第28話 作戦①

「ミッチェルが3本……。レイシアが2本……。リリストも2本……。マジか」

 この店で取り扱っている一番強い酒。二番目に強い酒。三番目に強い酒。それぞれ複数完飲したのは、目の前で酔い潰れている二つ結びのリリィである。


「こ、この子……こんなにお酒が飲めたのね……。私知らなかったわ」

「間違いなくヤケ酒だと思いますよ? あとはドラさんが隣にいたからかなぁと……」

 死んでもおかしくないような量を飲んでいること、戻してもおかしくない量を飲んでいる。

 さすがにサンドラも危ないと思ったのか、『ポイズンキュア』という魔法を使って解毒をさせていた。

 薬要らずの便利な代物は本当に羨ましく思う。


「……ふう。でも本当にごめんなさいね。レンさん。改めてだけどこの子が本当にいろいろと……」

「本当に気にしないでください。リリィさんが優しい方なのは知っているので。実は今日テトのこと助けてくれたんですよ」

「そ、そうなの?」

「うん。すごく優しくしてもらった。今日は大好きなサンドラお姉さんに会えたから、仕方ないと思う」

「ふふっ、そう言ってもらえると助かるわ。確かに私のことになるとヤケになっちゃうのよねえ」

 酔い潰れたリリィの頭を優しく撫でるサンドラは、優しげな瞳で見つめてる。

 こんなことを思うのは失礼かもしれないが、子どもを上手にあやしているよう。


「それにしても、この状況はドラさんが初めてこの店に来てくれた時と似てますね? 閉店時間に酔い潰れてしまうという」

「も、もう……。その時の記憶は忘れてちょうだい。恥ずかしいから……」

「自分が忘れてもテトが覚えてますけどね。な、テト?」

「うん。サンドラお姉さんを抱っこして連れて帰った」

「だ、だから思い返さなくていいの……」

 レンがからかった時よりも恥ずかしそうにしている。

 サンドラからすれば、小柄で身長も小さい16歳の女の子に運んでもらったのだ。

『年上としての威厳が……』ということもあるのだろう。


「ね、レン」

「ん? なんだ?」

「今日のサンドラお姉さんすごくカッコよかったね」

 テトらしいことだが、急すぎる話題転換である。が、裏を返せばそのくらい話したかったことでもある。


「正直それは思った。特にリリィさんの背後を一瞬で取ったのはすごかったよなぁ。冒険者らしい動きだったっていうか」

「うん。できればもう一回見たい」

「仕方がないわねえ。一度だけの特別よ?」

 と、人差し指を立てた瞬間だった。

 顔に風が……なんて感じた時には、すでに出入り口の前に移動を終わらせていたサンドラである。

 それはまるでテレポートしているようで、肉眼では追えないほど。


「やっぱりすごい。カッコいい」

「ふふっ、どやあって感じかしらね」

『むふ』とした時のテトのドヤ顔に少し影響されたのか、絵になるような……思わず見惚れてしまう表情を浮かべていた。


「サンドラお姉さん、それってどうやってするの……?」

「私の場合は魔力を足に集中させて……って感じなのだけど、テトちゃんだったら、筋力を上げるだけで似たようなことができると思うわ」

「そうなんだ」

 さすがは体力や力に優れた獣人だ。

 サンドラの言っていることをもっとわかりやすく説明するならば、筋力をつけた後、足に力を入れてズヒューンと動けば完成! みたいなものだろう。

 なんの工夫もないやり直球のやり方はテトと相性がいいだろうが、こちらが対抗できなくなるような術を会得するのはやめてほしいと思っているレンである。


 間違いなく言える。

 一秒でも早く甘えようとしてきて、この術を使った体当たりをしてくると。

 テトが少しでも力加減を間違えれば、骨が折れてしまいそうなのだ。


「今回は本当にドラさんに助けられましたよ。あのタイミングでリリィさんを引き留めてくれなかったら、一体どうなっていたことか……」

「言葉は悪いけど、リリィのおかげで、レンさんのポイントをいただいちゃったかしら」

「あはは、ポイントというのはアレですけど、すごく頼もしかったです」

「ふふふ、それはよかったわ」

 目尻を細めて嬉しそうに微笑むサンドラ。こんなにも上品な彼女に戦闘力まで備わっているというのは本当に信じられない話である。


「……さて、そろそろ現実的なことをお話しないとね」

「で、ですね」

「うん」

 そして、三人が視線を向ける先は——カウンターでスヤスヤ寝ているリリィである。


「この子、どうしましょう? 一度寝たら眠りが深くて……なかなか起きないのよ。ほら。お酒は抜けてるはずなのにこれよ?」

 リリィの頬をムニッと摘み、ぐちゃぐちゃに動かして証明するサンドラ。

 本当に眠りが深いのだろう。起きる素ぶりすら見せない。


「レンと同じタイプ」

「え? お前……寝てる俺にこんなことしてんのか?」

「うん。たくさんしてる」

「いや、『うん』じゃなくてだな……」

 悪びれた様子は一切ない。むしろ尻尾が揺れている。


 この時に思い出すのはリリィの言葉。

『こんなに毛並みに綺麗で艶もある狐人族を見たのは初めてなのよ。獣人にとってこれは健康的な証拠で、ストレスを受けていない証拠でもあって、有意義な時間を過ごさせている証拠でもあるの』

 寝ている間に勝手に弄ってくる行動が、『初めて』と言わせるほど綺麗な毛並みや艶を生み出しているのかもしれないと考えるレンである。


「ちなみになんですけど、ドラさんはリリィさんが泊まっている宿とか知ってます?」

「ごめんなさい。この街で顔を合わせたのは今日が初めてのことだから」

「で、ですよね……」

「……」

「……」

「……」

 三人が同じタイミングで無言になる。こればかりは『じゃあどうしよう』という理由から。


「とりあえず無理に起こすしかないわよね?」

「で、でも……可哀想」

 サンドラの言葉に異議を唱えたのは、彼女に助けられたテトである。

 どちらの意見も間違いではないが、レンは中立の立場ではない。


「でもな、テト。起こさない以外に選択肢はないぞ?」

「起こさない方向なら、私が泊まっている宿に連れて帰るということも考えてはみたのだけど……宿で働く方はもうお休みになっているから、規則的にダメなのよね」

『一部屋を二人』で支払いをしているのなら、リリィを連れて宿泊できるが、残念ながらそうではない。


「リリィお姉さんをお家に連れて帰るの……ダメ?」

「いや、さすがにそれは無理がある。可哀想って気持ちはわかるけどさ」

「でも、サンドラお姉さんは連れて帰った」

「そ、それはなんて言うか、関係性とかいろいろあるだろ? 俺は嫌われてるんだから、誤解された瞬間に殺されかねない」

 そうなった時は本当に洒落にならない。暴れまわって家の中はめちゃくちゃになるだろう。

 そもそも連れて帰るという行為自体、店にとってはよくないことなのだ。


「ま、まあ……この子に限ってはレンさんのお家、知られないほうがよいかもしれないわね。わたしが半同棲していることもあるから、その……」

「お邪魔しにくる可能性が……ってことですかね?」

「そ、そうね。私は一向に構わないのだけど、あのお家はレンさんのものだし、もしもの時には私以外に止められないと思うの」

 視野が広く、大人の考えを持つサンドラはさすがだ。ここはやはり無理やりにでも起こすべきだろう。

 セクハラだと勘違いされないように、女性陣に起こしてもらおうと決めた瞬間である。


「サンドラお姉さん、少しお耳を貸してほしい」

「な、なにかしら」

 手招きして、サンドラを呼び寄せたテトは、レンに聞こえないようにコソコソと話し始めるのだ。

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