにそう言ってから、暁に目を向けた。


  

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