第39話




「朝美が冒険者になれる素質があると知ったときは、うれしくて安心したわ。あの子だけは、幼い頃からずっとそばにいてくれて、冒険者にしか見ることのできない憧れの景色を一緒に見ようって、約束してくれたから」


 さっき俺に聞かせてくれた話は、当然朝美も知っている。


 星崎にとって、朝美は友人であるだけじゃない。一緒に憧れを追い求める同志でもあるんだ。お互いを支え合う、真の意味で仲間と呼べる存在なんだろう。


 星崎は息を飲むように喉を鳴らすと、座ったまま背筋を伸ばした。緊張しているような、ぎこちない面持ちでこっちを見てくると、つぶらな瞳に俺のことを映してくる。


「わたしは、あなたにも、冒険者にしか見ることのできない憧れの景色を目指してほしいわ。このわたしに、実力を示したんですもの。あなたならできるって、信じたい。ここまで生き残ることに執着する男なんて、他に見たことがないもの」


 星崎は頬を色づかせると、たどたどしくではあるけれど、一つ一つの言葉に想いを込めるように伝えてくる。風に吹かれる野花みたいにゆらゆらと瞳は揺れていたが、決して視線をそらそうとはしない。


 星崎の気持ちが、流れ込んでくるみたいだ。


「……星崎。もしかして今日ウチにゲームをしにきたのって、俺をはげますためか?」


「っ! ち、ちがうわよ! どうしてわたしが、わざわざあなたをはげますために、ここまで足を運ばなくちゃいけないの!」


『色褪せし魔城』が開放されたと聞いてから、俺は頭が混乱していた。星崎の目には、落ち込んでいるように見えていたかもしれない。


 そう考えて、星崎がウチを訪れた理由を聞いてみると、もの凄い勢いで否定されてしまった。


 だけど星崎は「うぅ……」とお腹を空かせた子犬みたいに鳴くと、赤くなっている頬に手を添える。


「……いいえ、その、ごめんなさい。本当は光城くんの考えている通りよ。この辺りを通りがかって、たまたま思い出したというのはウソで、最初からあなたに会いに来るつもりだったの。事前にメッセージで伝えられなかったのは……恥ずかしくて」


 星崎はシュンとしながら、素直に白状してくる。 


「わたし、これまで人付き合いというものを疎かにしてきたから、こういうとき、どうやってはげませばいいのかわからなくて……」


 親しい相手。そう呼べるのは朝美くらいしかいなかったから、他人との付き合い方が不得手なんだろう。そのことを星崎は申し訳なさそうに認めてくる。


「一応、あなただってわたしと行動を共にしているわけだから、パーティのリーダーとして、メンバーが腑抜けになられたら困るのよ」


 星崎は立てた両膝の上に手を乗せると、照れくさそうに言ってくる。


 仲間として、俺のことを心配してくれている。それを思うと、胸のあたりがじんわりと熱を帯びていった。


「星崎。おまえは勘違いしているぜ」


「勘違い?」


「あぁ。確かに俺は混乱していたけど、別に腑抜けになんてなっちゃいない」


『色褪せし魔城』が出現した知らせを聞いたときは、冷静ではいられなかった。シャディラスに殺される時間が前倒しになって焦りが募った。


 光城涼介にとって、シャディラスは恐怖の対象であり、死そのものだ。ビビるなってほうが無理がある。


 だけど、俺にとっては違う。


 俺にとってシャディラスは、ブッ殺すべき相手だ!


 俺を殺しにくるシャディラスを、逆に殺してやるっ!


 その気概は消えちゃいない。俺は一度として、諦めようだなんて選択肢を思い浮かべてはいなかった。


 今でも、運命の日を乗り越えて生き延びるつもりだ。


「でも、星崎や朝美のことを心配させていたのなら、すまなかった。それと今日は来てくれてありがとう。はげみになったよ」


「そ、そう。わたしの勘違いだったのなら、それでいいのだけど」


 星崎はちょっとだけ肩をせばめると、首筋のあたりに手をやって長い髪を押さえる。


 心なしか、星崎が喜んでいるように見えた。


「冒険者にしか見ることのできない憧れの景色。そんなものがあるのなら、星崎たちと一緒に見てみたいな」


 相好を崩して素直な気持ちを伝えると、星崎はキョトンとする。


 だけどすぐに頬をゆるめて、傲慢とも取れるような自信にあふれた笑みを返してきた。


「どんなことがあっても、わたしは自分の仲間を死なせたりはしないわ。だからどこまでも、わたしについてきなさい」


 それは、仲間と呼べる存在をこれまで朝美以外にはつくれなかった、星崎マナカの冒険者としての決意なんだろう。


 その言葉には、とっても重みがある。


『好感度があがりました。レベルが100あがりました』


【好感度レベルアップ】のスキルが発動する。レベルアップした数字の大きさに、思わず変な声が出そうになった。


 100って、こんなにもレベルアップできるものなのか? だとしたらトンでもなく星崎の好感度があがったことになるぞ。


 これで俺のレベルは396になった。


【好感度レベルアップ】の効果には驚かされたが、それだけ戦闘能力が飛躍的に増したってことだ。


 戦うための力を手にすることができた。


 予定日よりも『色褪せし魔城』の出現が早くて、依然として状況は俺にとって不利だ。


 だけど、やってやる。


 俺のことを心配してくれた星崎を、悲しませたくはない。


 この世界に来てはじめて、自分のためだけじゃなくて、他の誰かのために戦いたいって、そう思えた。


 ようやく俺は、星崎マナカの正式な仲間になれた気がする。


「星崎。おまえがいれば、俺は無敵だ」


 確固とした覚悟を抱いて、そのことを言葉にする。


 星崎は何を言われたのかわからないように唖然としていたが、徐々に耳が赤らんでいき、大きく目を見開いた。


「あ、あなた! よくそんな恥ずかしいことを、面と向かって言えるわね!」


 組み合わせた両手で胸元を押さえながらオロオロすると、星崎は体を左右に揺さぶらせる。そうやって慌てふためいているの、かわいいよ。


 星崎は照れながらも咳払いをすると、表情を引きしめる。


 そして凜とした眼差しを向けてくる。


「その言葉を証明するためにも、これからわたしと一緒に高みを目指しつづけなさい。……り、りょ……け……」


 強気になって胸を張ってきたかと思えば、星崎は唇をモニョモニョさせて発声が怪しくなった。うまく言葉がつながっていない。


「……っ! 光城くん!」


 ギュッと両目をつむりながら、いきなり俺の名前を叫んでくる。


 何か言いたいことがあったようだけど、星崎はそれを伝えることができなかったみたいだ。それでも、星崎が俺を認めてくれたのは、感じ取ることができた。


「あぁ、よろしく頼む」


 穏やかな微笑みを浮かべて頷いた。 


 星崎は唇を結ぶと、たどたどしい手つきで床に置きっぱなしだったコントローラーを拾いあげる。


「さっきのゲームの続き、やるわよ」


 すねているように唇をとがらせながら、催促してくる。


『好感度があがりました。レベルが30あがりました』


 頭のなかで天の声が聞こえてきた。


 おかげで星崎の感情がわかってしまう。


 申し訳ないけど、照れ隠ししているのがバレバレだったよ。




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