第20話 事実

「もうひとつの危険な要素……それは、自分が自分で無くなってしまう……ということよ」


「――自分が自分で無くなる……?それってどういう……こと?」


 私は呆然とする。下着姿の女はそんな私を追い詰めるように話を続ける。


「あくまで……これは推測の話として聞いてね。それから、その魔法を使い続けた時の話だと思うのよ。おそらく、あなたの魔法は、ゆっくりとあなたを蝕んでいくわ」


「蝕むって……」


「正確に何が蝕んでいくのかってのは分からないわ。魔法なのか、はたまた別のなにかなのか。でも、ふとした瞬間に精神がどこかへと飛んでいってしまう。それがどんどんと拡大していくんじゃないだろうかな。私はそう分析している」


「そ、そんなわけないでしょ?第一、証拠だってない……」


「あなたがいちばんよく分かっているんじゃないかしら。ここまでの戦闘で、あなたとは違う別の誰かが体を支配しているような感覚があったはずよ。もしくは、理性を失ってしまったか。必ずどちらかはあるはず」


 私はそれを言われた瞬間ハッとした。コウモリとの戦闘が頭の中にフラッシュバックする。あのとき、私はなにか別の存在に支配されていたかのように、改物の両翼を――


「その反応だと……あったようね。まあ、だからといって何かあるわけじゃないわ」


 私は錯乱する。この魔法がそんなに危険だなんて。じゃあ、そんなのを使ってる私の体はどうなるの……?


「さて、なんでこんな推測を立てたのか……説明を始めましょうか」


 トリアはボロボロに焼け焦げた服をもう一度着直しながら口を開き始める。


「それは、三十年ほど前の話。五つの属性の違う魔法を登録し、何度も自由に使える『無限反復』の使用者は、王の従者を七人も殺害したの。彼は驚異的な回復力と、究極的な防御力、そして、圧倒的な攻撃力。その三つで、当たり前のように無双した。王に捕らえられてもすぐ脱出し、何度も革命に近づけてくれた。でも、ある日自ら命を絶ったの」


「な、なんで?」


「彼は魔法の能力を使うごとにどんどん感覚が超人的になっていった。遠くのものを自由に見ることができるようになったり、異常なまでに小さな音すら聞き分けられるようになった。でも、それと同時に能力の自制が効かなくなっていった。そして、彼は暴走し、そのまま仲間や恋人の命を――」


 最後の言葉は聞きたくなかった。私は耳を両手で塞ぎ、入ってくる言葉をはじき飛ばした。


「そ、そんなの……酷すぎるよ!」


「酷い?どうして酷いと思うの?」


「え、えっと……魔法に支配されちゃった……その……『無限反復』の魔法使いさんが……哀れ……というか」


「ふふっ、哀れ、ねぇ?でも、いずれあなたもそうなるかもしれないのよ」


「――その事実が一番酷いんだよ」


「なら、対策が必要よね?私から一つだけご提案させて貰うわ」


 トリアは私に近づき、私と目線を合わせるように屈んでから言葉を発した。


「対策ってのは、私たちの仲間になること。私たちブレイカーズは、所属する個人それぞれが強力な魔法を持ってるの。その中には、人の手では扱えないようなあまりにも強大な力だってあるの。それを扱うために、魔法をある程度制限する方法を持ってる。だから、来てみない?」


 ――魅力的な話だ。でも、それは「私が私であること」を目標にした場合の話。私には既に仲間がいる。その仲間たちを見捨ててまで入るような所なのか……?私は考えきる前に言葉を返した。


「――ごめん、今の私にそれを決断できる経験も実力もない。回答はまた今度で」


 私の言葉を聞いたトリアは、口角をもう一度緩めた。しかし、目だけはそうでなかった。なんだか笑ってはいないような……奥に色々あるような、そんな感じの表情。それを保ちながら、もう一度私に話をかける。


「なら、仲間にはならなくてもいいわ。でも、一つだけ約束して」


「な、なに?」


「私と……いや、もっと言ってしまえば、私たちと対立しないで欲しいの。何があっても、私たちはあなたたちを攻撃せず、あなたたちも私たちを攻撃しない。これだけは守ってくれないかしら」


「いや、トリアたちがどういう組織なのか、どれほど味方なのかが分からない以上、簡単に首を縦に振るわけにはいかないよ!」


 私がそう言い切ると、今度のトリアは明確に、明確に顔を曇らせた。


「あら、そう。なら、意地でも縦に振らせちゃおうかしら……!!」


 トリアは腰元から木槌を振り上げ、至近距離から木槌を振り下ろしてこんとする。


「『リピート』!」


 私はその木槌攻撃をそっくりそのまま『リピート』し、攻撃を弾くことでなんとか防御を図る。しかし、木槌はすぐに光になって消えてしまった。既に防護魔法や盾は使えない。ここはこういう武器で凌いでいくしかない……!


「まだ行くわよ」


 トリアがもう一度木槌を振るう。私は急いで後ろに下がりながら『リピート』と叫んで右手にモエの短剣を出す。そして、その剣で木槌を弾き飛ばそうと腕を振るうが……足が言うことを聞かない。後ろへ動こうとする足が……滑る!?な、なんでこんな時に!


 そうか、『放水』だ……!さっきの『放水』のときに地面が濡れたから……!私はその場にドカンと尻もちをついてしまう。濡れた地面から水が染み込む。冷たい……!


「一度だけだから、しっかり痛い目を見て貰わないとね」


 トリアが私の頭に向けて木槌を振り下ろそうとする。あぁ、私死ぬのかな。魔法を放つ気力もなくなってしまった。もう、流れに身を任せるしかない――


「終わりよ!!」


「『放流』!」


「えっ?う、ぐ、わぁぁ!」


 どこからともなく声がしたと思いきや、トリアの顔が何故かびしょ濡れになる。な、何が起こったんだ?


「再立さん!大丈夫でしたか!?」


 聞き覚えのある子供の声……ウズだ!タエもいる……!


「再立さん!お怪我は?」


 タエが質問する。私は「大丈夫だよ」と回答する。それに呼応するようにもう一度タエが質問する。


「またなんでこんなことに……?」


「それは後……!とりあえずトリアを……ってれ?」


 私たちの目の前にトリアは居ない。辺りを見回しても、どこかに隠れているとか、そういうことも無く不在なのだ。


「どこ行ったんだろ」


「そ、それで、結局なんで急に襲われたんですか?アイツ、治安維持部隊の人間ですか?」


「ううん、違うらしいの」


「ど、どういうことなんですか本当に!」


 私は二人に事の顛末を大まかに話す。トリアが何者なのか、あいつがなぜ戦っているのか……についてだけ。魔法については……「『リピート』が少し危険」という話だけをした。いつか私が私でなくなるみたいな怖い話は何もしなかった。


 それにしても、危なかった。このふたりが助けに来てくれなかったら……考えただけでも恐ろしい。


 あれ、というか、ウズの魔法は……『放水』じゃないの?さっきの魔法は今までの『放水』とは明らかに軌道が違う。


「ねぇウズ、ウズが使ってた魔法さ……今までの魔法とは違うような気がするんだけど……新魔法?」


 私がウズにそう質問すると、ウズは目をキラキラと輝かせながら答える。


「そうです!タエさんと一緒に練習した新たな魔法!『放流』です!」


 三本の水流が渦巻いて相手にぶつかる。そんな魔法。ウズは先程の特訓についての補足作業を続ける。


「水魔法は顔を狙うと強いんだということを学びました!」


 ウズはルンルンで話をする。いや、顔を狙うというのは……倫理とかマナーとか……そういう色々なものに抵触してしまいそうな気もするが……まあいいか。


「あと、『細波』の強さもしれました!」


「ああ、池みたいな水場が必要なやつね。どうだった?」


「相手に恐怖を与えることが出来ると思いました!!」


 子供特有の無邪気さ、なのだろうか?詳しくは全く分からないが、そう思わないとダメな倫理観をしている。いや、このくらいの感覚の方が戦う上では有利なのかもしれない。


 にしても、ウズが新しい魔法を覚えたというのは凄く嬉しいことだな。魔法を覚えたこと自体は自分のことでは無いが、あんなことを聞いたあとだとどうしても嬉しくなってしまう。


 そして、この子に責任を負わせすぎるだなんてことが絶対に無いようにしなくては。責任を負うのは私だけで十分だ。


「と、とりあえず帰ろっか」


 私たちは急いでもう一度旅館の方へと戻っていくのであった。

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