第3話 ご褒美

「レン、朝だよ」

「起きてるぞ。見てわかるだろ?」

「お料理しよ」

「え? もうすんの?』

「する。早く覚えないと、働く場所もらえない」

「はいはい……」

 今朝。起きてすぐのやり取り。

 今日もテトに包丁使いや料理を教えながら朝食を作り終え、皿洗いの監修まで勤めた後。


「よーし。今日は買い物に行くぞー」

「ん」

 レンはこの声を上げ、テトは頷く。


「お留守番は任せて。お掃除頑張る」

「おう。って、待て待て。どうしてこの流れから留守番になるんだよ。お前も一緒に行くんだよ」

「?」

「昨日はまあ……一応頑張ってくれたからな。服とかいろいろ買ってやる。一ヶ月、衣食住は保証するって話でもあるしな」

「いいの?」

「いいって言ってる」


 料理も初心者。掃除の手間も増やす。風呂は長く、この世界では高級な洗剤も自分より多く使っているだろう。

 現状、こちらになにもメリットを生んでくれていないテトだが、頑張りが見られなかったわけではない。

 悲しいことを言うのもなんだが、頑張りが報われていないだけ。

 一つわかったことは、“落ち着いていれば”昨日のようなミスをしないということ。

 その証拠に、皿を割らなかった。うん。


「じゃあ準備しろー。そこにかけてあるローブ使ってくれ」

「これ?」

「それ。ちゃんとフードは被れよ。そのまま街を歩けば注目を浴びるから」

「耳と尻尾?」

「……それもあるし、お前は追われてる身なんだから、一応の自衛はしないとな」

 汚れていた時にはそう思わなかったが、風呂に入られてからは思う。

 テトは周りの目を惹くような容姿をしていると。


 雪のような白髪に、宝石のような金の瞳。

 今までろくなものを食べてなかったのか、身長も体つきも全然だが、その点を抜きにしてもお釣りがくるほど。

 ベースがこれならば、将来はとんでもなく化けるだろう。そんなことを一人思っていると、ふと目に入る。

 ピンと立つ耳がペタンと沈んだところを。


「ん? 今落ち込む要素なんかあったか? あからさまに耳が倒れたけど」

「わたしの耳と尻尾……迷惑になるなら切ってもいい」

「は? そんなことしたら痛いだろ」

「痛いけど、切ったら隠し通せると思う」

「……」

「……」

 無言の間が生まれる。

 テトと目が合うが、『本気だ』と言わんばかりの表情をしている。

 正直、耳と尻尾を切ったとしても、顔が整っているからあまり意味はないことだと思うが、この覚悟だ。

 これをそのまま伝えたら、顔まで傷つけかねない。


「まあ……その……切るも切らないもお前の自由だが、そこはお前の個性なんだから大事にしたらどうだ? 一生付き合ってくもんなんだから、俺はそっちの方がいいと思うぞ」

「迷惑をかけても?」

「ああ。もしなにかあったらその時は任せとけって。俺は衣食住を保証するかわりにお前に働いてもらってるんだから」

「あ、ありがとう……」

「気にすんな。当たり前のこと言ってるだけだ」

 ようやくテトの耳が立った。

 安心したのか喜んだのかはわからないが、プラスな気持ちに転じたのは間違いないだろう。


「んじゃ、早く準備しろよな」

「できた」

「はいよ」

 準備をすると言っても、ぶかぶかのローブを羽織るだけ。確かにすぐ終わる。

 そして、フードの部分に丘のような二つの主張があるが、こればかりはどうしようもない。


「じゃあいくぞー。って、なにしてんだお前」

「……」

「この手だよ、この手」

 当たり前に玄関に向かおうとした瞬間、裾が引っ張られるのだ。

 テトはこちらの裾を握り、離そうとしないのだ。フードを被っているせいで表情も見えない。


「はあ。なんだ? 遠慮せずに言ってみろ」

「……お外、怖い」

「怖い? あ、ああ……。そっか」

 この理由を聞いた時、突き放すような言葉は出てこなかった。

 コイツはなにも悪いことをしていないのに、他人から狙われる生活を送っていたのだ。

 神経をすり減らすような時間を毎日送っていたのは間違いなく、そんな生活と比べたら、この家以上に安心できる場所はないのだろう。


「ったく、手間ばっかりかけさせやがって……。ほら、これでいいか?」

「う、うん」

「ゆっくりでいいから外にも慣れてもらうからな。当然、職場は外にあるんだから」

 テトの手を包みこむように握れば、裾を掴む手はすぐに離れた。


 小さな子どもを相手にしているようなやり取りだが、生い立ちを考えれば無理もないだろう……。



 * * * *



「よお大将、、! あんさんがここに来るの久しぶりじゃねえか!」

「相変わらずデカい声だなあ……」

「ガハハ。それがオレの取り柄なんでさあ!」

 自宅を出て、街中を歩くこと十数分。

 常連となった仕立て屋に到着し、親しい挨拶を交わしていた。


「んで、今日はどうしたんだ? あのイザカヤ開けてくれんのか!? いやあ、あの煮物を食いながら美味ぇ酒が飲みてぇもんだ」

「はいはい」

 この会話でわかっただろう。この店主もまたレンが営業するイザカヤの常連客。

 お互いがWin-Winな関係を築いている仲である。


「へっ、相変わらずせっかちだなぁ大将は。んで、今日も大将の服を見繕えばいいのか?」

「いや、今日はコイツ……テトって言うんだが、テトの服を見繕ってほしいんだ」

「テト?」

「ああ、今俺の後ろに引っ付いてるるんだが……ほら、早く出てこい」

「……ぅぁ」

 小さな体を上手に使って、上手に背中に隠れているテトを引っ張り出す。

 すでに商売のスイッチを入れている店主は、人狐族の少女だとすぐに気づいたように目を大きくする。


「ほう……。こりゃ可愛らしいお嬢ちゃんだな。俺の娘よりべっぴんさんだな!」

「んなこと冗談でも言うから、ルシアちゃんに嫌われるんだよ」

「ハハハ、こりゃ耳が痛くなるようなツッコミで」

 と、豪快に笑う店主は、すぐに表情を変える。


「そのテトちゃんは大将の隠し子か? 初めて見たぜ」

「まあ……知人から預かっててな。しばらくは面倒を見るつもりだ」

「そうかそうか。じゃあ、今日はテトちゃんの服を見繕えばいいんだな」

「よろしく頼む。値段は気にせずに選んでくれて大丈夫だから」

「定価よりも安くしてやるから安心しなって。大将には恩を売ってた方が得だしな」

「奥さんとルシアちゃんに怒られても知らんぞ? 本当に。家族持ちの商人としては失格だろそれ」

「ハハハ! その分、イザカヤでサービス頼むぜ? また家族でお邪魔させてもらうからよ」

「そりゃもちろん」

『こちらの方が得をしている』と何度も話しているが、それでも変わらないのがこの店主である。

『大将、若ぇうちは甘えときなって!』と。

 かなり豪快な人物であり、全く変わらない姿に思わず表情が緩む。


「んじゃ、俺は適当に座ってるから。ほらテト、あのオヤジのところに行ってこい」

「……」

「テト? おーい」

 電源がオフになったように動かないテトに声をかければ、店主が割って入ってくる。


「なあ大将。その様子からするに、オレじゃなくて大将が選んだ方がいいんじゃねえか?」

『コク』

 首を上下に振るという反応を見せるテト。


「いや、お、俺が? センスないから嫌なんだが……」

 テトに似合うものを購入し、喜んでもらう方がいいに決まっている。

 今日は一応、『頑張ったご褒美』でここに来ているわけでもあるのだから。


「んじゃあ、まずは大将とお嬢ちゃんが一緒に選んでみたらどうだ? 困った時はオレを頼ってくれたらいい」

『コクコク』

「だってよ、大将」

 ニヤニヤしながら促してくる。

 娘がいるだけあってか、さすがの扱い方だ。正直、こう思っていたことには気づけなかった。


「はあ……。わかったわかったよ。じゃあ一緒に選ぶぞ。テト」

「うん」

 予想もしていなかった流れだが、こればかりは仕方がない。

 妥協するように折れ、一緒に服を探すことになるが、問題はすぐに発生する。


「これにするか?」

『フルフル』と首振り。

「じゃあこれか?」

 首振り。

「これ?」

 首振り。

 まるで、自分の意志が感じ取れないような即答をされる。


「おいおい、じゃあなにがいいんだよ」

「レンが全部選んで」

「お、お前……鬼だな。俺にはセンスがないって言ったろ?」

「全部レンのお金。だから、わたしに着てほしいもの選んで」

「あのなぁ……」

 ため息が出るのは当然だろう。

 図太い性格をしているはずが、変なところで几帳面なのだ。


「んなことは遠慮しなくていいんだよ、バカ」

「ぃた」

「痛くないだろ」

 加減したゲンコツを頭に食らわせ、しっかりとわからせる。


「俺はお前が着たいものを着てほしいんだって。……ったく、恥ずかしいこと言わせんな」

「ん」

 このやり取りをする最中、店主はしっかりと見ていた。

 大きな尻尾が左右に動いていることで、テトのローブが揺れていたところを。


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