005・女子高生とお泊まり


「そうだ。ねぇ、今日はここに泊めてよ」


 速水は思いついたように言う。


「はぁ? 何、勝手に決めているんだよ。自分の家に帰れ」


「帰る家なんてないよ」


「親が刑務所暮らしならお前は普段、どこで生活しているんだよ」


「私、施設で暮らしているの。でも後一年で出て行かなきゃいけない。だから今出ようが一年後に出ようが一緒。まぁ、家出みたいなものだよ」


 親がいない子供は孤児院に入ることを聞いたことがある。

 確か、十八歳までは施設で暮らせるが、それが過ぎると強制的に自立しなければならない。そんな環境で速水は生きてきたという訳だ。


「お前、学校は?」


「行ったり行かなかったり。まぁ、どうでもいいよ」


「どうでもいいって。そんなんじゃ将来、困るぞ」


「将来なんてどうでもいい。今が良ければそれでいいし」


「何で若いうちから頑張らないんだよ。今からそんなんじゃ、将来ろくな大人になれないぞ」


「保高さんみたいに?」


「うっ……」


 自分で自分に言っているようで心苦しかった。

 実際、僕だってたった一度の失敗で人生から逃げようとしている。

 お前が言うな。まさにそんな感じだ。


「頭が硬い人って私、苦手だな。言われなくても分かっていることを言われるとなんて言うんだろう。ムカつくな」


 顔は笑っているが、言葉は完全に怒っていることが分かる。


「安心して。明日には出て行くから。だから今日は泊めて」


「は? 何で?」


「お願い」


 その笑顔は小動物のようで僕は断れなかった。


「分かったよ。好きにしてくれ」


「やり。じゃ、手始めにお風呂借りるね」


 速水は浴槽の方へ飛んでいく。

 そういえばこうして人と会話をするのはいつぶりだろうか。

 懐かしいと思えるくらい久しぶりな感覚だった。

 それに女を家に泊めるのも初めてのことだ。

 無駄に勉強をしてきたせいもあり、友達も恋人もいないまま、今まで過ごしてきた。

 結果、僕には何も残らなかった。

 真面目に生きていれば報われると親に教え込まれたが、そんなことはなかった。

 真面目に生きたところで報われないことだってあるんだ。

 今になって親の言いなりに生きた自分が情けない。

 僕に幸せなんて訪れるのだろうか。

 結果として年下の女の子と知り合えたのは大きな出来事。

 例え、犯罪者の女子高生だとしても僕にとっては和む存在だと気付いた。


「ぎゃー!」


 浴槽から速水の悲鳴が響く。

 何事かと思い、浴槽を覗くと速水はバスタオル一枚で僕に文句を言うように迫る。

「ど、どうした!」


「ちょっと! お湯出ないんだけど!」


「多分、ガス止められているから水しか出ない」


「はー? 何それ。後、シャンプーとボディーソープも空なんだけど」


「今は金がなくて買えないんだ」


「これでどうやって風呂に入れって言うのよ!」


「文句があるなら入るなよ」


「入る! あっち行け。変態!」


 背中を押され、浴室から追い出される。

 気合いで水風呂を入り、残り少ないシャンプーをプッシュしながら無理やり液を出す姿を想像すると何だか悪い気がした。


「ふー。良い湯加減だったわ」と想像した通り、速水は体を震わせながら戻ってきた。


「お、おう。それは何よりだ」


「あんた。何でそんなにお金ないのよ。働きなさいよ」


「それはごもっともなんだが、何も言えないです……はい」


 金がなければ働かなければならない。

 そんなの誰でも知っている。そんな当たり前のことだが、その一歩が踏み出せない自分がそこにいた。

 家賃だって何ヶ月か滞納していつ追い出されるか分からない状況だ。

 まだ大丈夫。今じゃなくてもいい。そんな甘い考えでズルズルとここまで来ていた。

 追い込まれているのは事実だが、どうしても行動に移せない。

 僕は情けない。


「働きたくない。でもご飯が食べられて普通にダラダラと寝て過ごしたい。何もしたくない。と、まぁニートによくある古典的な思考回路ですか? 保高さん」


「黙れ。それ以上言うな」


「行動する前に既に諦める。一歩を踏み出すことすら出来ない。それがあなたですよ」


「だから黙れって言っているだろうが!」


 僕は大声で怒鳴っていた。

 それはまるで自分の思い通りにならないと公共の場でも気にせずに地べたで大泣きする子供のようである。

 そんなことをしても損するのは自分だけ。

 格好悪い。いい大人が女子高生に怒鳴るなんて恥ずかしい。


「ねぇ、保高さん。私と悪いことしない?」


「悪いこと?」


 それはどう言う意味だろうか。

 犯罪者の速水の言う悪いことと言うのは勿論、悪い意味にしか聞こえない。


「えぇ、生活に困っているようだからどうかなって思って」


「犯罪には手は貸さないぞ」


「今更、それを言う?」


「お前は僕を犯罪者に仕立て上げたいようだな。悪いが、そう言う話なら他を当たってくれ」


「まぁ、話だけでも聞いて下さいよ。それからでも遅くないと思います」


「どうだか」


 速水はどのような話を持ち出すつもりなのだろうか。

 嫌な予感しかしない。

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