私の苦手科目は恋愛です!

蒼山皆水

プロローグ

プロローグ


 二年前から使っているお気に入りのシャーペンを置いて、息を大きく吐き出す。


 ずっと文字を書き続けていたせいで、右手が軽く痛んだ。


 ぐぐぐぐっと背伸びをして、固まっていた体をほぐす。


 よし、もう少し頑張ろう。


 気合を入れ直すときに思い出すのは、いつだって、あの日の先生の言葉だった。


 ――だから、世界を広げるために、私と一緒に勉強しましょう。


 手を差し伸べられたあの日、憧れが芽生えた。


 憧れは胸の内ですくすくと育っていき、色々な花を咲かせた。


 尊敬。信頼。親しみ。感謝。


 だけどいつしか、別のものが混じってきて――。


 今なら、それが恋だとはっきりわかるけれど、当時の自分は、ピタリと当てはまる言葉を見つけられなかった。


 この感情はなんなのだろうと、毎日のように悩んだ。


 目が合うと嬉しくなって、しばらく会えないと悲しくなる。


 声を聞くだけで、心に温かい何かが灯る。


 そんな、わけのわからない感覚が苦しかった。


 だけど――それが恋だと自覚してからの方が、その何倍も苦しかった。


 だって、自分と彼女は、どうしようもないほどに離れていたから。


 努力ではどうすることもできない隔たりを、呪って、恨んで、憎んだ。


 諦めるしかないということは理解できたけれど、諦めようと思って諦められるようなら、元から苦しんでいない。


 とにかく、これだけはわかる。


 この恋は叶わない。 


 今の自分では到底、彼女に釣り合わない。


 追いつくまで、どれだけ時間がかかるだろう。


 そもそも追いつけるのかもわからない。


 仮に追いつけたとしても、そのころにはきっと、彼女の隣には自分以外の誰かがいる。


 だって、彼女はとても魅力的で、とても素敵な人だから。

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