第14話 お風呂

「一緒にお風呂入れるって思わなかった」

「ふふっ、私も同じ気持ちよ。からかいもあったお誘いだったから」

 そんなやり取りから始まったテトとサンドラのお風呂。

 浴槽に張ったお湯を使い、体を洗いながら会話を進めていた。


「ちなみにテトちゃんはこのようなことに抵抗はないの? 私達、まだ出会って少ししか経っていないでしょう?」

「サンドラお姉さんは大丈夫」

「そうなの?」

「理由は内緒」

「あら、それは残念」

『お母さんに似ているところがあるから』との言葉を口にしないのは、深堀りされることで暗い空気にならないため。

 そして、『言いたくない理由があるのだろう』と察するサンドラのおかげで、すぐにこの話題は終わる。


「サンドラお姉さんこそ抵抗ないの?」

「職業柄かしらね。もちろん異性となれば抵抗はあるけど」

 恥ずかしさだったり、と苦笑いで付け加えるサンドラ。


「冒険者はやっぱり大変?」

「人にオススメできるようなお仕事ではないわね。成功報酬はすごいけど、知り合いがいきなり亡くなる日だってあるし、基本的に綺麗な状態で回収することもできないから」

「今、ぞっとした」

「でしょう? お酒に逃げないとやっていられないことだってあるの」

 これが冒険者に酒豪が多い一つの理由でもあるだろう。

 知り合いが多ければ多いだけ悪い報告をよく聞く仕事である。


「危険なお仕事してるサンドラお姉さんが心配」

「ふふふ、私は大丈夫よ。昨日は情けない姿を見せちゃったけど、戦闘になれば頼り甲斐があるんだから」

「……」

「信じてないわねえ?」

「だって、強いサンドラお姉さんを簡単に連れて帰れたから」

 昨日の簡単な流れはこうである。

 カウンターで寝ているサンドラの上半身を起こし、抱き抱える。そのまま抵抗されることもなくお持ち帰りである。

 強さの一片が見えるはずもない。


「あ、あれはお酒のせいだから仕方ないの……」

「お酒には気をつけてね。レンが店主じゃなかったら、多分変なことされてたと思う」

 それほどの泥酔具合だったのは間違いない。


「心配ありがとう。だけど大丈夫よ。レンさんとテトちゃんの前だからこそ、ああなっちゃったんだから」

「本当?」

「ええ」

 あのお酒は本当に強かったものの、途中からは慣れを感じていた。

 その結果、居心地のよさを感じながら、お酒を味わうことができていた。

『ポイズンキュア』の魔法を使わず、周りを気にせず、談笑しながら楽しく酔うことができたのはいつぶりだろうか。

 何気ないことだが、サンドラにとっては素敵な思い出の一つになっていた。


「その言葉は信じられない」

「だって今の私が102歳なのだけど、あのように酔い潰れたのは初めてなのよ?」

「…………え」

 体を洗っていたテトの手が止まる。


「102歳?」

「そう。102歳」

「……ビックリした。エルフの人にそれを教えてもらうの初めてだったから。それに綺麗なまま」

「こう見るとエルフ族も悪くないでしょう?」

「うん。好きな人とずっといられるのも羨ましい」

 この会話がされたところで二人は体についた泡を洗い流す。

 先に体が大きいサンドラが浴槽に入り、次に体の小さなテトが顔を合わせるようにして入る。


 レンと入る時は窮屈な浴槽だが、サンドラと入る時にはまだ余裕がある。

『体の大きさでこんなに違うんだ』と実感したテトである。


「テトちゃんの好きな人はレンさんなのよね?」

「うん。好き」

「ちなみに、レンさんのどのようなところを好きになったの? やっぱり優しいところ?」

「うん。優しいところとか、わがままを聞いてくれるところとか、わたしを守ってくれるところとか」

「ふふっ、なるほどねえ」

 テトは三角の耳をピクピク動かしながら饒舌に答える。

 顔が赤くなっているのは、お風呂のせいだけではないだろう。


「……プレゼントしたもの大事に使ってくれるところも好き」

「不満なところはないの?」

「一つある」

「あら?」

「これは内緒の話。えっち……レンからしたこと一度もない。全部わたしからして、怒られる」

「あ、あらぁ……」

 とんでもない流れになってしまった。


「サンドラお姉さんはこの件、どう思う?」

「え、まあその……なんでしょう……。溜まるものがあるのはわかるから、発散は必要よね」

「うん。なのに疲れるから嫌だって」

 不満がこもった声である。だが、テトからすれば好きな人とできるのはなにより嬉しいこと。


「疲れるってことは、激しい営みを行っているってことかしら? なら——」

「そんなことないと思う。途中でレンは動かなくなるから。最後まで動いてるのはわたしだけ」

「そ、それは……その、なんて言うのかしら……。まあ、そんな生活も悪くないとは思うわ」

 返答に困ってしまうサンドラだが、二人の営みを想像するとこちらまで顔が熱くなってくる。


 男性が動かなくなるというのは、相当激しい証拠なのでは?

 最後まで動いているということは、意図せず追い討ちをかけているのでは?

 ずっと攻められているのなら、それは疲れてしまうのでは?

 邪な想像をかき消すように疑問を並べるサンドラとは対照的に、なにもピンときていない様子のテト。

 こればかりは体力という名の種族差もあるのだろう。


「サンドラお姉さんは、わたしみたいにはしないの?」

「わ、私!? 私はその……そんな相手もいないから一人よ。する時は……」

 一体どうして、誰にも言わないような恥ずかしい話を教えてしまうのか。

 それは独特なテトの雰囲気に当てられているからだろう。


「じゃあ、サンドラお姉さんは恋人さんいない?」

「え、ええ。残念ながらいないわね。そのような関係に憧れてはいるのだけど……冒険者はいつ命を落としてもおかしくないから、恋人を作るのははばかられるのよね。最悪、寂しい思いをさせてしまう可能性もあって」

 危険な仕事に就いているからこそ、恋人を残して先に旅立ってしまうかもしれない。

 結果、心に傷を負わせるような寂しい思いをさせてしまう恐れがあるからこそ、恋人は作らない方がいい。

 それがサンドラの考え方で——。


「——わたしなら、それでも恋人を作る」

「そ、それはどうして?」

「わたしは死ぬ思いをしたことがあって、後悔なく生きたいって考えられたから。だから恋人さんには『それでも冒険者をしたい』って了承をもらうの」

「……なるほど」

 こればかりは考え方の違いだが、テトの意見もまた筋が通ったもの。


「了承をもらうって考え、今までしたことがなかったわね」

「これなら恋人を作ることができて、好きなことができる。お仕事よりも今の生活が楽しいってなれば、冒険者をやめて一緒のお仕事をするのもいいと思う」

「確かに……。私の考えよりもテトちゃんの考えの方が何十倍もよさそうね」

「サンドラお姉さん強いらしいから、なおのことこっちの方がいい」

「ふふっ、本当にその通りだわ」

 悲しい思いをさせたくない。そんな理由で男性を異性としてみないようにも意識していたが、この時間帯で意識が改まった。

『了承を得る』そんな考え一つで視野が大きく広がったサンドラだった。


「ね、サンドラお姉さんの好きなタイプ教えてほしい」

「そうねえ……。少し具体的なことを言うと、お掃除をしたり、手料理を並べたりしながら私の帰りを待ってくれるような家庭的な男性かしら」

「帰りを待ってくれる?」

「だって私が他種族の方と恋人になった場合、確実に相手が先に旅立つでしょう? その未来は間違いようのないことだから、せめて私の帰りを待ってくれるような人がいいの」

「エルフさんも大変」

「そうなのよねえ」

 長寿でありながら老いもしない。

 そんなところだけ見れば羨む者も多い。しかし、現実的なことを考えるとプラスなことばかりではない。


「……って、待って。サンドラお姉さんの好きなタイプ、レンに当てはまるからダメ」

「ダメと言われても仕方ないでしょう?」

「むー」

 正論には反論できないテトである。

 浴槽に顔の半分をつけ、せめてものとジト目で抵抗する。


「……もしわたしがレンの恋人になれたら、狙ってもいい」

「あら、それならいいの?」

「うん。一番は譲れないだけ」

「私だって一番がよかったりするのだけど」

「ダメ」

「ふふふっ、冗談よ冗談」

「もう……」

 テトに対して意地悪というのか、あしらう部分が見えるレンだが、その理由がわかったサンドラだった。








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