第22話 Sideリリィ

 大人の約束が交わされたその翌日。


「ふう、やっと着いたわね。ここにドラさんが……」

 馬車に乗って十数時間。

 先端が鋭く尖った刺突向けの片手剣、レイピアを腰にさすAランク冒険者のリリィは、サンドラが移住したと言われるファラディスにたどり着いていた。


 長い時間馬車に揺られたのなら、体力的に辛いところもあるが、冒険者の彼女は大いに慣れている。

 まだまだ活動する元気があるほど。


「さてと、宿に荷物を置いて少しでも早く情報を集めなきゃ。……あの忌々いまいましい変な名前の店のね」

 ——憧れの人をいきなり引き抜かれたその店。

 最初と最後で2オクターブほど声色を変化させたリリィは、たくさんの宿が集う北東に向かっていく。

 ファラディスに向かっている最中、宿屋や商店街、歓楽街の場所など全て調べたのだ。

 それは効率よく情報を収集する。そのためだけの理由。

 現在の時刻は昼の13時。情報を集めるベストな時間帯である。


 * * * *


「……まずは商店街から情報を探っていこうかしら」

 冒険者御用達ごようたしの高級宿に荷物を預けたリリィは、注目を集める冒険者のランクプレートを外して行動を開始していた。

 情報を集めるならば同業が集う冒険者ギルドが一番だが、最短記録でAランク冒険者になったリリィの名はこの街でも噂になっているかもしれない。

 噂になっていなかったとしても、数少ないAランクのプレートを見ただけで噂になる。

 そうなれば、この街の冒険者ギルドに足を運んでいるはずのサンドラの耳に届くのは明白。

 憧れの人に会いたい気持ちは大いにあるが、迷惑をかけるわけにも、気を遣われるわけにもいかない。

 そして、今回の目的は名を売るわけではなく、サンドラを奪った『変な名前の偵察』であり、『甘い言葉に騙されたりしていないか』の確認。

 たくさんの恩を受けたからこそ、憧れの人には嫌な目には遭ってほしくない。そんな思いで動くリリィである。


 駆け足で街を進むこと十数分。

 商店街の門を潜り、リリィは感嘆の声を漏らしていた。


「へえ。商店街に活気があるのはいい街の証拠ね。まあラディンには負けるけど」

 生まれ育った街が一番に立つのは当然ということは置いておいて、なかなかの好感触を示しながら、質問に答えてくれそうな住人を探していた。


(うーん……。あの人も忙しそうね。あの人も、あの人も……)

 活気があるからこその弊害。


(相手はしっかり選ばないと迷惑になるから……)

 冒険者というのは我が強いもの。

 リリィもその一人で、10代の当時は最短でランクを積み上げていたことで、誰よりも天狗になっていた。

 ワガママで、自分の思い通りにならないことがあればすぐ反抗してばかりだったが——皆に慕われるサンドラに命を救われて心変わりができたのだ。


 周りのことを気遣えるようになり、相手のことをちゃんと見られるようになったり。

 それは憧れの人を見習ってのこと。


 その結果、今のリリィはなかなかの人気者である。

 赤みかったツヤのあるピンクの髪を二つに結び、ルビーのように綺麗な赤の目はシャープで、スラッとした体型。

 美しい容姿をその素早い剣捌きから、紅の剣姫との異名も付けられているほど。


「なかなか声をかけられるような人がいないわね……」

 眉を寄せながら周りを見渡すこと数分。

(……あ)

 ようやく話しかけられそうな女の子を発見した。


(あの子、毛並みもすごく綺麗ね……。どこかの貴族が大切にお世話してるのかしら?)

 その女の子こそ、食材が入った袋を何個も抱え、さらには行く先々で品物のサービスをもらっている小柄な狐人族。

 一生懸命に荷物を運び歩いているその子は、思わず触りたくなるような三角の白毛の耳と、ふわふわの白い尻尾を持っている。


(まずはあの子ね)

 言い方は悪いが、人族にとって狐人族は愛玩となるような存在で、夜の相手としても人気な種族。

 あんなに慕われている狐人族に出会ったのは初めてのことであり、聞きやすさを一番に感じる相手だった。

 警戒されないように、その子にゆっくり近づくリリィは中腰になって声をかけるのだ。


「ねえねえ、そこのあなた」

「……わたし?」

「うん。そのお荷物、重くて大変でしょ? あなたの目的地まで手伝ってあげられたらって思ってるんだけど、どうかしら?」

「……」

 こう提案すれば、無言のままジーッと上目遣いで見られる。その視線は、こちらの目の奥を覗こうとしているように真剣で——。

『悪いことを考えている人間か』なんてサーチされているような感覚に襲われる。


「……わたしのお手伝いしてくれるの?」

「うんうん。その代わりに少しだけこの街のことについて聞きたくて。あたしここに来たのは初めてだから」

「いいよ。わたしが答えられることなら教える」

 表情に変化はなく、あまり感情を面に出すタイプではないのだろう。

 それでも耳と尻尾があることでより大きなチャームポイントとなっている。


「じゃあ綺麗なお姉さんにはこれと、これを持ってもらう」

「ふっ。あなたは優しいわね」

 しっかり教育が行き届いているのか、こちらに渡される荷物は、全て軽そうなもの。

 サンドラらしい気遣いと優しさが見えた。


「だけど大丈夫よ。あたしは冒険者だから重たいものでも平気なの」

「本当?」

「ホント」

「……わかった。じゃあこっちを持ってもらう。ありがとうね」

 プレートが見えなかったことで確認したのだろうが、『冒険者をしていること』が嘘か誠か、これまた目の奥を見られて判断された気がする。

 過去になにかあったのか、経験からきている能力だとリリィは仮説を立てた。


「それで、お姉さんの聞きたいこと……教えて?」

「あのね、少し変なことを聞いてしまうんだけど——」

 彼女の荷物を運びながら会話を続ける。


「この街で変な名前の店って知らない?」

「……変な名前のお店?」

「曖昧で申し訳ないけど、服屋さんとか飲食店で変な名前の店を探していて」

『通いたい店ができた』これこそサンドラが転居した理由。

『通いたい店』について該当するのはこの辺りだとリリィは考えていた。


「あのね、ご飯を食べるところなら一つ心当たりある」

「その心当たりって?」

「イザカヤって名前のお店」

「イザカヤ? イザカヤ……。確かにそれは変な名前ね。今まで聞いたこともない言葉だし、全く意味がわからないわ」

 飲食店だとわかるはずもない名前。


(どんな意味が込められているのかは知らないけど、センスないわね……)

 なんて素直なことを思った瞬間である。


「……わたしが働いているお店なの」

「えっ!?」

 彼女がお世話になっている店の悪口を言ってしまった。


「そっ、それはごめんなさいね!? 意味がわからないとか言っちゃって……! 悪意はなかったの!」

「大丈夫。変な名前なのは、みんな思ってるから」

「そ、そう……?」

「うん。共通認識」

 表情に出ない分、あまり掴みどころが見られない。それでも話しやすいのが不思議である。


「お姉さんはなんで変な名前のお店を調べてるの……?」

「うーん。わかりやすく説明すると、その変な名前の店に、その店の関係者にあたしの大事な人が取られてしまったから」

「え……」

 今初めて、彼女の表情が大きく出ていた。


「あなたも大切な人をぽっと出の人に奪われてしまうのは許せないでしょう? それも言葉巧みに誘導した可能性もあれば、弱みに漬け込んだ可能性もあるの」

「それは許せない。そんな変なお店の関係者は倒すべき」

「そうなのよ。だから今は情報を集めていて」

 あまりそのようなことに興味はなさそうに見えたが、こちらの勘違いだった。

 想い人がいるのか、かなり強い言葉で同意してくれた。


「まあ、あなたの働くお店にそのような人がいるとは思えないから、とりあえずイザカヤは除外ね」

「うん。そんな人がいたら、わたしが叩くから安心して」

「ありがとう。もしその人を見つけたら、あたしにも教えてね」

「任せて」

 まさか最初に声をかけた相手が飲食店の従業員だとは思わなかった。これはなんとも運がいいことだろう。


「ちなみになんだけど、そのイザカヤの店主さんは他の店の情報に詳しいのかしら?」

「うん。詳しいと思う。いろいろなお店の人がたくさんくるから」

「へえ、それはいいことを聞いたわ」

 進展が確実となった情報である。これは伺わなければ損だろう。


「それじゃあ遅めの時間にお邪魔させてもらって、少し店主さんにも聞いてみるわね」

「わかった。お料理もすごく美味しいから、楽しみにしててね。この街で一番美味しいお店なの」

「へえ。それはますます楽しみ」

(まあ、ドラさんが以前オススメしてくれたお店には絶対勝てないでしょうけど)

 笑顔で答える一方、思い出補正には敵わない。そんなことを思うリリィだった。


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