第4話 アリスは入門テストに挑戦します

「えっと……アリス。お前は攻撃魔法は修得していないだよな?」


「はい、両親から何かを壊したり、人を傷つけるような魔法は、まだ早いと言われましたので……」


「そうか、ソイツは残念だな。お前の師匠であるモズリーは冗談のように誤魔化しているが、攻撃魔法に関しては当代随一……私だって攻撃魔法に関しては、『最強』の座ってのを譲渡しなきゃいけない水準レベルなんだぜ?」


「本当ですか、モズリー先生?」とアリスは、後ろに下がっていた当人を見た。


「彼女は、ミゲールは大げさなんです。私なんて、まだまだですよ?」


 アリスは困惑する。 


(ミゲール先生とモズリー先生、どっちが本当のこと言ってるの!?)


 そんな彼女の内心を知ってか、知らずか、


「けっ! 謙遜もここまでくると嫌味も過ぎるぜ。せっかくだから、やっぱり本気で戦おうぜ。今、ここが最強決定戦の舞台だ!」


「いえ、今日はアリスの面談と試験でしょ? お願いしますよ」


「わかったよ」とミゲールは簡単に了承したかと思ったが、


「私とお前の決着は、もっとドラマチックじゃないといけないからな。いずれ、来るべき時期に来るべき場所で……ってわけだろ?」


「そんなことは全く考えてません」


「わかったわかった。お前の考えはわかったぜ、可愛い奴め! うっかりキスしちまうところだったじゃねぇか、気をつけな?」


「……あまり、私に近づかないでくださいね」



 そんなやりとりもありながら――――


「さて、話を戻すぜ、アリス。いや――――何の話だったかな?」


「攻撃魔法は取得していない……そういう話でした」


「おぉ、記憶力が良いな。弟子にするなら、そういうところポイント高い」


(この人、そうやって話を脱線させるから、会話が続かず本題にたどり着かないのでは?)


「おっ! 私に低評価を下したって顔してるぜ。これはマイナスポイント……いや、お前の言うことも正しいな。確かに私は話を脱線しがちだ」


「私は何も言ってませんよ!?」


「そんなに驚くなよ、心を読んだだけだ。魔法を使わなくても、なんとなくわかる。こいつはただの特技だ」


「……」


「いいね。心を読まれないように、まずは無言を貫くのは基本だぜ」


 こんな話を脱線するような会話を何度も繰り返して――――


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・・


「おしっ! そんじゃルールを教えるぞ」


 ようやく、試験のルールが決まった……らしい。


「私の弟子になるってことは一緒に世界を回るってことだ。私は、国が定めた立ち入り禁止の危険地域でも散歩したりするから――――要するに試験は自分の身を自分で守られるかってやつだ」


「防御魔法の試験ってことですか?」


「それだ、それ! 今から少しばかり私が攻撃を仕掛ける。どんな方法を使っても良いから全力で防御してみろ」


「わかりました」とアリスは、魔力を練る。 手に刻まれた風の紋章に光が灯る。


 彼女の魔力は風に変換されていく。身を守る防御壁として、彼女の全身を覆い隠した。


「へぇ、結界魔法か。発動まで短時間で詠唱もなし――――いい練度じゃねぇか」


「ありがとうございます」


「だが、それじゃダメだ。全然、ダメダメだぜ?」


「え?」


「そんじゃ私も少しだけ本気を見せちゃうぜ!」


 ミゲールは地の紋章を光らせる。 しかし、彼女は地属性の魔法を使用しなかった。それどころか――――


「魔法の属性紋章が変化していく」


「素直に驚いてくれて嬉しいぜ。紋章は、火、水、地、風が有名だが、それで終わりじゃねぇ。こいつを極めると本人の特性に応じて、もう一段変化する!」


 ミゲールの紋章。 それは変化を終え、見たこともない形状のもの――――見たこともない属性へ変化と遂げていた。


「変化させた私の属性は――――獣。獣の紋章だ!」


 ――――いや、変化は紋章だけでは終わっていなかった。 彼女の体にも変化が始まった。


「私の本業、宮廷魔法使いとしての仕事は、魔物の研究だ。 戦士の名言にもあるだろ? 


『人間は強靭な魔物に素手じゃ勝てない。じゃどうする? なってしまえばいい。魔物に』


 私はそれを叶えたわけだ!」


 ミゲールの体は変化を終えた。 変身した姿、それは――――


「どうだい? 可愛くてエロいだろう? 子猫ちゃんだぞ」


 獣人化――――それも獰猛な猫科を連想させる。無防備に近づく者を無慈悲に噛み殺す。そんな危険なイメージを……


「最初から種明かしをすると獣人化以外にも、いろいろと変身できるわけなんだけど、こいつに変身すると精神が高ぶって、少しだけ攻撃的になるんだぜ?」


 その圧力。 これが『世界最強の魔法使い』と言われる人物の変身魔法。


 アリスは思わず、後ろに下がりそうになるが、踏みとどまった。


(この魔法は、私の全力。他ならないモズリー先生が教えてくれたもの。先生が止めないってことは、私の防御がミゲール先生に通用するってこと!)


 それは奇跡のような光景だ。 まだ10歳にも満たない少女が、世界最強を前に一歩も引かない。


 魔導を研究する者が、この光景を見れば、どれほど驚愕するだろうか?


 しかし――――


「……」とミゲールは動かない。


 様子見をしてるわけでもないようだが、不気味なほどに微動だにしない。


 あまりにも動かないのでアリスの方が痺れを切らす。


「あの……攻撃するのでは?」


「いや、私がお前の防御壁を見た時、『ダメだ』って言った意味がわかるか?」


「えっと……いえ、すいません。わかりません」


「お前の防御魔法は出力が多き過ぎる。それを長時間維持できるわけがない」


「――――ッ!(まさか、そんな考えがあるなんて!)」とアリスは驚いた。


「わかったみたいだな。実戦の防御魔法の使いどころってのは常時使用するわけにはいかない。攻撃魔法みたいに一瞬で魔力を込めた1撃を放つのとは、魔力消費がわけが違う」


「……」


「わかったみたいだな。私はお前に攻撃しない。する必要がないからな……待ってれば、数分で全部の魔力が消費されて――――あれ? 待てよお前……全然、魔力が消費されてなくないか?」


「申し訳ないのですが……このくらいの結界魔法なら3日は維持できるので」


「……はぁ?」と今度はミゲールが驚く順番だった。 


「3日! 3日も結界魔法を使用したまま、生活できるってか? それって、もう家じゃねぇか! おい、モズリー! お前、弟子にどういう教育してるんだ?」


「どう……と言われましてもね」とモズリーは答える。


「マクレイガー公爵の頼みは、攻撃魔法を教えない代わりに身を守る魔法を徹底的に教えて欲しいという話でしたので……自然と防御魔法の練習が長時間になってしまったのです」


「長い時間練習したからって、スタミナの怪物に育ってしまってるじゃねぇか!」


「……と言う事は、合格でいいですか? ミゲール先生!」とアリスは喜んだ。


「仕方がねぇ。魔法使いに二言はない。ちょうど荷物運びや移動手段に便利な風属性の弟子が欲しかったってのもあるからな」


 そう言いながら、ミゲールは変身魔法を解除した。 


 獣人に変身したことで元の服装は破れて、あられもない姿になったが本人は気にしていない……それどころか自慢するように体を見せつけている節すらあった。


「けど、こっちは曲りなりに『世界最強の魔法使い』って看板を背負っている身だ。もう少しだけ、ミゲール・コットの強い部分を新弟子に見せつけとかないといけないだろ?」


 そう言うと、まだ防御魔法を展開し続けているアリスの前に立った。


「まだ、その魔法を解除するなよ。こういう相手に私がどうするのか、見せつけてやるよ!」


 そう言うと彼女は身を低くして、握った拳を構えた。  

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