第22話 邪鬼の穴倉

※ 今回の話に含まれるネットゲーム用語が分からない人は以下の用語解説を参照してください。

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330669063291681



「なにやってんだカイル?」


 枝分かれした洞窟の角にチョークで印を付ける俺を、段が覗き込む。


「目印を付けているんだよ。どっちから来たか分からなくなったら、帰りに迷うからな」


 俺は板に書いた地図に、洞窟の角に付けたのと同じ印を書き込んだ。


「こんな臭い洞窟で迷いたくないだろ?」


 後ろを見ると、鼻を押さえたイザネがブンブンと首を振っている。


「少しは臭いに慣れといた方がいいぜイザネ、鼻を押さえたまま戦う訳にはいかないんだから」


 イザネは恐る恐る鼻から手を離すが、すぐにまた鼻をつまむ。


(そういえば、ゴブリンの臭いに慣れる訓練をギルドでした事もあったっけ)


 それは、臭いを染み込ませた布を使った簡単な訓練だった。イザネの様子は、その時に一緒に訓練を受けていた人にとても良く似ていたのだ。もっともあの布は、本物のゴブリンの臭いに遠く及ばなかったのだが。


(それにしても駆け出し冒険者の俺よりも、歴戦の猛者である筈のこいつらの方が初心(うぶ)なのはどうしたものか……)


「この細かい線はなんじゃ?」


 先ほど地図に書き加えた短く途切れた線を指し、べべ王が尋ねる。


「ここに来るまでに人が通れないような、狭い通路がいくつかあったろ。あの通路の場所に印を付けてるんだ」


「通れない路まで地図に書き込む必要があるのですか?」


 前かがみになり、天井に頭を擦りながら東風さんが眉をひそませた。この洞窟の天井がいくら高いとはいえ、流石に3メートルの東風さんが楽に通れるほど広くはない。


「狭くて俺達が通る事のできない道でも、小さいゴブリン達なら通れるでしょう。あの通路を使って後ろからゴブリン達が襲ってくる可能性があるんです。

 たぶん前後からの挟み撃ちを狙うと思いますけど」


「本当にPvPみたいだな」


 イザネの鼻声が後ろから聞こえてくる。あの様子では、まだまだ鼻から手を離す事はできないだろう。


「PvPって確か……」


「プレイヤー対プレイヤーの事だよ。基本的にルルタニアのモンスターは、配置された場所に近づくと襲って来るタイプの奴ばっかだったし、そんな作戦を使う奴はいなかった」


 イザネの話が本当ならば、縄張りを守っている時の大猿のような習性のモンスターばかりだったという事だろうか?


「ところで大丈夫か? みんなもこういう洞窟に潜るのは初めてみたいだけど、狭い場所だと壁に武器がぶつかるから普段の戦いとは勝手が違うぜ」


ガッ……


 さっそくイザネが、腰に下げたメイスを軽く壁にぶつける。この洞窟の通路はまだ広い方だが、それでも幅は3メートルあればいい方だ。そのうえ、ところどころ壁から大きな岩が突き出ている箇所もあり、長い得物を振り回すには手狭過ぎる。


「本当だ。ルルタニアの洞窟では武器が障害物に当たってもすり抜けてたんだけど、破壊判定が付いているせいか、壁にいちいちぶつかっちまう」


「おいおい、本当に大丈夫かよ……」


「なーに、イザとなればジョーダンのように素手でやってやるまでさ」


 イザネは自慢げに左腕を上げ、力こぶを作ってみせる。もちろん、残る右手は鼻の上だ。


(狭い場所に備えて短い得物を用意しておくものなんだけどなぁ、普通は)


 とはいえ、イザネなら素手でも大丈夫だろう。残る問題は……。


「それならいいけど、ホントに戦う時までには鼻から手を離せるようになっとけよー」


 半分真面目に、半分からかうようにイザネに言葉をかけると、返事の代わりにイザネは顔をしかめた。……そんな戦士らしからぬ仕草をするイザネから目を離した、その瞬間だった。


(あれは……)


 俺の目は、洞窟の隅に打ち捨てられた薄汚れた骨に吸い込まれていた。


(明らかに人の手の骨だ……いや、この森の奥に住むエルフのものかもしれない)


 当初、リラルルの村を襲おうと狙っていたゴブリン達が大猿の縄張りに気づき、警戒していたのは確かだろう。デニム達と一緒に退治したゴブリンは偵察部隊と推察できるし、それが全滅した事もリラルルの村への襲撃を後回しにする理由になったのかもしれない。

 しかし、周辺の村やエルフの隠れ里には、ゴブリン達が警戒すべきものは何一つなかった筈だ。


(近くにいた大猿が三匹ともいなくなったから、ゴブリン達は再びリラルルの村を襲う気になった、という訳か……皮肉なものだ)


 俺はそんな事を考えている内に、よほど厳しい顔になっていたらしい。


「ほぅ、カイルも気づいたか。流石じゃのう」


 前を行くべべ王が、一瞬俺の顔を横目に見てニヤリと笑う。

 なんの事かわからずに、とりあえずべべ王の視線の先を追った時、俺の耳にもようやくコツコツ、ペタペタと洞窟に響く足音が届いた。


(ゴブリン達だ!)


 俺は数メートル先の曲がり角を睨みながら急いで魔導弓を構え、その尖った両端で接近戦に備える。

 ゴブリン程度が相手であれば補助魔法の必要はないし、この狭い通路で攻撃魔法を放てば魔導弓の力が強すぎて自滅しかねない。故に、この魔導弓はもう槍の代わりとして使う他ない。


「まぶしい……」


 俺達が静かに身構える中、べべ王の持つ大盾だけが、相も変わらずブツブツ恨み言を口にしている。耳障りではあるが、この大盾の額に張り付けた魔法の光のおかげで俺達の周囲は昼間のように明るく、ゴブリンの潜む闇を消してくれている。

 足音は次第にこちらへ近づき、やがて洞窟の曲がり角から一斉に緑色の小鬼達が現れる。

 だが、ゴブリン達はこちらを一目すると、武器を構えたままその動きを止めた。奴等は通路を塞ぐようにして立っている東風さんの巨体を見て、既に戦意を喪失していたのだ。

 おそらく、ホブゴブリンなのだろう。指揮官らしき大柄な二匹のゴブリンが、後ろに従えた十数匹のゴブリン達に対し、突撃をしきりに促しているが効果はない。

 通常のゴブリンより大きいとはいえ、ホブゴブリンの身長は1メートルを超える程度。その3倍近い身長を誇る東風さんの圧とは、比較にもならない。


「しゃらくせえっ!」


 段が拳闘の構えで、怖気づいたゴブリン達に突っ込む。ゴブリン達が慌てて武器が振り上げた時には、段の拳は一匹のホブゴブリンの顔面にめり込んでいた。ゴシャリ、と骨を砕く鈍い音が、洞窟内に響き渡り鮮血が舞う。

 遅れて周囲にいたゴブリン達が手に持った短い剣を振り下ろした時には、既に段はフットワークを駆使してその間合いから離れており、殴られたホブゴブリンの片割れは、土の壁に叩きつけられて絶命していた。振り下ろされた剣が次々と空を切る音に混じり、壁にもたれるように沈むホブゴブリンの上に小石がパラパラと振る音が聞こえる。


「ゲェッ!」


 不意に後ろの方から叫び声が聞こえて振り返ると、イザネが一匹のゴブリンの頭を掴んで壁に叩きつけていた。あのゴブリンはもう生きてはいまい、頭が半ば壁に埋まってしまっている。


「カイルの言った通り挟み撃ちにするつもりだったらしいが、こいつら臭い以外は大した事ないぜ!」


 東風さんの巨体の陰になって正確な数までは分からないが、どうやらイザネの後ろには相当数の後方奇襲部隊がいるようだ。


「すいませんイザ姐、思うように動けなくて……」


 東風さんはすまなそうに肩をすぼめるが、イザネはむしろ生き生きとしていた。


「この程度の敵なら俺一人で充分だ! いいから任せろよ東風」


 狭い洞窟では地の利があるとはいえ、身長1メートルにも満たない緑の小鬼がイザネに敵う筈もない。

 イザネは絶命させたゴブリンを、後方から迫る奇襲部隊の足元にぶつけるように放り投げてその前進を阻む。それでも無理に仲間の死体を踏み越え前に出ようとしたゴブリンも、イザネの蹴りで右足を射抜かれ姿勢を崩し、首に振り下ろされた踵によって両膝を地に着いた。

 次に突撃したゴブリンも、踵で意識を失い倒れる寸前だったゴブリンが蹴飛ばされ、勢いよく衝突し、転ぶ。

 ……こうしてイザネは次々と倒したゴブリンを武器として利用して、次々と後方奇襲部隊切り崩していく。


 一方ホブゴブリンの部隊は、段がヒット・アンド・アウェイを繰り返しながらその殆どをノックアウトしていた。

 短剣を持ったゴブリンの間合いよりも段の腕の長さが勝り、ゴブリン達は自分の射程に近づく前に顔を、あるいは腹を拳で貫かれ、ある者は壁まで飛び、ある者は地面に叩きつけられめり込んでいた。


「おっととと……」


 が、調子に乗り過ぎた段は、バックステップの拍子に壁にぶつかりよろけ、その隙を見逃さなかった四匹のゴブリンが一斉に飛びかかる。


ガッ!ズガガッ ガゴッ!


 鈍い音が響き、段を取り囲んだ三匹のゴブリンは、頭を揺らした後に崩れ落ち凹んだ顔面を晒す。懐まで飛び込んだ残る一匹も、肘を振り降ろされて地面の上に潰れていた。


「ちっ! 狭い場所だとフットワークが使いづらいな。一発くらっちまったぜ」


 身に着けている守り指輪の効果だろう、段は無傷で服に付いた埃を払っている。もう、正面のゴブリン部隊は、一匹を残すのみだった。


「グゥゥゥ……」


 唸り声を上げた後、最後のホブゴブリンは踵を返すが……。


ドゥッ


 白い光弾がその頭を吹き飛ばし、地面にうつ伏せに横たわる。ドロドロと流れ落ちるゴブリンの血が、ただでさえ不潔な洞窟の床を更に汚く染め上げていく。

 隣を見ると、べべ王が小さな杖を手にしてホブゴブリンの方へ腕を伸ばしていた。どうやら、あの光弾を杖の先から撃ちだしたようだ。


「ナイスショットじゃろ?」


 べべ王がこっちを向き、笑顔でエッヘンと胸を逸らす。


「あ、ああ……」


 あまりに突然の事に、俺は思わず呆けた声で返事をしてしまう。後ろを振り返ると、既にイザネもゴブリンの部隊を片付けた後だった。


「臭いはもう大丈夫なのかよ?」


「慣れたというより、なんか少し鼻が麻痺しちまったようだ。外に出たら元に戻ってくれるんだろうか、これ?」


 イザネはむしろ、自分の嗅覚を心配していたようだ。冒険の終わった後の事を心配できるのは、それだけ余裕がある証拠だろう。


「巣に潜ってゴブリン退治をした冒険者は沢山いるけど、それ以来鼻がバカになったって話は聞いた事がないよ」


「そっか」


 声だけは落ち着いていたが、イザネはまだ居心地が悪そうに鼻をさすっている。


「すいません、なにもできないで……」


 東風さんが済まなそうに身を縮めた。


「まぁ、この場所じゃ仕方がなかろう。おまえはエディット可能な最大の身長で作られたからのう」


(……エディット?)


 言ってる事は良く分からないが、べべ王が東風さんをフォローしている事だけはわかる。


「この洞窟にはゴブリンの生活空間となる広間もある筈です。そこに着いたら東風さんも活躍できますよ」


 そう言う俺だって今の戦闘では出番がなかったんだし、東風さんと立場は全く変わらない。


「本当ですか! このまま何もできずにクエストが終わりやしないかと心配してたんですよ」


 俺の言葉で東風さんの表情が、少し明るくなる。


「よかったじゃねーか、臭い思いをしただけでクエストが終わるんじゃ、もったいないからな」


 段が、東風さんの突き出た腹を軽くはたいた。


「それにしてもカイルをリーダーにしといて正解じゃったな、奴等の行動が筒抜けじゃ」


「で、ゴブリン達は次に何してくるんだよカイル?」


 べべ王とイザネが、ほぼ同時に期待をはらんだ眼をこちらに向けてくる。


「今まではギルドで学んだ知識通りの事を言ってただけだよ。それが運よく当てはまった。

 で、こっからは俺の予想なんだけど、もう通路での襲撃はないかな」


「どういう事じゃカイル?」


「今の通路のスペースでは、あれ以上の頭数で攻めたってしょうがないからさ。この通路の幅では、一度に襲い掛かれる人数も限られるからね。

 となると、もっと人数の有利を活かせる広い場所で戦うか……」


「罠にはめるかですね?」


 天井から東風さんの声が、決して広くない通路に響く。


「よくわかったの東ちゃん」


 背の低いべべ王が、東風さんの顔をほぼ垂直に見上げる。


「ゲイル君と一緒に狩りに行って、罠の使い方も学びましたから」


「なるほど、狩りの経験からか。

 ジョーダンが拳闘を覚えたのもこっちに来てからじゃし、この世界での経験はいつ役に立つかわからんものじゃのう」


 まだ殴り足りない様子で宙に拳を振るう段を見ながら、べべ王がつぶやくように言った。


「そういやギルドの教官がこう言ってたよ、”知識は全て戦いに応用しろ”ってさ。もしかして爺さんにも、なんか応用できそうな事があるんじゃない?」


「ワシは農作業をしてばかりじゃったから、どうかのぅ……」


 べべ王は髭をひとなでしながら歩き始め、俺達もそれに続いて洞窟の更に奥を目指し潜っていった。



         *      *      *



「なぁ、なんか臭いがきつくなってないか?」


 再び自分の鼻をつまみ始めたイザネが尋ねた。

 洞窟の臭いはますますきつくなり、さっきから辺りの空気が目に染みるような錯覚すら覚える。


「それだけゴブリンの本拠地が近いって事だよ」


 俺は顎を斜め上に持ち上げ、横目で最後尾のイザネに声を返す。

 今俺達は、先のゴブリンの襲撃地点から5分くらい進んだ地点にいる。洞窟の通路は緩やかな下り坂になっており、俺達はあれから一本道をひたすら前へ進み続けていた。


「むっ……」


 俺達の先頭を行くべべ王が立ち止まり、その盾に貼り付けた魔法の明かりが前方の分岐路と、そこにたむろする二匹のゴブリンを照らし出す。


「ギギッ」


 ゴブリン達は明かりを嫌うように手で目を覆い、二つに分かれた洞窟の左側の通路へと逃げ出していく。


「待てや雑魚どもっ!」


「待つのはお前だジョーダン! さっき説明したろうが!」


 ゴブリンを追いかけようとする段の腰に、俺はなんとかしがみ付いて引き留める。


「なにをだよ!」


 俺を振り切って尚もゴブリンを追おうとする段の肩を、今度は東風さんの手が掴んだ。


「罠ですよジョーダンさん。

 ゴブリンの逃げ込んだ左の通路には殆どゴブリンの足跡がないでしょう。それに対して反対の右の路には足跡が山ほどあります」


「どういう事だ?」


 段はゴブリンを追いかけるのをようやく諦めて、東風さんを見上げる。


「左は普段使われていない通路で、右は普段からゴブリン達がよく利用している通路って事です。それなのに左側に逃げ込んだって事は……」


「そこに罠がある、という事じゃな」


 べべ王が感心したように、東風さんの話に頷く。


「ええ、そうです。恐らくは落とし穴でも用意しているのではないかと」


「確かにこの暗がりなら、落とし穴は有効かもれんのぅ」


 東風さんの言う通り、大して器用でもないゴブリンが用意できる罠といえば落とし穴が定番だろう。

 けれど俺達には明かりの魔法がある、よほど油断しているか、もしくはよほど上手く穴を偽装してなければ役には立つまい。現に今だって足跡を見逃さなかった。


(となると、奴等が仕掛けそうな罠は……)


「……あるいは、迷いやすい通路に誘い込むとかね。

 マッピングすら困難な天然の迷路に誘い込んで、こちらが疲れるのを待って戦うとか、それとも餓死するまで待つとか……」


「こんなクッサイ場所で迷い続けるとか、冗談じゃねーよ!」


 イザネの悲鳴にも似た叫びが後ろからあがった。彼女にとっては、ここに留まる事自体がもはや拷問なのだろう。


「と、いう訳で右の道だよジョーダン」


「お、おう。不用意に飛び出して悪かったぜ」


 段もようやく右へと進路を変え、べべ王に続く。右の通路は十数メートル先で更に右へと折れていた。

 先頭を行くべべ王が、その角を超えたところで声を上げる。


「おおい! すぐ先に広間があるぞぉ!」


(あのバカジジイ! ゴブリンがどこに潜んでいるかもわからないのに、わざわざ大きな声で……)


 元よりこちらの位置は大盾に貼り付けた明かりの魔法でバレバレだが、音はより正確にこちらの情報を敵に伝えてしまう。それは光の届かぬ位置の者にまで伝わり、その声からはこちらの感情まで筒抜けになる。べべ王の浮かれた声を聞いたゴブリン達は、こちらの油断を確信していることだろう。


「おおおぉ! 本当だ! さっきから狭い通路ばかりでウンザリしてたんだ!

 早く行こうぜ!」


 ジジイの隣を歩いていたバカ2号のハゲが広間に向かって突進を開始し、1号のジジイがその後に続いて走り出す。


「コラ! 戻れ馬鹿ども! さっきまで何を聞いてたんだっ!」


 俺は慌てて叫んだが、もう既に遅かった。


「ぬおっ?!」


 先頭を走っていた段が広間の入り口でずっこけ、それにつられるようにべべ王が転ぶ。

 恐らくは広間の入り口、その足元に縄でも張られていて、それに足を引っかけたのだろう。


チョドッ ドドドッドーーーン


 途端に、二人に火球が降り注ぎ大きな爆発が起こる。広間に潜んでいたゴブリンシャーマン達が一斉に魔法を放ったに違いない。

 だが……


「へっ、やるじゃねーか!」


 すぐに段が上半身を起こす。魔法防御の指輪のおかげだろう、べべ王も特にダメージを負っている様子もなく既に起き上がっていた。

 とはいえ、その出鱈目な防具がなければパーティが半壊していたところだ。


「”やるじゃねーか!”じゃねーよ! ゴブリン風情に知恵比べで負けてんじゃねーか、バカ!」


 俺は叫びながらアイスアローを生成して広間の入り口に駆け寄る。広間の中を覗くと、起き上がったばかりの段とべべ王めがけて走って来るゴブリンの一団が目に入った。


シュッ……カキィィィーーン


 俺の放ったアイスアローはゴブリンの集団の中心に当たり、周囲のゴブリン達を氷づかせてパリパリと乾いた音を洞窟に響かせる。


(広い! これなら東風さんでも問題ないぞ!)


 続いて広場を一望した俺は、胸を撫でおろした。天井の高さは通路より一回り高く、幅も数十メートルはあるようだ。


ドカッ


 息つく間もなく鈍い音が背中の方から響き、振り向くとイザネゴブリンの頭を掴んで、今度は地面に叩きつけていた。また奇襲部隊が後ろから回り込んできたのだろう。


「こっちは俺が片づけるから、東風は早く広間に出ろ!」


「了解です! イザ姐!」


 東風さんは既に影の中に潜っており、影は俺の下を通過してべべ王達の前に躍り出る。


シュカッ……


 べべ王達を襲うため洞窟の入り口の左右から迫っていたゴブリン達が、影から飛び出した東風さんによって、あっという間に切り裂かれる。影から飛び出したぶっとい腕がいきなり刃を振るったのだ、まともな対応などできる訳がない。

 段もこの機を逃さず拳を固め、ゴブリン達に報復すべく襲い掛かっている。


 俺は広間の入り口に貼ってあった縄を魔導弓の先についた刃で切断する。この縄はホブゴブリン部隊が帰って来ないので、慌てて仕掛けた急ごしらえの罠だろう。分かってしまえば随分とお粗末な仕掛けだ。

 けれど、その罠を利用しての奇襲と、それにタイミングを合わせて挟み撃ちにする手際を考えると、俺達よりよほど連携がとれている。


 俺が切断した縄を踏み越えて広間に入ると、そこにはかすかな冷気が漂っていた。


(!! アイスアロー1発でここまで洞窟が冷えるのか……、これじゃ連発したらこっちも凍えてしまう)


 その時、洞窟の奥の方でゴブリンシャーマン部隊が詠唱を開始しているのが目に入った。


(最速でマジックアローを放てば、間に合う……か?!)


 躊躇している間などなかった。俺は大急ぎで魔文字を宙に刻みサンダーアローを生成する。少々不本意ながら段の訓練で、俺はマジックアローを作り出す時間を大幅に短縮していた。


「いたい、いたい……」


 不意にべべ王の大盾の声が耳元で聞こえギョッとして横を向くと、ゴブリンが俺に向かって放ったスリングの石をべべ王が次々と盾で防いでいた。


「気にせず放て! 守りはワシに任せい!」


「おう!」


シュン……


 べべ王にうながされるままに、俺はゴブリンシャーマンの一団にサンダーアローを放った。雷の矢は、音もなく真っ直ぐに、凶悪なほど眩い電撃の光で洞窟を照らしながら飛んで行く。


バヂィッ……バリバリバリィ


 ゴブリンシャーマン達の魔法は完成する事無く全員が感電し、黒焦げになって崩れ落ちる。が、ゴブリンの焦げる臭いが、広間の悪臭に更に磨きをかけてしまう。


「おい! この臭いなんだよ!」


 後方のゴブリン部隊を蹴散らし、広間に入ったばかりのイザネが早速拒絶反応を示す。


「悪かったよ、ちょっと待て!」


 やむを得ず俺は、アイスアローを焦げたゴブリン共に向かって放つ。


ジュッ……シュウゥゥゥ


 ゴブリンが凍り付くと共に焦げた臭いは収まり、また少し洞窟の気温が下がる。これ以上は、アイスアローも使わない方がいいだろう。


「もっと場所を考えて魔法を使ってくれよ、カイルゥ~」


 段が近くのゴブリンを殴り倒しながら、ニヤケ面で俺を煽る。


「うっせぇ!」


 いつも言っている事を言い返されて、ついつい俺も熱くなってしまう。が、改めて周囲を見渡すと、ゴブリン達の勢いはもう既になくなっていた。


 この広間で決着をつけるべく集結していたゴブリン・ホブゴブリン部隊の半数以上が地に伏し、ゴブリンシャーマン部隊は俺が崩壊させ、後方からの奇襲部隊もイザネによって全滅、そして今も前線では東風さんと段がゴブリン達をなぎ倒していて、そこにイザネが合流しようとしている。

 べべ王は杖から光弾を発し続け、スリングでこちらを狙っていたゴブリン達を次々と撃ち抜いている。


※ 挿絵

https://kakuyomu.jp/users/tekitokun/news/16817330669063236350


(残るは……)


 広間の奥を見るとホブゴブリンの一団が戦況を見守るように佇み、その中にひと際大きいゴブリンが二匹混ざっていた。

 その一体は2メートル近い身長を有し、重鎧を着こんでいる。恐らくこれが、ゴブリンの英雄と呼ばれるゴブリンチャンピオンなのだろう。

 そしてもう一体は、チャンピオン程ではないがゴブリンの癖に並みの人間以上の体格を持ち、鎧の上にローブを羽織っている。恐らくはコイツがゴブリンキング……、このゴブリンの群れの首領であろう。


 俺は奴等の王の存在をみんなに知らせようとしたのだが、俺が口を開くより早くゴブリン達の方が動いていた。


「おまえ! 俺と! 戦う!」


 俺達の前に進み出たゴブリンチャンピオンは、手に持った大きな金棒で東風さんを指して、そう怒鳴った。

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