第13話 (リム視点)変な人

 辺境の村。

 そこには仲睦まじくない六人の家族がおりました。


 両親は一番上の、出来の良い長男を貴族の娘にあてがえるだけの『価値』を積ませるため、残りの子供たちを馬車馬のように働かせました。


 末の妹であるわたしは力も知恵もない役立たずで、何処にいっても仕事なんてなく、乞食のように道ゆく人へ縋り付くことでなんとか最低限の金を稼ぐのです。


 分厚い雲で覆われた日々の中、パパは常々言っておりました。


「プリム。いいかい? お前は兄さんのために一生懸命稼ぐんだ。それがお前の──私たちの未来のためになる」


 言葉は積み重なってゆくけれど、は刃のようにこの身を切り裂くだけで一向に雲を拓いてはくれません。


 

 ──むしろ、拓いてくれたのは、とっても黒い不気味な雲でした。



 魔物を降らす雨。


 異形の怪物は近所のおばさんやおじさん、わたしをいじめてくる子どもたち──みな平等に殺し尽くしてゆきました。

 

 そうです。

 わたしと、わたしの家族以外。


 天変地異が通り過ぎておきながら、ポツンと無傷で佇む平凡な木の家。

 あまりに不自然かつだったからでしょうか、やがて物々しい格好をした兵隊さんがやってきました。


 彼らは口々にこう言います。


「奇跡だ」


 と。


 そんなことを言うものだからますます家族はつけ上がります。

 

 私が俺が僕が──などと優秀な兄を担ぎ上げることなど一切なく、我先にと手を挙げるのです。


「ふむ、私にはその少女こそが神子だと思うが?」


 そして、その手は叩き切られました。

 精神的に。


 豪華な服を着たおじさんは、後に王となる人で、何やら『人の才能を見抜く目』を持っているみたいです。


「一切の魔を寄せ付けぬ、刃のように鋭く混沌としたオーラ……試す価値はあるか。妙な胸騒ぎがして出向いてみたが、我が運命力に感嘆するほかあるまいて」


 おじさんは、兵隊さんは心底嬉しそうに楽しそうに笑い、わたしに綺麗な服と靴を与えました。

 もう家族のみんなに見向きもしません。


「あのぅ、我が子を連れてどこへ……?」

「あり得ませぬ。愛する子を渡せるものか──!!」


 急に親としての情が湧いてきたのかは分かりませんが、両親が憤慨していたように思います。


「……くれてやれ」

「は」


 でも、ばら撒かれた金の塊によって多分、わたしのことは綺麗さっぱり忘れ去りました。


 驚きもしません。

 

 所詮、金で繋がっていた親子関係なので。

 より眩い金によってわたしのことなど、見えなくなってしまったのでしょう。


 そんな彼らを放置してわたしは豪華な馬車に乗せてもらい、お城へと向かいます。


「して、そなたはなんと申す? 歳は?」

 

 最中、名を聞かれたので、


「……リム。リムといいます。5歳です」


 やや改名して名乗りました。


「くくっ、そうか、私の子と丁度同じ頃合いだな」


 するとおじさんは何を感じ取ったのか曖昧に笑って、


「私はグリム。そして……リムだと? 似た響きではないか。覚えておこう」


 目元を抑え、何かを堪えるようにして天を仰ぎました。


 窓から差し込む陽光のせいでおじさんの表情は見えにくく、これ以降わたしのことを『アレ』呼ばわりする人物の心境は分からずじまいです。

 



♧♧♧♧♧♧

 


 

 あの日から数年。

 多分七年。

 

 奇跡の子だとして担ぎ上げられ、魔物の死骸だらけの鍾乳洞に囚人のように幽閉されたわたしはほとんどの時間を眠ってやり過ごすようになっていました。


 念話による独り言にもなれ、いつしか口の動かし方も忘れてしまった頃、その変な人はやってきました。



 そう、変な人です。


 第一印象どころか二週間が経った今でもそう思い続けています。


「だ、か、ら! よく見るんだ! 指の表面に薄い膜を張っていくイメージで……っ」


 毎日毎日決まった時間に来て、一緒にご飯を食べて話をして、魔力の操作を教えて帰っていく変な人。


 なんでここまでしてくれるのかは正直分からないから、変な人と思うしかないのです。

 

「ぱぱの言うことは……むずかしくてよく分かりません」

「っ、無茶を言うんじゃない。これ以上に分かりやすく形容しようがな──いや、ある!」


 けれど、この人は頭を悩ませながらも全力で付き合ってくれる。


 この、変な関係こそが、もしかしたら本当の親子関係に近いのかもしれない。

 ──って、思ってみるのが幸せです。


 

 ああでも、あまり困らせちゃうのもよくないですね。


「あ、できました!」

「え、ぅあ!? 急に!? よし、よーし、じゃあそのままキープだぞ」


 二人してハイタッチ。


 長くこの関係を続けていたいから……って、もしかしてわたしは悪い子なのかもしれません。

 魔力の操作なんて、特別なわたしにとっては余裕なのです。


「……維持は一発か。さざなみ一つないし、行けるか?」

「ごうかく、ですか……?」

「ああっ、明日外に出よう」

「え〜、今日がいいです!」

「だめだ。夜になると見回りが増えるからな。俺が変な人だと思われて捕まってしまうかもしれん」

「……ふへへ」

「何がおかしい?」

「何でもないですよ」

「そうか……。じゃあ、今日はもう帰るから。ちゃんと寝ておけよ」

「わかりました、パパ!」

「っ、また明日な」


 冷たい鎖に繋ぎ直され、訪れるのはしずかな時間。


 でも、何ででしょうか。

 今日のところは眠れそうにありませんね。


 生まれて初めてできそうです。

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