地下鉄道・駅
「いやー、ここら辺ぶらぶら歩いてたら、なーんか下がドタバタキイキイうるさくてよ。どこから聞こえてきてんだって音源突き止めたら、そのなんだかよく分かんねえ箱でさ」
固く閉ざされていたはずの箱は、今は前面が大きく開放されていた。もちろん、それはハルキがあの巨大な機械で扉を突き破ったからに他ならない。
箱から下を覗いた時に叫びながら通っていくレイトたちの姿が見えて、慌てて近くの部屋から機械を引っ張り出してきた、ということだった。
「にしても、あんなデカいのがいるなんてな。ほんと、俺抜きでよく無事でいられたもんだ」
「結構ギリギリというか、空回りばっかりだったけどね。もっとちゃんと、ニタちゃんを守ったり先導したりしたかったんだけど……結局、怪我させちゃったし」
「や、充分だと思うぜ。実際こうしておまえらは五体満足で歩けてるわけだし、こういうのは結果が全てだろ」
今回は正規の順路通りに進み、破壊されたシャッターを通って地下二階への階段を下りる。防護服を着ていると、足元を含めた視界が極端に狭くなるのが厄介だった。
しかもこの防護服、ゴムのような質感で見た目以上に重量がある。おかげで足は滑らさずに済みそうだが、あまり速く動くことはできそうになかった。
「ハルキにはまだ説明してなかったけど、この場所は道の両側が穴になってるんだよね」レイトは通路の端に立ち、懐中電灯で下を丹念に照らす。「ネズミが下にいたとき、砂利を踏むような音が聞こえてたから……うん、やっぱりそんなに深くない」
「その二本の黒いのは……鉄か? つか、レールだなこれ。どっかに列車が走ってんのか」
早々に勘づいたハルキが周囲に向けたライトをぐるりと一回転させる。
思えば地下都市にいた頃、ハルキは物知りの老人が管理する操車場へ頻繁に出入りしていた。目当ては情報だったが、日々出入りする貨物列車やその周辺環境についてもよく目にしていたはずだ。
ただ、この場所を操車場と呼ぶには構造があまりにもシンプルすぎる。レイトが光をさらに奥へ向けると、ほとんど同じ構造の通路が穴の先にもう一つ配置されているのが見えた。穴の中の線路は平行に四本……二セットで、レイトが知る操車場のようにあちこちへ続いているという雰囲気ではない。ここは単なる中継地点、つまり駅であるということなのだろう。
「あー、これのせいだよ! ずっと奥まで穴が続いてる、この下にいたから音が遠く聞こえたんだ!」
レイトの隣で、膝をついたニタが通路の裏側を覗き込んでいた。レイトは少しためらった後、地面に手をついて砂利の上へ飛び降りる。下から光を当てると確かに、奥行き二メートルほどの空間が通路の縁の下に続いていた。
「ふむ、なにかあるわけじゃないんだね。うーん、通路の構造が弱くなる以外に、効果があるとは思えないんだけどなあ」
上から眺めおろした時は大した深さじゃないと思ったが、下に立ってみると通路はなかなかの高さに思えた。一メートルくらいはあるだろうか、座っているニタの目線の方が高い。それがなんだか面白くて、レイトはこのまま下を歩いて進もうと決める。
「おーい! 見つけたぞ、こっちこっち!」
暗闇の中からハルキの声が飛び、眩い光がレイトのシールドを照らした。手をかざしてそれを遮り、レイトは光の出どころを探す。どうやら箱の先、昨日レイトとニタがネズミに追い詰められた柵の辺りにハルキはいるようだった。
「ハルちゃん、なに見つけたんだろ」
「さっき列車がどうとか言ってたから、その類のものかもね。もし柵の向こうに行くんだったら、どうする? ニタちゃんも下から行く?」
ニタが頷いたのを確認して、レイトは両手を前に伸ばす。すかさず飛び込んできた軽い身体を抱きとめて下に降ろすと、ニタは足元の砂利をわざと鳴らして楽しそうな笑い声をあげた。二人を襲ったネズミも実はこんな気持ちだったのかもしれない、だなんてさすがにそんなことはないか。
ハルキのいる方向へ進みながら、レイトは自分たちの位置を知らせるように懐中電灯を振り動かす。そういえば結局あの前衛アートは何だったのだろう、と考えて、落ちているプラスチックの破片がそのアートの周辺に偏っていることに気が付いた。
きっと椅子か、電灯か。かつてはそういうものを形成する部品だったに違いない。
いつか、もし数百年後に地下都市を探検する人がいたならば。レイトの慣れ親しんだ場所にも同じような感想を抱くのかもしれないと思うと、なんだか異次元を覗き込んでいるような不思議な気分だった。
「お、来た来た。……なんで下にいんだよ。轢かれんぞ」
ハルキは柵の上にしゃがんで二人を待っていた。歩きにくいなどと言っていたわりに、まるで遜色のないスーパーアスリートっぷりだった。
「あのね、僕たちはハルキみたいな身体の動かし方できないんだから……」レイトは足を止めずに柵の横を通り過ぎる。「こっち側でしょ? ニタちゃんが登るの、手伝ってあげてよ」
やれやれ、とでも言いたげに両肩を上げ、ハルキは無駄に後方宙返りをして柵から飛び降りる。子猫でも拾い上げるかのように片手でニタを軽々と引き上げる、その様子を横目にレイトも通路の上へ這いのぼった。
「どうもここは、普通に駅ってだけじゃなく車庫でもあった場所みたいだな。四百年前どころか倍ぐらい大昔のヤツが転がってたぜ」
レイトが立ち上がったのを確認すると、ハルキは二人を先導して奥へと歩きだす。こちら側は今までの廃墟然とした様子に輪をかけて殺風景で、およそ通常時に人が踏み入ることを想定されていなかったのが伺えた。
「四百年の倍……ってことは」ニタが両手の指を四本ずつ順番に折っている。「八百年前。って、どんな感じだったの?」
「そういうのはレイトに訊いてくれ。俺は歴史の専門家じゃねぇし、そもそも今言った時代だって適当……まあとにかく、とっても古いってこったよ」
ハルキが足を止め、前方の線路上を示す。人を勝手に歴史家にするな、と出かかった文句をレイトは反射的に呑み込んだ。
それは、黒光りする巨大な金属のかたまりだった。
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