第3話 策略

帰国後もユリは本木からもらった指輪をずっとはめていた。一度は自分の気持ちに整理をつけたつもりでいたが、楽しかった日々を思い出す度に、携帯電話を取り出してはしまうことを繰り返していた。また、韓国の公園を見るたび、本木の姿を探す自分がいた。

「私ったら、何を期待しているのかしら?」

ユリは自分が何を期待しているのか当然わかっていた。

『三度目は偶然ではなく運命ですよ』―本木の言った一言―

「三度目の偶然・・・、あるわけないのに・・・」

と、呟いて空を見上げた。ユリは溢れそうになる涙を必死にこらた。


「ごめんなさい。これから客先で打ち合わせなの。今日は遅くなるから、また今度ね」

瞳は電話で答える。

「仕事じゃしょうがないよ。遅くまで大変だね。それじゃ、あまり無理しないようにね」

本木は電話を切った。最近、何度も誘ってはこの繰り返しだった。

「仕事かなりきつそうだな・・・体、大丈夫かな?」

本木は呟き、瞳の体調が、かなり心配になった。


「ごめん。待った」

瞳は会社の前に止めてあった車に乗り込む。

「おせえよ!もう帰ろうかと思った」

「文句言わないの。今日は食事おごってあげるから。それに帰ったら『いいこと』出来ないで損しない?」

「『いいこと』・・・、へへ、さっきの言葉は冗談。何でもするよ!」

瞳の誘惑的な眼差しに若い男は素直になり、車を発信させた。


本木は瞳との待ち合わせから場所から帰宅する。時計をはずし机に置くと、はずした時計を見て呟く。

「ユリさん元気にしてるかな?」

本木はユリとの楽しかった遊園地での出来事を思い出す。彼女の笑った顔や少しすねた顔、そして何よりも相手を気遣い、少しうつむき加減に話す仕草・・・。思い出す度に優しい気持ちになる自分がいた。本木は携帯電話を取り出し電話帳からユリを選択する。しかし、電話を掛けずに携帯を閉じる。

「何やってんだか・・・」

本木は自分の中で、ユリに会いたいと思う気持ちが芽生えつつあることを、必死に否定していた。

―「俺には愛する瞳がいる」―何度もそう思い返しては、その思いを消し去っていた。その時、携帯電話が鳴る。非通知先からの電話である。

「もしもし、本木です」

「起きてた?」

「え?」

瞳からであった。

「瞳からの電話なんて珍しいね」

本木は瞳からの久しぶりの電話に驚いて聞いた。

「何よ!私が全然連絡していないみたいじゃない。今日はごめんなさい・・・ところで明日会えない?」

「勿論、大丈夫だよ。何時にしようか?」

「じゃあ、十九時に店の前でどう?」

「わかった。迎えに行くよ」

「それじゃ、明日、楽しみにしてる」

本木は電話を切る。今日会えなかった分、瞳とのデートに少し胸がときめいていた。


瞳は電話を切った後、タバコを取り出す。横からライターの火が差し出され、ゆっくりとタバコを近づける。

「明日会うのか?じゃ、なんで今日振ったんだよ?」

三田村の質問に瞳は不適な笑顔を浮かべ答える。

「ちょっとしたじらしよ。今日、会えずに残念な分、彼は相当私に会いたくなっているはずよ。たっぷりいちゃついてくるわ」

瞳がベットから起き上がり答える。

「あまり深入りするなよ。お前が本気になられたらたまらねえからな」

「馬鹿じゃない・・・」

瞳は三田村に、はき捨てるように答えてシャワー室へと消える。


「最近、会えなくてごめんなさい。忙しくて・・・」

翌日、瞳は本木と会うなり素直に謝った。そんな瞳を見て本木が答える。

「そんなに気にするなって。会いたかったけど、仕事じゃしょうがない」

「本当?私に会いたかった?」

瞳が嬉しそうに聞く。

「勿論だよ。今度会える日を楽しみにしていたんだ」

「そんなこと言って、会社の女の子とかと遊んでたんじゃないの?」

「馬鹿言うなよ。本当に会いたかったよ。あ、そう言えばこの前、偶然・・・・」

本木はついユリとのことを、瞳に話しそうになり、慌てて口をつぐんだ。

「偶然、何?」

瞳が聞き返す。

「ううん。何でもない」

「ちょっと。途中で止めるなんてずるい。あ、さてはやはり浮気していたな?」

瞳は本木をにらむように言った。

「違うよ。変に誤解されそうだから言おうか迷ったんだけど・・・。今から話すこと信じてくれる?」

本木も観念して話し始める。

「韓国女優のキム・ユリって知ってる?」

「ええ、日本でも最近CMとかで出てるわよね」

「ああ、実は俺、彼女と偶然会ったんだ」

「えっ?」

瞳は驚き、聞き返した。

「あの、キム・ユリと、どこで会ったの?」

「会社の近くの公園で。彼女も偶然その近くで撮影していたらしいんだ。はじめは女優だから相手にされないと思ったけど、思い切って話し掛けてみたら、すごく話しやすい人だったんだ。」

「何を話したの?」

「たいした話しはしなかったんだけど、でもすごく優しくていい人だった。とても芸能界にいる人とは思えないくらい、気さくに接してくれて」

本木はユリとの会話を思い出し、気付かないうちに笑顔で話していた。

「そう、良かったわね。ねえ、やっぱり綺麗だった?」

「ああ、すごく綺麗だったよ」

その後、ユリと話した内容を、夢中で話す本木を見てユリは聞いた。

「それで、連絡先とか聞いたの?」

すると本木は我に返り

「一応、電話番号はね・・・でも、その時以来、会ってもいないし・・・」

「何で?また会いたくないの?」

瞳はわざと驚く振りをして聞く。

「いや、別に・・・。もし会いたくても会ってくれないさ」

本木は瞳にその後ユリと会ったことを言えなかった。いや、瞳のことを考え敢えて言わなかった。そう、彼女とは『偶然』会っただけである・・・そう自分に言い聞かせて、瞳に余計な心配を掛けまいと考えたからだ。しかし、瞳は本木が嘘をついていることを見抜いていた。―「本当に嘘が下手ね」―瞳は心の中で思った。そして黙って下を見ている本木を見て、瞳はあることを思い付く。

「ねえ、韓国へ行ってみようよ!」

瞳が言うと、本木は驚いて言い返した。

「なんで韓国へ?別に会いたくないから大丈夫だよ」

「私が会いたいの。ねえ、ユリさんはあなたのこと覚えている?」

「多分、覚えているよ」

「だったら向こうで紹介して。私も是非、会ってみたいの」

「・・・わかったよ。君がそこまで言うなら、今度一緒に行こう」

「うれしい!」

瞳は本木に抱きついた。

―「もし一度会っただけだったら覚えているわけないじゃない・・・。何回か会ったということは、向こうもまんざらじゃないって事ね」―瞳はそう心の中で呟いた。抱きつかれた本木からは見えない瞳の顔には何かの企みが見えた。


「姉さん、日本での撮影どうでした?」

ヤン・テヒはユリに聞く。テヒはユリの後輩で二五歳の韓国女優である。ユリよりも小柄で実際の年齢より若く見られることが多い。ユリとは姉妹のように仲が良く、テヒにとってユリは憧れの女性である。

「ああ、楽しかったわよ」

ユリが答えるとテヒは本当?と、いった顔で、

「また写真撮ってばかりだったんでしょ?姉さんいつも写真ばかりとって終わっちゃうんだから、たまには海外で素敵な男性に出会ったとかいう話はないの?」

ユリは一瞬ドキっとしたが

「そんなのないわよ。忙しくて・・・、写真もそんなに撮ってないし・・・」

「へえー、そうなんだ」

テヒが答えると、マネージャーから声が掛かる。

「テヒ、出掛けるぞ、ユリはこの後、オフだから帰っていいぞ」

そう、実はマネージャーはユリとテヒの二人をマネジメントしていた。

「わかりました。じゃあ姉さん、今度またゆっくり話し聞かせてね」

「わかったわ。仕事頑張って」

そう言うと、ユリは帰宅の準備をはじめる。

そこに携帯電話が鳴った。ユリは番号を見て慌てて電話に出る。

「もしもし?」


「ごめんなさい。急に押しかけて。ご迷惑じゃありませんでした?」

瞳は大げさな身振り手振りで話す。

「迷惑だなんてとんでもない。本木さんには日本でお世話になりましたから・・・」

ユリは答える

「そんな・・・お世話になったのはこちらのほうです」

本木は気まずそうに答えた。

そんな本木を見てユリも気まずくなる。そう、先ほどの電話は本木からだった。突然の連絡にユリは驚きと嬉しさを感じ、急いで本木と約束した場所へと向かった。しかし、そこには本木と腕を組んでいる女性の姿があった。本木は彼女と一緒に現れたのであった。

気まずそうにしている二人を見て、瞳がほくそ笑みながら言う。

「随分よそよそしいのね?初めて会ったわけでもないのに。そう、何か日本で偶然ユリさんとお目にかかったんでしたって?私もユリさんの大ファンなので、是非、紹介してと彼に頼んだんです。彼ったら自分も会いたかったみたいで、喜んで引き受けてくれましたの」

「そんなこと・・・ないよ・・・」

本木が慌てて言った。

「あら、嬉しくないの?私はてっきりあなたも嬉しいもんだと思っていたわ」

「いや、嬉しいよ、嬉しいけど・・・」

本木はうつむき黙り込んだ。そんな本木を見てユリは言った。

「またお会い出来て、私もとても嬉しいです」

―「本木さんも、私に会えて本当に嬉しい?・・・」―ユリは心の中で尋ねた。本木は優しく微笑み、

「お元気そうでよかった。それで・・・私も何回か韓国に来ているけど、まだ良く知らないし、瞳は初めてなので・・・、突然で申し訳ないですが、もしお時間があれば韓国を紹介してもらえませんか?いきなり来てずうずうしいですけど・・・」

本木は申し訳なさそうに聞いた。

「今日はもう仕事終わったので構いませんよ。それじゃ、食事でもどうです?瞳さん、辛いの平気ですか?」

ユリは瞳に聞いた。

「私、辛いの平気かしら?どうだった?」

本木の腕へ抱きつき、瞳は甘えるように聞く。

「大丈夫、これも経験だよ。ユリさん、目一杯辛いところへ連れて行って下さい!」

本木がユリへ答える。すると瞳は

「いやーん。あなたのい・じ・わ・る!」

と、言って、甘えた。ユリはなるべく二人を見ないようにして

「それじゃ行きましょう」

と、言った。


三人での食事中、瞳は本木に甘えっぱなしであった。二人の甘い会話をユリは無意識の内に拒絶していた。途中、瞳がトイレに行き二人きりになると、本木はユリに以前と同じ優しい表情で語りかけた。

ユリは本木が話す言葉だけはしっかり耳に入ってきた。今、会社が大きなイベントを受注しようと頑張っていることやユリが帰った後、日本も厳しい寒さがやってきたこと等・・・。何気ない話ではあったが、ユリにとっては本木が話してくれる一言一言が非常に嬉しかった。そしてユリにとって何より嬉しい事実を本木は話し始めた。

「ユリさんにもらった時計、大事に使っています。ユリさんも指輪してくれているんですね」

と、言って、本木は時計をユリに見せる。

「ありがとう。嬉しいです。私も大事にしています」

ユリも指輪を本木に見せ、笑顔で答える。自分が贈ったプレゼントを本木はずっと身につけていてくれた。自分を忘れずにいてくれたことがユリはとても嬉しかった。ユリはこの二人きりの時間が永遠に続いて欲しいとまで感じた。

本木も前と変わらず接してくれるユリに対して非常に好感を持っていた。

「お待たせ、何二人で話していたの?ああ、私の悪口でしょ!」

瞳が帰るなり本木のほっぺたをつねる。ユリの夢の時間は終わっていった。


「今日はありがとうございました。また、いつかお会いしましょう」

瞳はユリに言う。

「こちらこそ、それじゃ、お元気で」

ユリは二人に言って帰宅する。ユリを見送り、二人はタクシーへと乗り込む。車の中で瞳は本木に言う

「明日、私一人で行動してみたい。いいでしょ?」

「一人で?また、なんで?」

本木は不思議そうに聞き返す。

「友達が韓国に住んでるの。久しぶりだから会いに行こうと思って。あなたどうしている?」

「友達が?そうなんだ。わかった、それじゃ僕はホテルにいるよ。何かあったらホテルにいるから電話して」

「わかったわ」

瞳は本木に甘えながら答える。

―「明日が楽しみ・・・」―瞳は心の中で呟いた。


次の日、TV番組の収録先に瞳はユリを訪ねる。

「瞳さん!どうしたんですか?」

マネージャーと一緒にいたユリは驚いたように話す。マネージャーは瞳へ会釈し、その場を離れた。

「ごめんなさい。お仕事中に。いや、友達の所へ行く途中だったんですけど、ユリさんにせっかくだから会って行こうかと思って。迷惑でした?」

瞳は申し訳なさそうに言った。ユリは瞳が一人でいることに気が付き、咄嗟に聞いた。

「あの、お一人で行かれるんですか?」

「ええ、彼はホテルにいるって言うものですから」

「本木さん具合でも悪いんですか?」

ユリは心配そうに聞いた。

「いいえ!元気ですよ。もしかしたら暇をもてあそんでいるかもしれないわ。ああ、ごめんなさい。お忙しいのに、それじゃ私、失礼します」

瞳はそう言って帰って行った。

―「本木さん一人なの・・・」―ユリは呟いた。

ユリはしばらく考え込んでいたが、意を決したように立ち上がる。そこへマネージャーが現れ聞く。

「お客さん、誰だったの?」

「ああ、本木さんの彼女よ」

「彼女が?それでなんだって?」

「これから一人で出掛けるんだって」

「それをわざわざお前に言いに来たの?」

マネージャーは怪訝そうな顔で聞く。

「うん。そうみたい。私、これから出掛けます。仕事、大丈夫よね?」

ユリは聞く。

「ああ、お前、これから本木さんの所へ行くのか?」

ユリはギクッとして答える。

「なんでそんなこと聞くの?」

「いや、何か瞳って子の言動が不自然で・・・、何か企んでいる感じがする。あまり関わらないほうが良いのではないか?」

マネージャーは心配そうに言った。

「そんな・・・、本木さんはそんな人じゃないわ」

「でも・・・」

「大丈夫、心配しないで、それじゃ行ってきます」

ユリはそう言うと出掛けていった。

「何もなければ良いのだが・・・」

ユリの後姿を見て、マネージャーは呟いた。


ユリは急いで本木のいるホテルへと向かった。

―「そう、ちょっと会いに行くだけ。悪いことなんかではないわ・・・」―と、自分に言い聞かせていた。自分でも会ってどうなるものではないことをわかっている。でも、

―「ほんの少しでも二人で過ごしたい・・・、運命じゃなくても構わない。ただ、また会いたい・・」―

ユリは自分の気持ちを抑えきれなかった。 ・


「まだ、お昼か?」

本木はホテルのレストランで昼食を食べていた。瞳を一人で行かせたことは少し心配ではあったが、久しぶりにのんびり出来る時間を楽しんでもいた。また、昨日の三人での食事のことを思い返し、ユリへ迷惑を掛けてしまったのではと心配もしていた。

「ユリさん、迷惑だったかな・・・」

ふと呟き、ホテルの入り口へと目をやる。

「あれ?」

本木は目を細め、ホテルの入り口から急いでフロントへと走る女性の姿を追いかける。


「すいません、本木一哉さんのお部屋は何号室でしょうか?」

ユリは息を切らせながらフロントへ尋ねる。

「本木様ですね、お部屋にご連絡いたしますので、少々お待ちください」

フロント係が部屋へ電話する。しかし電話は繋がらなかった。

「本木様はお出掛けのようです。ご伝言をお預かり致しましょうか?」

「出掛けたんですか・・・、いいえ、結構です。ありがとうございました」

ユリは肩を落とし、ゆっくりホテルの出口へと歩いていく。あまりにも急いでいたため変装することも忘れていた。女優のユリであることに回りは気付き始めていたが、ユリは回りの状況が目に入らなかった。

「やっぱり一緒に出掛けたのね・・・」

ユリは呟き、自分の行動を後悔した。そう、本木は彼女と一緒に来ているのに、一人でいるわけがないと自分の心の中で考えながら・・・。

「けいこ!待った!」

突然、男の声が聞こえユリは肩を抱きかかえられた。そして男はユリをエレベータの方向へ連れていく。咄嗟のことでユリも何も言えず、なすがままであった。しかし、エレベータへ乗り込むと、さすがにユリも恐怖感が走り、恐る恐る聞いた。

「あなた誰ですか?」

その男はサングラスに帽子を被り、顔を良く見せず、ユリの質問にも答えようとしない。

「すいません。離してください!」

ユリは男から離れると、男はゆっくり帽子とサングラスを取り始める。そして初めて言葉を発した。

「ダメですよ、あなたは有名人なんですから、ボーっとして歩いていちゃ!」

「本木さん?」

ユリは驚いたように聞いた。

「そうです。驚きました?なかなかの変装でしょ」

「もう!びっくりしたじゃない!」

「いや、ごめんなさい。レストランからユリさんが見えたもので、ちょっと驚かそうと思って。でも、周りは皆んなユリさんかと疑ってたけど、うまくいきましたかね?」

「あ、ありがとうございます。気が付かなくて・・・」

「いいえ、それよりどうしたんですか?随分、急いでいらしたみたいですけど」

「いや、あの・・・」

ユリは口篭もった。―「あなたに会いたくて来ました・・・」―などと、とても言える訳ない。

「先ほど瞳さんがいらして、本木さんが一人でいるとお聞きしたものですから。近くに用事があったのでちょっとよっただけです」

ユリは答えた。本木はうつむきながら話すユリを見て、微笑みながら言う。

「理由なんかどうでもいいです。ユリさんに僕、会いたかったですから」

「本当?」

「ええ、本当です。それよりどこか出掛けません?僕、少し退屈してたところなんです。時間ありますか?」

本木はエレベータを降りるとユリに聞いた。

「ええ、まあ・・・」

「あ、食事は?ユリさんお腹はすいていない?僕は軽く食事しましたけど・・・」

「大丈夫です、お腹はすいていないですから・・・」

ユリが答えると、ユリのお腹が『グーッ』と鳴った。ユリは赤面して本木の顔を見る。本木は微笑みながらユリに言う。

「ユリさん食事付き合ってよ!僕、お腹すいちゃったから!」

「先ほど食事されたんじゃ・・・?」

「大丈夫、韓国料理はおいしいから、まだまだ食べられますよ、さあ、行きましょう!」

本木はユリの腕を掴み、エレベーターへと乗り込む。ユリは本木のさりげない優しさを嬉しく感じた。また、本木の『会いたかった』と、いう言葉が何より嬉しかった。勿論、友達としてとわかっていても・・・。


二人がホテルを出た時、本木は自分のサングラスと帽子をユリに渡す。二人とも楽しげに歩き出し、街中へと向かう。二人の後を付いていく人物など全く気が付かずに・・・。


食事とショッピングを楽しみ、二人は夜の公園へと向かう。

「ここはユリさんと出会った公園に似てますね?」

本木は人気のない公園に入るなり、二人が出会った公園のことを思い出す。

「そう思います?私も似てるなと思ったたんです」

ユリも答える。

「あの時は本当に驚いたんですよ。まさかキム・ユリさんがいるとは、夢にも思わなかったし・・・」

「私もこの人怪しくないのかなって、初めはビクビクしました」

「僕、怪しかったですか?」

「いいえ、冗談。でも、女性に声を掛けるの上手ですね?もしかして慣れてる?」

「まさか!本当にビクビクしながら声掛けたんですよ!いつもは女性に声なんか掛けないですよ・・・あなたの猫へ対する表情がすごく優しそうだったから、声掛けられたんだと思うし・・・」

本木は少し照れるように話す。そんな本木を見てユリは

「私も、あなたの笑顔を見た時、なぜか警戒心が解けたの。お互い初対面なのに不思議ね?」

「そうだね。ようやくお互い敬語も取れたみたいだし」

「あ、ごめんなさい。年上の方なのに・・・」

「気にしないで。むしろ敬語じゃない方が親しみを感じるから」

本木は笑顔で言った。

「それじゃ、今日は付き合ってくれてありがとう。ユリさんも忙しいのに悪かったね。予定、大丈夫だった?」

ユリは無言でうなずく。『このまま別れたくない・・・』ユリの気持ちが、さよならを言わせなかった。

「タクシーのりばまで送ります」

本木は歩き出すが、ユリは動かない。

「どうしたの?どこか具合悪い?」

「いいえ。ここで大丈夫です」

と、言うと、ユリは歩き出し本木の横を通り過ぎる。本木は呆気に取られるが、ユリの後姿を見て言う。

「ありがとう。会えて嬉しかったよ。また会いましょう!」

ユリは立ち止まった。しばらくして突然振り返り、ユリは本木の胸の中へ飛び込んだ。

「・・・」

本木は驚き、黙っていた。すると泣きながらユリが言う。

「どうしてそんなこと言うの?どうして『会いたかった』なんて言うの?彼女がいるのにどうして!」

「ユリさん・・・」

ユリは指輪を本木に見せ

「この指輪を見ては、いつもあなたのことを思い出していたわ。そしてあなたの言う『偶然』をいつも待っていた・・・今日もあなたに会いたいから、あなたが一人でいると聞いたから、急いで来たの。いけないとは思っても私はあなたに会いたかった・・・でも、本当の気持ちは言っちゃいけないと思ってずっと我慢していた。なのにあなたは『会いたい』と私に平気で言う。私はどうすればいいの?」

「・・・」

本木は答えられなかった。ユリは本木の胸で泣きじゃくった。しばらく泣いた後、

「ごめんなさい。今の話はなかったことにしてください。それじゃ、お元気で」

ユリはわざと敬語で話した。

本木は歩き始めたユリの後を追いかけ、腕を掴む。

「家まで送るよ」

「大丈夫です」

「遅らせてよ!」

本木は歩き出そうとするユリを引き止めて言った。するとユリは静かに本木の腕を掴み、自分の腕から離す。

「すいませんでした。変なこと言って。本木さん、本当に大丈夫ですから心配しないで下さい。瞳さんがもう帰っているかもしれないから。本当に私は大丈夫だから帰ってください。お願いします」

と、ユリは言い残し、去って行く。

「ユリさん・・・」

本木はそれ以上何も言えず、ただユリの後姿を見つめていた。ユリは本木が見えなくなる場所まで来て、その場で泣き崩れる。本木に気付かれないよう必死に小さな声で泣きじゃくった。


男は携帯電話を掛ける。

「俺です。いい写真撮れましたよ」

「そう。じゃあ、明日ホテルへ届けて、それからマスコミにも忘れずに送るのよ」

「わかりました。じゃあ、報酬はその時で?」

二人をつけていた男は電話を切り、夜の町へと引き返す

「ついに尻尾をつかんだわよ。ふふふ・・・」

瞳は電話を切り、夜景を見ながらほくそ笑んだ。


「おはようございます」

ユリは事務所に出勤すると、重い雰囲気が漂っていた。

「ユリ、ちょっとこっちに!」

マネージャーがユリを会議室へ呼び寄せる。

「これを見てくれ。」

マネージャーは雑誌の記事をユリに見せる。そこには本木に抱きつくユリの姿が映っていた。

「これは・・・」

「幸い本木さんの顔は消されているが、彼を知っている人だったらわかるかも知れない。」

「すいません・・・。私の不注意です。でも、誰がなんでこんなことを・・・」

「誰かにはめられたとしか考えられないが・・・。とにかくこの件については一切何もしゃべらないこと。いいな?」

「・・・わかりました」

ユリはその後のマネージャーの言葉がほとんど耳に入らなかった。ユリが気にしたことは誰が写真を撮ったとか、自分が今後マスコミに追われることとかではなく、何より本木のことが心配であった。ユリが会議室から出ると、既にテレビでは例の写真が放送されていた。

「本木さん大丈夫かしら・・・」

ユリは呟き、一人部屋の外へと消えた。


「これ、あなたよね?どういうこと?」

瞳は本木に質問した。

「ごめん・・・。でも、彼女とはなんでもないんだ。信じて欲しい」

「こんな姿を見せられて信じられると思う。私がいないときに隠れて会っていたなんて・・・信じられないわ!」

ユリは怒りをあらわにして本木を責める。

「何を言っても許されないと思うが、本当に信じて欲しい」

「とにかく日本へ帰ってから話し合いましょう」

瞳は空港の出発ロビーへと一人で歩いていく。その後を慌てて本木は追いかける。ふと本木はユリのことを考えた。

「ユリさんは大丈夫なのか・・・?」

その時携帯電話が鳴る。ユリからだったが本木は瞳の姿を見て、敢えて電源を切った。

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