第9話 化粧

「服を、服を着ろーーっ!!!」


 と言われても。

 やえは自分の恰好を確認する。半小袖、奥様は肌襦袢などと呼んだりもする、下着。薄い造りで中の肌色まで透けて見える。

 下女たちが屋敷で働くのにおかしな恰好では無い。冬なら上着を羽織るが、夏場はこの程度当たり前。下男がジロジロ眺めるようなら、助平と怒鳴ってやれば良い。


「着てるやん。

 冬場じゃけん。

 寒いけど身体を動かしてたら、温こうなってくるんじゃ」


「暑さ、寒さの話では無い!

 ……肌が……肌が見えてるんだ」


 男はやえの方を見ないように下を向いている。やえが近付いてみるとその頬が赤らんでいる様だ。


「うわーーーっ?

 何故、近付いて来るんだ」

「うちは目が悪いんじゃ。

 近づかんとお顔が良く見えん」


「俺の顔など見なくていい。

 いいから上着を着てくれ!」

「そやけど、真っ白な着物を汚したくは無いんじゃ。

 こんな肌着洗えばええけど。

 豪華な着物いうんは洗濯も出来ん」


「……分かった。

 俺の服を貸す。

 どれを着ても良いから早くしてくれ」


 そんな訳で男の服に身を通すやえである。

 青に染められた作務衣。飾り気が無い分、動きやすい。


 男はやえをしばらくの間見て言った。


「今度女性の服を貰ってくる。

 それまで我慢してくれ」

「ウチはこれでかまわん。

 掃除もしやすいし」


「………………

 化粧を落としたんだな」


 その言葉でやえは顔を覆う。


「ああ……すまんです。

 埃で汚してもうてのう。

 変じゃろ、思うて洗い流したです。

 へへへ、美人で無いのがばれてしもうたね」


「そんな事は無い!

 その方が……自然で奇麗だ」


 最後の言葉はつぶやくように言っていて。

 男はそっぽを向いているが、薄っすら見えるその頬はまた赤らんでいる。

 やえの方も顔が熱い。

 うちの頬も真っ赤になっちょるんじゃろか。

 

「ええと、あらためてうちの名はやえじゃ。

 それでうちはなんと呼べばいい? 主さん

 ……と言うか主さんでええんじゃよね?」


「何を言ってる?

 ………………

 そうだ。

 やえと逢ったのは狼の姿の時?!

 やえ、何故驚かない?

 狼であった俺が人間の姿をしているのだぞ。

 普通もっと驚くだろう?」

「驚いちょるよ。

 と言うか、さっきまであんたが主さんなのか、確証無かったじゃろ。

 驚こうにも驚けんかったんじゃ。

 これで分かったから、驚く事が出来るねぇ」

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