引っ越しのおはなし④

 今日は月曜日。時刻は昼。

 アサにとっては特別な日。

 生まれ育った故郷、鳥美咲町とりみさきちょうから離れる日。


 引越しは嫌だと父に言った。だが、家族がバラバラに暮らすのは、もっと嫌だった。


 午前中には、引越し業者が荷物を運び出してくれている。アパートの一室は空っぽだ。何も残っていない。

 アサは、お気に入りのカバンと、ヒカルから貰った寄せ書きを抱え、アパートの一室を出た。今まで暮らした家に「さよなら」と呟きながら。


「アサー! ヒカル君来てるわよー!」


 母が呼ぶ。

 アサは目を丸くした。今日は平日。学校は休みではないはずだ。

 アサは階段を踏み鳴らしながら駆け下りた。


 車の運転席には父が待機しており、ドアの外に母がいる。

 その隣にヒカルがいた。


「アサ!」


「ひーくん!」


 アサはヒカルへと駆け寄った。信じられないといった顔で、ヒカルに問いかける。


「学校は休んだの? どうしてウチに?」


 ヒカルは笑って、さも当たり前のことのように答える。


「アサは今日引っ越しなんだろ? じゃあ、見送りしないと」


 アサの瞳から涙がこぼれる。

 見送りに来てくれた。ただそれだけのことが、どうしようもなく嬉しい。


「ありがとう、来てくれて……」


 アサはヒカルを見つめる。

 ヒカルもまた、泣いている。今まで当たり前のように隣にいた幼馴染が、遠くへと引っ越してしまうのは、寂しくて仕方なかったのだ。


「なあ、LOINくれよ。絶対だぞ」


「うん。うん」


「俺も送るから」


「……うん!」


 だが、きっと大丈夫なのだろう。きっと、この寂しさを乗り越えるのだろう。

 ヒカルにもアサにも、根拠のない確信があった。


 人と人は、青い空の下、必ず繋がっている。

 きっとまた会える。


「アサ、元気でな」


「ひーくんも、元気でね」


 挨拶を交わし、二人は離れる。


 母に促され、アサは車の後部座席に乗り込んだ。窓を開け、ヒカルの姿を振り返る。


「行くぞ」


 父が車を発信させる。

 エンジンをふかしながら、車はゆっくり動き始める。暮らし馴染んだ町を離れる時がきた。


「ひーくん! またね!」


 アサはヒカルに片手を振る。ヒカルもそれに応えるように、大きく両手を振り返した。


 ヒカルの姿が小さくなるまで。

 アサは何度も何度も手を振った。


 ――――――

『引っ越しのおはなし』おしまい

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