第8話 移動

「いい所って言ったって、平原なんてお散歩で行けるの?首都の中心部から行くとなるとかなり時間かかるんじゃない?」


「いえ、そういう時に便利なのがあるんですよ」


◇ ◇ ◇


 中心街の道路に出ると、なにやら黒いカゴのようなものが空を飛び交っているという異常な光景が広がっていた――!?


「な、なにこれー!!」


「再立さん、昨日改物の解体作業の時にソリを見ましたよね?」


「う、うん。見た」


「あれを人が乗れるようにしたものです。さ、早速乗りに行きましょう」


 へぇー!凄いなー!空を自由に飛べるのか!でも、行き先とかはどうするんだろう?タクシーみたいのだとしても、操縦する人は必要なんじゃないの?


◇ ◇ ◇


 乗り場に向かうと、三十人ほどの行列ができていた。しかし、列の回りは割と早く、例えるなら観覧車と同じくらいの速度だ。


 十分ほど並び、ようやく私たちの番がやってきた。カゴのような、と表現したが、どちらかと言えば貨車のようなデザインだ。言語化するなら黒色の貨車に座れるスペースが四つ。非常に簡素な感じだ。

 係員さんが扉を開いて搭乗を促すのとどうじに、モエが予め用意しておいた硬貨を係員さんに渡す。私たちは先に乗車した。


「それでは、行ってらっしゃいませー」


 モエが乗ると、どこに行くかの説明なども何も無く貨車がいきなり飛び出した。前に少し行ってそのまま斜めに飛び立つ感じ。飛行機と似た飛び方ではあるが、飛行機よりも滑走路が極端に短い。あと、空気抵抗による音がすごい。


「ねぇーモエ!!行先とか言わないで良かったの!?」


「ええ!この託使たくしは私の想像とリンクして飛んでくれるので行き先を伝える必要はないんです!」


「へぇー!便利だね!でもそんなんじゃ事故が絶えないんじゃないの!?」


「いえ!落下事故はあるそうですが衝突はほぼありません!障害物を検知するようになっているので!」


 便利すぎる。運転手さんに伝えることも無く思いだけで目的地に迎えるだなんて。こっちの世界進んでるなぁ……


「ねぇ!でも旅客用ならもうちょっといい椅子使えばいいのにね!!」


「お金がかかるので椅子は付けられないんだと思いますよ!」


 そうか、魔法はあくまで体内のエネルギーを変換するもの。水魔法や岩魔法などの例外も多々あるものの、この乗り物みたいに移動エネルギーに変えたり、旅館の明かりみたいに光エネルギーに変えたりするって言うのがメジャーなんだろう。そう考えるとものづくりには不利だな。日本みたいな大量生産技術がないから椅子も当然高くなるのだろう。


 というか、あまりにも音が大きい。風も凄まじい。ウズはものすごく怯えたような表情を浮かべて私にしがみつきはじめる。


「お、落ちませんよね!だいじょうぶですよね!?」


「私はわかんないよ!」


「む、むせきにんだー!!」


 私に聞かれても困る。なんせまだこの世界に来て一日しか経っていないから。


 辺りは様々な建物が立ち並ぶ街並みからだんだんと田畑の広がる光景へと変化していく。都心の風景が、ものの五分で田園に早変わりだ。


「モエ、あとどれくらいで着く?」


「もうすぐですよ」


 機体はラストスパートと言わんばかりに加速し、ぐんぐんと進んでいく。そして、森とも林ともつかない薮の上を最高速度で突っ走る。少なくとも百キロは出ているような気がする。私はバイクとかは乗らないからあくまで推測の域を超えないけど。


「ほら、あそこです」


 先程まで加速していた機体が少しづつ減速し始めると同時に、目の前にまるで整備されているような芝生が一面に広がる平原が姿を見せ始めた。


「すごい!ウズ、こんなの初めてみます!」


 絶景、と言えば海や山などの派手なものの印象があるが、かなりシンプルなこの風景も正しく絶景と言える。それほどまでに綺麗な緑が生い茂っているのだ。

 機体はある一地点に到達すると同時に減速と降下を始め、すこし芝が薄くなっている場所に着地した。すると扉が自動で開き、私たちが降りるのを待ちだした。


「さあ、楽しい散歩の始まりです」


 機体から降りると、扉が自動で閉まり、元来た方向へと飛んで行った。あまりにもハイテク。日本でもこれ欲しかったな。


「あれ、ご飯とかはあるの?ほら、おにぎりとか」


 私が聞くと、モエはふふんと笑顔を浮かべる。


「そう言われると思って、ちゃんと持ってきましたよ……塩おにぎり!!鮭おにぎり!!しそおにぎり!!」


 モエは持っていたカバンみたいな袋からおにぎりを包む竹皮を取り出した。私とウズはその勢いに押されて思わず拍手する。


「これは後で食べましょう」


「まあ、まだ朝だしね」


 私たちは広大な景色を見ながら少しずつ歩き始める。いやぁ、広い場所だなぁ……


「――ところで、帰りは何で行くの?」


「話札で連絡を取るんですよ。私は番号を知っているので呼べば先程の託使が来ます」


 本当に名前の通りタクシーみたいだ。しかも空を飛ぶんだからすごい。料金もそこまでかからないっぽいし、最高じゃん。


「さてさて、何をしようかなー」


「花飾りでも作りますか?芝ばかりじゃなく、花が沢山咲いているところもありますから」


 ウズは花飾りという単語に目を輝かせる。言葉遣いが少し大人びているとは言え、やはり子供は子供。こういう女の子らしい単語には目がないのだろう。


「それで、お花畑はどっちにあるの?」


「えっと……こっちですね」


 モエは方位磁石を取り出して私たちを案内する。へぇー、こっちにも方位磁石ってあるんだなぁ……


「ねぇ、地図とかはあるの?」


「そりゃありますよ。イノウタダタカが地図を作ってますし、なんなら測量しなくても上から見て模写すればいいんですから」


 そうか、そりゃそうか……伊能忠敬は江戸時代の人だし、この世界にはさっきの託使みたいに空を飛ぶようなものもあるんだもんな。


「このまま真っ直ぐ行けば着きますから、かけっこでもやりますか?」


モエの問いかけにウズはぴょんぴょんと跳ねて賛成する。


「やりたいです!!」


 モエやウズはまだ若いからいいかもしれないけど、運動不足の社畜OLにかけっこはキツいよ……まあやるけど。一応準備運動しておくか。

 まずは前屈から……いっちに、いっちに……次は伸脚……いっちに、いっちに……


「――何してるんですか再立さん……」


「いや、このままじゃ怪我するから準備運動しとこうと思って……」


「ええ?そんなことありますぅ?」


 あります。去年の夏に高校時代の友達と集まってバレーをした時、あまりにも運動して無さすぎて肉離れしたし……

 一回肉離れしちゃうとその場で恥ずかしいのはもちろん、包帯を巻くから足を出す服は恥ずかしいし。足を出さないとなると長いズボンとかになるから暑いしで最悪なんだよなぁ……


「ま、まあもう走る?」


「ええ。行きましょうか」


「ウズが一番取ります!」


 三人が一列に並んで……よーい、


 ドン!


 モエとウズは当たり前のように素晴らしいスタートを切り、タッタッタッと軽やかな脚で走っていく。対して私はもうドスドスドス……みたいな音が聞こえそうなほど雑なフォームでの走りになっている。


「ま、まってー……」


 前二人がどんどん先に行く中、運動不足な私はどんどん後方へ下がっていく。無理だー……


 三十秒ほど走って、ようやく花畑が見える頃、綺麗な風景とは逆にモエとウズの姿が見えなくなっていた。


「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……二人とも早すぎるって……はぁ……」


「再立さんおそすぎです!」


「まあまあ。再立さんは運動不足らしいので……」


 うっさいわー!私だって速く走りたいよ!


「それで……?はぁ……どっちが勝ったの?」


「流石にモエさんです。ウズはのびしろなら一番です」


「というか、再立さん大丈夫ですか?お水飲みます?」


「水ならウズにおまかせください!」


 ウズは精神を統一させ、両方の手のひらで器を作って私の前に差し出した。


「――『放水』!」


 ウズが叫んだ瞬間、ウズの手の中に水が注がれ始めた!!それはまるで、空気中にポットがあるかのよう。不思議な光景だ。


「はい、どうぞ再立さん!」


 私はウズの手から水を飲む。な、なんか背徳感あるなコレ。小学校中学年くらいの女の子の手のひらから水を飲む……私が男だったら色々やばかったな。


「ごくっ……はぁー、生き返るー」


 私は水を飲んだことで少し回復し、ようやく花畑の全容を確認する。


「おー!きれいだね!あ、バラもある!」


 小さな花から大きな花まで、シャンと胸を張っている。白や黄色に赤、ピンク。ああ、どうして花というものはこれほどまでに綺麗な色をしているのだろうか。


「本当にいい匂いですねー。特にこの花なんか――!?」


 モエがドサッと転けた。足元を見ると、なにやら少し棘の生えたツルに絡まってしまったようだ。


「いたた……」


「もう、モエ気をつけなよ?」


 私がモエを立ちあがらせるために手を差し伸べると、ウズが何かに気づいたように声を出す。


「ま、待ってください二人とも!これ、普通のツルじゃないです!」


「え?」


 そう言われた途端、そのツルの下からなにやら根のようなものが出てきた。しかし、ただの植物の根ではない。意志を持っているかのように動いたり、延びたりしている。まさかこれ……


「改物ですね……!」


 モエが立ち上がり、戦闘態勢に移った。

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