12月20日

 私がイスパハルを訪れてから、随分経った。

 アイデリアに今年初めての雪が降った。灰色の空に銀色に輝きながらひらりと舞い散る銀の雪は、あの王子の髪やまつ毛と全く同じ色。森で隣に居た王子の細いまつ毛に陽の光が反射してガラス細工のように美しくて、私はみとれていた事を思い出した。


 イスパハルからの帰りの船に乗るとき、王子は別れ際にすずらんの花束を渡してくれた。すずらんはアイデリアには咲かない花だから、私は初めて見た。名前にふさわしく、小さな小さな白いベルがお行儀良く並んでいた。指で突くと微かに揺れてかわいかった。花束を抱き締めると驚くほど甘い香り。イスパハルの匂いだ。

 すずらんは帰路の船旅の途中ですっかり枯れてしまったけれど、私は捨てられなかった。私はそれがどうしてなのか、本当は分かっている。分かっているけれど、分かってしまいたくない。絶望するだけだから。


 私はアイデリアの女王、"狼娘"アリンだ。

 相手は他国の王子で、自分の国を継がねばならない。だから、私とは絶対に結ばれることがない。

 どうかしている。って、私はちゃんと分かっている。だから、大丈夫。

 だから、誰にも言えないことだからここに書いて、私はこれきり忘れてしまう。

 私はアイデリアの女王だから。

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