第15話 けだもの

「やえか、生きちょったんか?」

「……離して!」


 男の手がやえの腕を握る。振りほどこうとするけれど。やえは13の娘、相手は中年男なのだ。腕力では勝てない。


「お前食われちょらん言う事は……

 そうか、山のぬしってのはほんまに男じゃったゆう事か。

 そいでやえ、そいつに可愛がられちょったんじゃな」

「あんた、変な事言わんちょいて。

 なんでここに居るんよ」


「山に狩りに来て迷ったんじゃ」


 見ると男は背に弓矢を持っている。


「何処やら分からんで迷うちょったら、人が通ったような細い跡があったんじゃ。

 猟師が使うた道かな、思うて歩いて来たんじゃ」


 おそらくうぃるが歩いて出来た道だ。


「ここが主の家か。

 その割に貧相な家だな。

 もっと立派な屋敷にでも住んでるのかと思ったが。

 所詮けだものなんじゃな」

「うぃるの家を悪く言わんちょいて!」


「……やえ、お前やっぱり主の女になったんじゃな。

 けだものに可愛がられよったんか」

「やめぇ、うちはそんな事しちょらん」


 やえは言ったが、男は聞いていなかった。怖い目でやえを睨みぶつぶつと独りつぶやく。


「こんな事ならやはりあの時男の味を教えちょくんじゃった。

 いや、もっと前に子供のうちに俺の女にしておけば……」


 背筋が凍るような戯れ言。誰がこんな男の物になどなるものか。


「離せ、離しとき。

 あんた、ういるが帰って来たらただじゃすまんよ」

「……うぃる、ってのは主の事か?

 ちっ、やえ、すっかり懐きよったんか。

 屋敷で何かと助けてやった恩も忘れやがって」


 助けたと言うのは……里長の屋敷での仕事の事か。助けて貰ったつもりなど無い、時間さえあれば自分で出来た事を、取り上げて行き男一人でやってしまった。恩着せがましくやえの腕を握って。そんな光景を見ている女衆がやえに聞こえるように言う。「目が悪い分男衆の機嫌を取るのは上手いんじゃね」その度に情けない想いをして来たのだ。

 

「誰も助けてくれなんて言うちょらん! 

 あんたが勝手にやってただけじゃ」

「なんじゃと、この!

 すっかり可愛げなくなりやがって、俺に逆らうとどうなるか教えてやる」


 ぐいとやえの腕を男が抱き寄せる。荒っぽい力でやえを地面に押し付ける。


「なにするん?

 やめぇ!」

「大人しぅしとれ。

 主にもう可愛がられちょるんじゃろが。

 人間の男とするんは初めてか。

 ならけだものと人の違いを教えちゃる」

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