S級冒険者認定式

「サーシャぁ……すっっっごく綺麗です!!」

「あ、ありがとう……ピアソラ、その、近い」


 ピアソラ行きつけの洋装店にて、ドレスに着替え化粧を施したサーシャ。

 まるで、美しさだけを追求した着せ替え人形のような、あまりにも眩い輝きのドレス。

 サーシャの髪に合わせた、ライトシルバーのドレス。肩が剝き出しで薄手のヴェールを羽織り、露出をしすぎず、だが色香を感じさせる装いだ。

 アクセサリーはネックレス、耳飾り、髪飾り。どれもあえてシンプルな物にした。

 胸元がやや強調されているのは、ピアソラの指示……当然、サーシャには内緒だ。

 サーシャは、胸元が気になるのか、手で押さえている。十六歳にしては大きな胸が、身体のラインを強調するドレスでは目立っていた。


「あぁ……なんて美しさ」

「ぴ、ピアソラ……その、このドレス、胸を見せすぎではないか?」

「そんなことないです!! これは、このドレスは、これで決まりなんですぅ!!」

「あ、ああ……わ、わかった」


 あまりの気迫にサーシャは押されてしまう。

 そして、無難な礼服に着替えたレイノルドとタイクーン、そしてピアソラが選んだシンプルなドレスを着たロビンが入ってきた。


「おお!! サーシャ、すっごい!!」

「おぉ……」

「……少し、派手すぎないか? 認定式は厳かな式だ。あまり露出が多いのは「黙ってろクソ眼鏡!!」……く、クソ眼鏡?」


 ピアソラが殺さんばかりに睨むので、さすがのタイクーンも咳払いだけで何も言わない。

 ロビンははしゃいでいたが、レイノルドは見惚れていた。


「レイノルド? どうした?」

「あ、いやぁ……似合ってるぜ、サーシャ」

「そうか? ふふ、ありがとう」

「お、おう」


 サーシャはにっこり笑う。レイノルドも笑い、不思議と甘い空気になった。

 すると、ピアソラが咳払い。


「ごほんごほん!! サーシャ、外で馬車が待ってるわ。ささ、王城に行きましょ!!」

「ああ、そうだな」


 ジロッとレイノルドを睨むピアソラ。

 サーシャたちは、王城に向かう馬車に乗り込んだ。

 

 ◇◇◇◇◇


 王城に到着し、レイノルドが馬車から降り、サーシャをエスコートする。

 自然な動きに、サーシャも応える。

 美男美女の、恋人同士のようにも見える美しい所作だった。

 馬車を降り、認定式の会場となる、王城の大ホールへ。


「S級冒険者、『銀の戦乙女ブリュンヒルデ』サーシャ様、ご到着です」


 銀の戦乙女ブリュンヒルデ

 それが、サーシャに与えられた二つ名だ。

 大ホールに入り、一礼する。すると、拍手が巻き起こる。


「……───!」


 サーシャは気付いた。拍手するのは貴族たちで、中にはギルドマスターのガイストもいた。

 そして、レイノルドたちは停止。サーシャのみ騎士に案内され前の方へ。


「S級冒険者、『黒の化身ダークストーカー』ハイセ様、ご到着です」

「───っ」


 サーシャが息を呑む。

 拍手は、起きなかった。

 振り返るわけにもいかなかった。

 騎士に案内され、ハイセはサーシャの隣に立つ。

 そして、大ホールの上層に、三人の人影が立つ。


「国王陛下に敬礼!!」


 宰相が言うと、この場にいる全員が敬礼した。

 ハイベルグ王国、国王バルバロス。

 元S級冒険者。ちなみにハイベルグ王族は全員、冒険者になることが義務付けられている。


「S級冒険者サーシャ」

「はっ」

「同じく、S級冒険者ハイセ」

「はっ」

「そなたたちに、初代国王ゼアの祝福があらんことを」

「「ありがたき幸せ」」


 二人は声を揃えて言った。

 バルバロスが左右に立つ二人に目配せする。

 最初に、十八歳ほどの青年がサーシャの前に立ち、羊皮紙を広げる。


「S級冒険者サーシャ、ハイベルグ王家から依頼を出す」

「謹んで、お受け致します」

「内容は、ハイベルグ王国南部にある『クリスタル鉱山』に現れた、クリスタルゴーレムの討伐である。これに、第一王子クレスを同行させ、討伐に当たれ」


 サーシャは顔を上げた。

 サーシャの前に立っていたのは、明るい金髪の美青年。

 ハイベルグ王国第一王子、クレス・ゼア・ハイベルグだった。


「謹んで、お受け致します」


 もちろん、そう答えるしかなかった。

 そして、ハイセの前に立つ十六歳ほどの少女が言う。


「S級冒険者ハイセ、ハイベルグ王国から依頼を出す」

「謹んで、お受け致します」

「内容は、ハイベルグ王国東部にある霊峰ガガジアから、エリクシールの材料となる万年光月草を採取すること。これに、第二王女ミュアネを同行させ、採取せよ」


 ハイセが顔を上げた。

 そこに立っていたのは、明るいショートウェーブヘアの少女。ミュアネ・ゼア・ハイベルグだった。


「依頼はお受けします。ですが、王女殿下の同行は受諾できません」

「え」


 ミュアネが信じられないような声を出し、サーシャも思わずハイセを見た。

 サーシャだけではない。国王も、貴族たちも、全員が驚愕したようにハイセを見る。


「な、何故です?」

「霊峰ガガジアには危険な魔獣が多く出現します。魔獣自体は問題ありませんが……王女殿下を守りながらとなると、依頼達成率は八割強、ほどになるでしょう。つまり……命の危険がございます」

「ち、チームは? あなたのチームメイトは」

「いません」

「え」

「私に、チームはいません」

「…………」

「国王陛下。王女殿下を同行させることは不可能です。よろしいでしょうか」

「……く、はっはっは!! ああ、問題ない。では、S級冒険者ハイセ、そなたには単身での依頼達成を頼もうか」

「なっ!? お、お父様!!」

「ミュアネ。下がりなさい」

「……っ」


 ミュアネは、ハイセをジロッと睨んで下がった。


「さて。堅苦しい式はこれにて終了。楽しい晩餐の時間だ」


 国王がそう言うと、扉が開き、テーブルや料理が次々と運び込まれた。

 そして、グラスが配られ、国王の挨拶で立食パーティーが始まったのであった。


 ◇◇◇◇◇


「はっはっは!! ガイストよ、なかなか面白い小僧じゃないか」

「はぁ……嫌な予感はしてたんですけどね。まさかこの場で、あんな態度を取るとは」

「……前代未聞、というやつですなぁ」


 国王バルバロスと、ギルドマスターのガイスト、そして宰相のボネットは、一つのテーブルに集まってワインを楽しんでいた。ちなみにこの三人、同い年であり冒険者の同期であり、同じチームに所属していた親友でもあった。

 ガイストは、事前に『もしかしたら、ハイセが変なこと言うかも』とバルバロスに伝えていた。おかげで、バルバロスはこうして笑っている。


「陛下。王女には悪いことをしましたな」

「気にするな。あのお転婆、さっそくサーシャ嬢の元へ行きよった。S級冒険者への同行を諦めておらんようだぞ」


 バルバロスの視線の先には、サーシャに挨拶するミュアネがいた。

 

 ◇◇◇◇◇


「ごきげんよう、サーシャ様。わたくし、ミュアネと申します」

「王女殿下。お初にお目にかかります」

「ふふ、同い年ですし、堅苦しい挨拶は抜きにしましょ。ね、サーシャって呼んでいい?」

「え? あ……はい」

「やったぁ。ふふ、お友達ね!」


 どうやら、これがミュアネの『素』のようだ。

 すると、ミュアネの背後からクレスが現れる。


「こーらミュアネ。どうせ、依頼に同行できないか聞きに来たんだろう?」

「お、お兄様。何を言ってるのかしら?」

「お前の考えなんてわかるっての。あ、すまないな、サーシャ嬢、オレ……じゃなくて、私はクレスだ」

「……サーシャです。殿下、普段の喋り方で問題ないですよ」

「あ、そう? じゃあ遠慮なく……サーシャ、一時的だけどお前のチームで世話になるぜ。よろしくな」

「は、はい」

「あ、お兄様ずるい!! サーシャ、アタシ……じゃなくて、私も同行したいです」

「え、ええと……たぶん、大丈夫かと」

「やったあ!!」

「お、おい。おいサーシャ、いいのかよ?」

「王女命令ですので。それに、うちのチームなら大丈夫でしょう」


 サーシャは、遠くにいたレイノルドたちを呼び、二人を紹介する。


「で、殿下に、王女殿下……えっと」

「クレスで構わない。冒険者だし、冒険者の流儀で話そう」

「あ、アタシもっ」

「……そう言われちゃあな。オレはレイノルドだ」

「あたし、ロビン。よろしくねっ!!」

「タイクーンです。これからよろしくお願いします」


 クレス、ミュアネはすぐに打ち解けた。

 七人で話をしていると───ふと、バルコニーに一人の少年がいることに、サーシャは気付くのだった。


「…………あ」


 ハイセ。

 黒を基調とした礼服、そして……失った右目と傷跡を隠す大きな眼帯。

 誰にも会わないように、会場のテラスに一人で立っていた。

 声をかけようか、サーシャは一瞬だけ胸が高鳴る。これは甘い高鳴りではない、緊張から来る高鳴りだ。

 だが───ハイセに近づく者が、一人。

 それは、たった今サーシャと話しをしていた、第二王女ミュアネだった。


「ちょっと、あなた」

「…………何か」

「さっきの、どーいうつもり!?」

「さっきの、とは」


 いつの間にか、チーム全員が、ハイセとミュアネのやり取りに注目していた。

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