春雷

朝日屋祐

第一篇 思い届かぬ不良男子

第一話 雷

 雨が降る音がする。まりあは赤い花模様の傘をさして学校へ向かっていた。するとダンボール箱にワンちゃんが入れられて捨てられていた。そのダンボール箱に拾ってくださいと書かれた紙が貼られていた。


「あ!」


 すると暗髪の不良高校生が捨てられた子犬に近づいた。有名な不良の桜井さくらい龍之介りゅうのすけだった。髪はヴァイオレットブルージュ。前下がりのマッシュウルフ。無造作ツイストスパイラルパーマをかけて、ワックスで髪をセットしているのがうかがえる。水門みずかど大学附属だいがくふぞく高等学校こうとうがっこうの制服を着ていた。桜井は長身痩躯ちょうしんそうくで制服姿が似合う。桜井はモデルがやれそうな容姿だ。端正たんせいな顔立ちをしている。まりあが思うに桜井は西洋人のような顔立ちだ。爽やかな夏の制服姿が目につく。制服を着崩して、シャツをだしている。決して腰パンではない。桜井はダークブルーのネクタイを手で緩めた。他のクラスの男子とは喧嘩ばかり。桜井は成績はとても優秀だったが、素行の悪さで先生を困らせていた。確かこの前の中間テストでは桜井は一位をとっていた。


「オス! 龍さんおはよう御座います。雨の中大丈夫ッスか?」

 舎弟しゃていの一人の男の子が龍之介にそう挨拶する。


「捨て犬が」

「龍さん、たかが、わんころなんて気にしないでくださいよ」


(……ワンちゃんかわいい)


 龍之介は犬を抱きかかえ、笑みを浮かべる。

 舎弟の一人はひょろっとした黒髪のスパイキーショートで首の長い子だった。彼もなかなか整った顔立ちの子だ。


「俺が飼う」

「このわんころ、中々かわいいッスね!」


 なんかかわいい。ワンちゃんがこちらに寄ってきた。龍之介はえ? って顔をしていた。


「かわいい! 桜井くんの犬なの?」

 まりあはそう言う。龍之介は制服姿はネクタイを緩め、そう言う。


「まぁな」

 龍之介はそう言う。


「名前は?」

 まりあは軽快な口調でそう訊く。龍之介は相変わらず、仏頂面ぶっちょうづらでこう切り返す。


慎之助しんのすけ

 まりあはふふっと笑うと。トコトコと足音を立てて寄ってきたので、ワンちゃんを抱きかかえる。


「古風な名前だね!」


 龍之介は、はにかんだ。普段はそんな表情しないのに。もうちょっとそんな表情を見せたほうが良いのにな、と思う。


「随分、うるさい女だな」


 龍之介はまりあに対して、面倒くさそうにそう言う。

 すると慎之助は龍之介にワンと吠えた。


「慎之助、吠えないであげてね」

 まりあはそうあやす様に言う。


「桜井くんはどこのクラス?」

 まりあはそう尋ねる。


「は? 1-Aだけど」

 龍之介は特進クラスだ。

 これはまりあが桃華ももかから訊いた話だが、龍之介は水門大学附属高校の特待とくたい生であり、学費を免除してもらっているらしい。


 龍之介は慎之助にまたワンと吠えられた。怯えてるのは気のせいかな。


「桜井くんに笑顔をみせてあげて」

「慎之助、舌舐めずりするんじゃねぇ」


 まりあは思う。龍之介は、かなり口が悪い。なので、クラスの男子女子からはぐれ者扱いをされている。だが、一部の女子から龍さまと、とことん、したわれている。彼は爽やかな人気者の感じの男の子ではなく、我が道をく、天上天下てんじょうてんげ唯我独尊ゆいがどくそんという男子だからだ。


「オス! 龍さんの同級生?」

 舎弟の一人の男の子が声をかけていた。まりあに向かい、敬礼けいれいをしている。


「あっ、はい!」

 まりあはそう答える。


「名前は?」

 舎弟の一人の男の子はそう訊く。


「あっ、望月もちづきまりあです!」

「龍さん、彼女居ないからこの子なんてどう?」

「あ? このわんころと?」

 龍之介は嫌そうにそう答える。


「龍さん、違うっスよ。望月さんっスよ」

 舎弟の一人の男の子は急いで否定する。


「俺の家はわんころ飼えないんだよな」

 龍之介は物憂ものうげな表情でそう言う。


「桜井くんのワンちゃん。わたしの家で飼うよ!」

 龍之介はハッとした表情だ。


「……慎之助を拾ってくれるのか?」

 龍之介はそう続ける。


「慎之助と俺と会わせてくれるか?」

「もちろん!」

 まりあは満面の笑みでそう言う。


「そうか。良かった。ん?」

 まりあは犬を抱っこして、龍之介に嬉しそうに見せる。


「ほら、慎之助! わたしと桜井くんは仲良しだよー!」

「あ、桜井くんニコニコしてるー!」

 龍之介は赤面して、照れくさそうにそう答える。


「俺がニコニコするわけねぇだろ」


 慎之助がまたワンと吠えた。


「慎之助。吠えないであげて」

 赤子をあやすような口調で言う。龍之介が口を開く。


琉花るか、どうすんのこいつ?」

「琉花? 女の子?」


風下かぜした琉花。俺の名前っすよ」

 琉花はそう言う。


「女の子みたいだね」

 まりあはふふっと笑う。


「オス! 俺先行きますッスね〜!」

 琉花も嬉しそうだ。

 琉花は先に行ってしまった。傘をワンちゃんに差している。二人はずぶ濡れだ。


「慎之助、雨濡れねぇか?」

「傘をさしてるから大丈夫だよ」


 龍之介とまりあは地面に腰掛けている。話を聞くと龍之介は成長期のため、スラックスはしょっちゅう新調しているらしい。


「あんたも雨濡れねぇか?」

「たまには傘なしも良いよ」


「龍さんって呼んでも良い?」

「龍さんと呼ばれるのは俺の手下から」


 まりあは桜井くんは面白い事を言うんだね、と付け加える。水筒のお茶を飲み干した。


「桜井くんのお住まいは?」

 龍之介はどこに住んでいるのだろう。


「埼玉の所沢」

 龍之介はぶっきらぼうに答える。 


「どこから通ってるの?」

花宮はなみや駅から、電車で。あんたは?」


「世田谷だよ!」

 まりあは嬉しそうに答える。


「あんた、フレンドリーだな」

「うふふ」

 まりあはふふっと笑う。


「今日は一限目は自習だね」

「あんた、勉強詰んでるのか?」


「……うん」

「あ、そろそろ授業だ! 行かないと!」


 二人はこの場を後にした。


 ◇◇◇


 なんとか桜井とまりあは教室についた。クラス中はざわついた。


「桜井と望月が?」


 龍之介とまりあはずぶ濡れだ。龍之介は自分のロッカーから乱暴にタオルを取り出した。


「あんた、女なんだから身体を冷やすんじゃねぇよ」


 龍之介はまりあにタオルをかけてくれた。龍之介は少々乱暴な物言いだ。だが、温かさ、優しさがまりあの心に染みる。


「あっ、桜井くん、ありがとう! 桜井くんすごく優しいもんね!」

「……別に」


「ふたりとも遅刻だぞ!」

 結城が怒り心頭な様子だ。


「桜井! なんだまた遅刻してきて俺のことを舐めてんのか」

「結城先生彼女いるの?」

 龍之介は、結城の事をはぐらかす。


「居るわけねぇだろ。早く着席しろ」

「はいはい」


「一限目は自習だ。勉強するなり寝るなり好きしろ」


 クラスはお弁当を食べてるか。本を読んでるか。うたた寝してるかだ。ほとんどの生徒は勉強してない。


「龍さん、抜け出して飯屋行きます?」

「俺は弁当を持ってきてる」

「えっ! マジうまそう!」


 とても美味しそうなお弁当だった。お母様がお料理したのかな。


「お母様が作ったお弁当美味しそうだね」

「……は? お袋が料理なんか、するわけねぇだろ。あの人はぶらぶら遊んでばっかりだ」


 龍之介は卵焼きを頬張る。


「え? 自分で作ったの?」

 まりあはそう問うた。


「まぁな」

 龍之介はそう答える。


「マジッスか! めちゃうまそう!」

 琉花は嬉しそうだ。

 暗髪ボブヘアーの美人、まりあの友達の女の子がそう言う。


「素行の悪いあんたが料理?」


 まりあの友達の桃華ももかはそう言う。


「うるせぇな。桶川おけがわ。あんた余計なことを言うよな」

「あんたもね」

 桃華はそう付け加える。

 するとまりあは龍之介に尋ねる。


「桜井くんは世界史は得意?」

「……なに。得意だけど。あんたは世界史が苦手?」


「他の科目は大丈夫なんだ。でも、世界史だけ、落第しそうなんだ」

「ああ、分かった」


 龍之介はまりあのレポートを指差すとこう指示をする。


「ここはこうだ。あんたが指さしてるのはここじゃない。カノッサの屈辱の舞台はフランスなわけねぇだろう」


 龍之介はここはこうだ、と指を指す。


「グレゴリウス七世は悪銭あくせん泥棒?」

「……そんなわけねぇだろ。そんな大層な名前のついた泥棒居るわけねぇだろ。ローマ教皇だよ」


「やったー! すごくわかり易かったよ! 桜井くんありがとう!」


 まりあは手をブンブン振って龍之介と握手した。龍之介の様子はまんざら悪い気でもない。


「ああ、そうか」

「桜井くん優しいね!」


「……あんた、なんかさ。俺の親父みたいだな」

「桜井くんのお父様?」


 龍之介のお父さんに似てるなどどこなのかな、と思う。


「わたしは男の子じゃないよ! わたしは桜井くんのお父様に似てるの?」

「まぁな」

「あっ、すごい! 桜井くん、草書なの?」


 龍之介の字を見てまりあはそう言う。


「俺は中学の頃に書道を習ったが、そんなに字は上手くねぇよ。親父は著名な書道家。書道の師範しはん。お袋は合気柔術あいきじゅうじゅつの師範」


 琉花は話を聞いていたらしく参加してくる。


「え? 桜井家凄くないっスか?」

「ご馳走さま。まぁまぁの味だ」


 桜井は手を合わせた。風下はキャラ弁だった。これは少女漫画の絵みたい、とまりあは思った。


「キャラ弁?」

「俺の母親はかなり絵がうまくて、芸大に行ったっス。俺はエリート一家の落ちこぼれっス」


「上手だね」

「オス!」


 なんだかんだでホームルームになる。結城はチャックが全開であったが、そんなことはこのクラスでは周知の上だ。クラスは放課後になる。

 桜井はアポリネール詩集を読んでいた。こうして桜井は授業中にこっそり隠れて本を読んでる。


「桜井くんは休みの日はどこに行くの?」

「神田」

「古本屋さん?」


「あ? 古本屋巡り俺は楽しいけどな」


「なんの本が好きなのかな?」

「……何でも読むけど?」


「あんたはこういうのが好きかと思う」


「シェイクスピアのお気に召すまま?」

「あんたはラブコメ好きなんじゃない?」


「どのくらい何冊読んでるのかな?」

「月に30冊」


「私服お洒落だね、服はどこで買ってるの?」

「……服? 俺の私服に興味あるのか? TUだよ」


「俺と違ってあんたは顔綺麗だよな」

「そんなことないよ」

「謙遜してるのか? あんたは育ちが良さそう。あんたは俺のこと興味あるのか?」

「うん。ある!」


「へぇ、物好きなやつだな。あんたは料理するの?」

「うーん。あんまりしないかな?」


「あんたはいつも購買部で昼飯食ってるよな。身体を壊さないのか。弁当は俺が作ってやろうか?」

「え? いいの?」


「あんたのリクエストは? こーいうのが好きとかこーいうのが嫌いとか。アレルギーがあるとか」


「えっと、梅干しご飯かな? あんまり辛いのは苦手かな?」

「分かった。明日から作るか。料理するの好きだから暇つぶし出来そう」


「桜井くんのお弁当美味しそー!」

「あ? やめろよ。照れるだろ。俺は女に料理なんて作ったことないし」


 桜井は頬の血色が良くなっていた。


「あんた、彼氏でもないやつの弁当受け取れるのか?」

「だって友達だもん!」

「あんたは陽だまりみたいな心が温かい女だよな」


「わたしも桜井くんに癒やされるよ」

「へぇ、そりゃどうも」


「俺はあんたみたいなタイプは、はじめてだ」

 龍之介はそう呟いた。

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