第43話




 第四階層での休憩を終えて魔城内を歩き進めていくと、俺たちは第六階層までやって来た。


 第五階層では数体の魔城の騎士とエンカウントしたが、肝心のシャディラスと出会うことはなかった。


 第六階層を探索しながら歩いていると、小部屋であるものを発見して足を止める。


「これでいいわね」


 星崎が触れると、さっきまで何も書かれていなかった石碑に碑文が刻まれていく。


 まだ手つかずだった中継ポイントの石碑を開放したことで、いつでも地上からここまで飛んでくることができるようになった。


 そしてこの石碑を使えば、地上へと帰還することもできるが……。


 どうしたいのか、星崎は視線で俺と朝美に問いかけてくる。


「わたしはまだ余裕がありますから、マナカさまの考えに従います」


 星崎の先に進みたいという意思をくみ取ったのだろう。危険があると知りつつも、朝美は帰還しないことを選ぶ。


 ここから先に進めば、本当に無事では済まないかもしれない。


 引き返すとすれば、今しかない。ここが分岐点だ。


 ダンジョンからの最後の警告。俺にはこの石碑が、そんなふうに見えた。


 でも、とっくに答えは決まっている。


「俺も先に進むのに賛成だ」


 今日中にシャディラスを倒さないと、明日にはダンジョン災害が起きるかもしれない。アイツを倒さないまま、帰ることなんてできない。


「そう。二人の考えはわかったわ。それなら先に進みましょう」


 誰も地上への帰還を望んでいないことを確認すると、俺たちは開放した中継ポイントを横切って、魔城の奥へと向かっていく。


 足を前に進めれば進めるほど、廊下に漂う空気がよどんでいくのがわかる。肌寒さも感じる。巨大なバケモノの口のなかに自ら飛び込んでいっているような、そんな懸念が胸をよぎる。


 それでも、引き返すべきだという考えは浮かばない。


 一度進むと決めたからには、迷わない。


「……二人とも」


 星崎が呼びかけてくる。


 俺と朝美も気がついていた。


 ……殺気だ。無数の剣で全身を突き刺してくるような、明確な敵意が向けられている。


 その出所は、俺たちの目の前に伸びている廊下の先からだ。


 それに、むせ返るような臭気が鼻先を刺激してくる。


 血だな。この世界に来てから何度も嗅いできた臭いがする。そしてこれまで嗅いできたどの臭いよりも濃い。


 軟弱な人間だったら、および腰になって逃げだしただろう。


 だけど星崎は目つきを鋭くして、足を前へと踏み出した。


 この先に待っているのが想像を絶するものだと予感しつつも、引き返そうとはしない。


 前を向いて、勇敢に突き進んでいく。


 それでこそ、うちのリーダーだ。


 朝美は息を飲むと、杖を握りしめて星崎についていく。


 俺はいつでも剣を抜けるように心構えをしながら、二人を追いかけた。


 そうして廊下を進んでいくと、広々とした開放的な場所にたどりつく。


「これは……」


 星崎は声を低くすると、広間の惨状を見渡した。


 俺もそれを視界におさめて確認する。 


 乱暴にペンキを塗りたくって不出来なアートでも描いたように、壁や床にびっしりと生々しい血痕がこびりついている。


 おそらく大所帯でダンジョンにもぐったんだろう。地面にはたくさんの死体が転がっていて、赤い雨でも降ったように血溜まりができていた。


 転がっているのは冒険者の死体だけじゃない。広間のそこらじゅうに、灰が散らばり、白い魂精石が落ちている。


 冒険者と魔物の乱戦が繰り広げられていた。そう見るのが妥当だが……冒険者たちの剣や鎧がひしゃげていて、強引に破壊されたような形状になっている。凄まじい力を持つ者に、一方的にやられたんだ。


 きっと大所帯の冒険者と魔物の群れが戦っていたところに、ナニカが乱入してきて、人も魔物も関係なく殺戮のかぎりをつくしたんだ。


 そしてこの死屍累々の惨状のなかに、一つだけ奇妙なものがあった。

 

 ここまでの道中で何度も相手にしてきた魔城の騎士が、広間の中央に立っている。周りは死体だらけだっていうのに、その騎士だけは生きていた。


 挙動がおかしい。足取りがぎこちなくて、ふらついている。握った剣を今にも取り落としそうだ。


 もう残りHPが少なくて、瀕死状態なんだろう。


 俺たちと戦っても、勝機はない。そもそもあんなに弱っていては、戦いにすらならないだろう。


 だっていうのに、半死半生である魔城の騎士は、こっちに向かって走ってきた。鎧の音を立てながら迫ってくる。逃げるのではなく、立ち向かってきた。


 咄嗟に身構える。


 だけど違和感。迫ってくる魔城の騎士からは、戦意が感じられない。


 あれじゃあまるで、俺たちを狙っているというよりは、もっと恐ろしいモノから逃げているようだ。


 そう思った矢先のことだった。


 ――ミツケタ。


 古びた井戸の底から響いてくるような、冷え切った声音が聞こえた。


 その瞬間、こっちに向かって走っていた魔城の騎士の胸部から紫色の長剣が飛び出した。


 背後から刺し貫かれた魔城の騎士は、前に進むことができなくなる。剣を握っている右手が震えていたが、胸部から突き出ている紫色の剣を引き抜かれると、灰になって崩れていった。


 小さな音を立てて、白い魂精石が地面に落ちる。


 魔城の騎士が灰になって霧散していくと、その背後に佇む男が目に映った。


 広間に吹く風が、肩口まで伸びた白髪を揺らしている。細められた赤い双眸は、俺たちのことを獲物として捉えていた。


 秀麗な顔立ちだが、血を抜かれた病人のように肌は青白く、生気が感じられない。薄い唇には、嗜虐的な笑みを刻んでいる。


 無駄を削ぎ落とした細身の体には、妖艶な輝きを放つ紫色の軽装鎧を装着しており、魔城の騎士を貫いた紫色の長剣は微動だにせずこっちに向けられていた。


 ……待っていたぜ、このときを。


『ラスメモ』に詳しくない俺でも、あの野郎だけは見間違えない。この世界に来てから何度となく、アイツの姿を思い浮かべてきた。


 ずっと前から、コイツだけは瞳に焼きついている。  


 ようやく出会えた。


 シャディラス。


 光城涼介に死を与える男だ。




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