第六章 王太后

第40話 復活祭と巫女の宣託


(……眠れなかった)


 昨日と同じ広場の観覧席に座った夏乃は、五重塔の前で燃え盛る炎に、寝不足の顔を向けた。

 昨夜、日没とともに点火された神火は、太陽神の再生を願い一晩中燃え続けていたらしい。

 復活祭という名の元日は、儀式と共に始まった。


(いや、普通、眠れないから……)


 昨夜のことを思い出し、夏乃はこっそりため息をついた。

 早く寝てしまえとばかりに目をつぶったものの、隣に月人がいる状況で眠れる訳がない。月人の息遣いも、わずかな身じろぎさえも、耳が拾ってしまうのだ。

 だから、彼の手が自分の髪を梳いたことも、頬を撫でる手にも気づいていた。

 月人の願いがこもった言葉も、その後の口づけも、当然気づいていた。

 気づいていながら寝たふりをした。


 好きな人が自分を望んでくれる。それはとても幸せな事なのに、泣きたいほど胸が痛くて仕方がなかった。

 自分は、彼を受け入れられない。親の代わりに育ててくれた祖父との二人暮らしを、自分の恋の為にあっさりと捨てさることなど出来ない。

 だから、必死で寝たフリをした。


 起きていたら、彼の手を撥ね退けなければいけない。でも、自分の想いに気づいてしまった夏乃には、跳ね除ける自信はなかった。

 結局、月人が静かな寝息をたてはじめても、夏乃は眠れなかった。



 夏乃がぼんやりしている間に、復活祭の儀式は終わっていた。

 昨日とは違う山菜入りの粥が配られ、それを食した後で解散となった。

 先を行く月人と冬馬の後をしずしずと歩き、宮へ戻りながら、夏乃は隣に並んだハクを見上げた。


「ねぇ珀、都見学のことだけど……」

「今日はダメだぞ。俺にも用事があるんだ」

「あたしは暇だよ。別に珀がいなくても」

「ダメだ。おまえ一人で都へ行ってみろ、迷子になって大変だぞ? 人ごみには人買いだっているし、おまえにもしものことがあれば俺が月人さまに怒られるんだからな」

「えーっ」


「────あの、もし」


 夏乃が膨れた時、後ろから声をかけられた。

 振り返ると美しい女性が立っていた。目元に朱色のアイラインを入れた巫女だった。

 彼女は夏乃の前まで来ると、静かに礼をした。


「〈銀の君〉の侍女の方ですよね?」

「はっはい。夏乃と申します!」


 夏乃は慌てて頭を下げた。


「少しお話をしてもよろしいでしょうか?」

「はい」


 夏乃たちは、人の多い回廊を避けるため、少し先の柱の影まで移動した。

 もう月人と冬馬は人ごみに紛れて行ってしまったが、珀は残ってくれた。


「実はわたくし、あなたの夢を見たの」

「夢、ですか?」

「ええそう。わたくしは夢で神託をうけるの。夢を見た時は誰だか分からなかったけれど、昨日この王宮であなたを見かけて、どうしてもお話してみたくなったの」

「はぁ。……それは、どのような夢ですか?」


 夏乃は首をかしげた。


「戦う夢よ。あなたは、夢の中で戦っていたわ。剣を持つ相手に、あなたは槍のようなもので戦っていたの」

「えっ……」


 咄嗟に思い出したのは、雪夜と戦ったあの夜のことだった。


「それは、いつ頃の話ですか?」

「たぶん、これから起こることよ」

「これから?」


 普通なら信じられないけれど、相手はこの国の巫女だ。もしかしたら予知夢みたいなものかも知れない。


「もしかして……あたし、戦うことになるんですか? 本当に……これから起きることなんですか?」

「たぶん、起こるでしょう。未来は流れる川のように揺らめくものですが、いくつかある選択肢のひとつを神がお示しになるのだと、わたくしは思っています」

「そうですか……」


 夏乃は俯いた。

 王太后は月人暗殺を諦めていない。もしかしたらこの王宮にも刺客が紛れ込んでいるのかも知れない。


「あなたとお話しできてよかったわ。またいつか、お話ししましょうね」


 巫女はにっこり笑って去って行った。



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