さよなら、坂道、流れ星

ねじまきねずみ

第1話 千珠琉と昴

「この坂がなければ学校も近くて快適なのにね。」

駒谷こまや 千珠琉ちずるは自宅の小さな門扉の前でしみじみと呟いた。

小清瑞ここに生まれた時点で無理な願いだろ。」

大河内おおこうち すばるは聞き飽きたといった口調で応えた。

この小清瑞こしみずという街は、海辺の街であり山沿いの街でもあるため坂道と階段が非常に多いのが特徴である。千珠琉と昴はこの街で生まれて共に約17年を過ごした幼馴染だ。二人は同じ高校に通い、家も隣同士なので時間が合えば一緒に登下校をしている。千珠琉は濃い栗色のやわらかなセミロングの髪、制服は膝上丈のスカートに学校指定の黒のハイソックスが定番で身長は155cm程度といったところ。昴は黒い短髪で制服はあまり着崩さない、身長は172〜3cm程度。二人ともごくごく普通といった感じの高校2年生だ。趣味が合うのか同じメーカーのリュックを通学用にしている。

「まぁそうなんだけどさー。いいな、昴はバイクがあって。」

「バイクあっても学校に乗ってけるわけじゃないからそんなにラクでもないけどな。」

「でもいーなっ。」

千珠琉は少し不機嫌そうに言った。

「なんだよ、なんか機嫌悪い?」

「全然!」

昴の察しの良さもなんとなく腹立たしい。昴がバイクを持っていることが羨ましいのは本音だし、もっと本音を言うなら知らない間に免許をとってしまった昴に対して少しの怒りと寂しさを感じていた。


(なんか昴、最近秘密が多い気がする…)


「チズ、ほらこれやるから機嫌直せ。」

そう言って昴が千珠琉の手のひらに乗せたのはチーズ味のお菓子だった。

「チズにはやっぱりチーズだよな。」

「もうそれ聞き飽きたー。」

千珠琉はわざと頬をぷくっと膨らませてムッとした表情をして見せたが、隠しきれない内心の嬉しさが漏れ出している。

「でも私これ好き。ありがとう。」

素直に笑顔で伝える。

「あ!もう今週末だね、流星群!絶対一緒に見に行こうね!」

「あー…そういえばそうだったネ…」

目をキラキラさせている千珠琉とは対照的に昴は面倒そうに答えた。

「もー!昴興味無さそー。」

「実際あんま興味ないって。だいたいチズは何座流星群か知ってんの?」

「えー知らない…。」

千珠琉のテンションが若干下がったのがわかる。

「みずがめ座でしたー。」

千珠琉の頬がまた膨れる。

「そんなの知らなくたって関係ないもん!願いごとには。」

「好きだねそういうの。チズは昔っから。」

「うんっ。」

千珠琉の表情があまりにもコロコロ変わるので、昴は思わず笑ってしまった。

「で、何願うの?」

昴の質問に千珠琉は笑顔で答える。

「ひみつー!」

「じゃあ一緒に行かな〜い。」

千珠琉の眉が八の字になる。

「えー!八重やえさんが深夜だから昴と一緒じゃなきゃ出かけちゃダメって言ってたの!絶対一緒に行く!」

八重さんこと八重子やえことは、千珠琉の母である。昴がそう呼ぶので、いつのまにか千珠琉も自分の母を名前で呼ぶようになっていた。

「じゃあ願いごと教えてよ。」

「それは…絶対ダメ。」

千珠琉が口籠くちごもる。

「…だって、願い事は口に出したら叶わないって教えてくれたの、すー君だよ。」

わざと、昔の呼び方で昴に言った。

「………。」

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