第32話




 星崎は部屋にあがりこむと、やけにキョロキョロとする。そうやってキョロキョロされるの、こっちとしては恥ずかしい。ていうか上品な空気をまとっている星崎が、こんな安アパートの部屋にいること事態がすっごい違和感。


 すると室内を見まわしていた星崎が、本棚のところで目をとめる。


「この本棚、漫画ばかりね。それにここにある漫画って……」


 あっ! し、しまったぁ! 部屋を片づけるのに夢中で、隠すの忘れちゃってたぁ!


 軽いパニックを起こしていると、朝美がスタスタと本棚に近づいていった。手を伸ばして並んでいる漫画の一冊を抜き取ると、パラパラと中身を流し読みする。


 パタンと閉じると、朝美は元の位置に漫画を戻した。


「マナカさま、百合漫画を発見しました」


 ちょっ、アサミン! どうしてそういうことするの! 許可なく人の本棚を見ちゃダメでしょぉ!


「見覚えのあるタイトルだと思ったら、それ系の漫画だったのね。この本棚にある漫画って、もしかしてほとんどが百合作品なの?」


 や、やめてよぉ! そんな人の趣味が丸出しの本棚をジロジロと見ないでぇ! うぅ、恥ずかしいよぉ!


 いっぱいお金が入ったから、ついつい本屋さんに行っちゃって、おもしろそうな百合漫画を片っ端から買い込んじゃったんだよ。

 

 部屋のなかで百合漫画を見て、ニヤニヤしちゃっているのバレちゃった。


 女性がこの手の作品を楽しむのはともかく、俺みたいないい年した男が楽しむのは、傍から見てどうんだろ? 気持ち悪いって思われちゃったかな?


「別に人の趣味をとやかく言うつもりはないけどね。好きなものは好きなんだから、しょうがないんじゃないの」


「ほ、星崎……おまえ、良いやつだな」


「わたしはわたしの考えを言っただけよ」


 キラキラと目を輝かせながら見つめると、星崎はプイッと顔をそらしてくる。ふふっ、もう照れちゃって。


「マナカさまも、少年漫画とかお好きですもんね」


「ちょっ、朝美! どうしてここでそれを言うのよ!」


 いきなり自分の趣味を暴露された星崎は、声を裏返らせてアタフタする。


「えぇ~、そうなのぉ? 星崎って少年漫画が好きなんだぁ」


 お金持ちのお嬢さまだから、漫画とか、そういうのには興味がないと思っていたよ。


「っ……そうよ。何かおかしい?」


 フンと鼻を鳴らすと、居直るように胸をそらして睨んでくる。今は威圧感よりも、かわいさのほうが勝っているよ。


「おかしなことなんてないぞ。好きなものは好きだからしょうがない、だろ。何かおすすめの漫画があるのなら、今度教えてくれ」


 好感度を稼ごうとか、そういう狙いはなくて素直な気持ちを口にすると、星崎は目をしばたたかせる。


 そして唇をむぐむぐとさせると、顔をうつむかせて視線を斜め下に向けていた。


「し、仕方ないわね。そんなに知りたいのなら、教えてあげないこともないわよ?」


 星崎は左手で髪を押さえながら、上目づかいになって見てくる。ちょっとだけ口元が震えていた。笑みがこぼれそうなのを、必死に我慢しているようだ。


『好感度があがりました。レベルが10あがりました』


 今日はじめてのレベルアップの知らせがくる。これでレベル216。狙っていたわけじゃないけど、順調なすべり出しだ。


「よかったですね、マナカさま。趣味を共有できる相手が見つかって」


「朝美。さっきはよくもバラしてくれたわね。わたしに許可なくあんなことをしたんだもの。こっちがあなたの秘密をバラしたって、文句は言えないはずよね?」


「うっ……できればそれは勘弁していただけたらと。その……すみませんでした」


 星崎が腰に手を当ててモデルさんのようなポーズを取りながら横目で睨みつけると、朝美は両手をパタパタとさせて慌てていた。


 だけど朝美がごめんなさいしたら、星崎はため息をついて目元をやわらげる。そして唇にかすかな笑みを浮かべていた。


 朝美が趣味のことをバラしてきたのは、星崎と俺が仲良くなってほしいからだって、察しているみたいだ。


 そんな二人の固い絆を見せつけられちゃって、こっちも頬がほころんじゃうよ。




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