第40話 馬車の帰還
父上が王都へ向かった後、僕は屋敷の中にある魔術に関する本を片っぱしから読んていった。
特に封印に関する書物を探したが、この屋敷の中にはあまり揃っていなかった。
魔術の本とにらめっこをしていると、昼食の時間だと使用人が呼びに来た。
お祖父様達を待たせるわけにはいかないので、手早く片付けて食堂へと向かう。
食堂には既にお祖父様とお祖母様が席についていた。
僕の後に母上が一人で入ってきたのを見てお祖父様が首を傾げた。
「おや、ジュリアだけか? アルフレッドはどうした?」
母上は僕の向かいの席に腰を下ろすと、
「朝食の後で急に王都に戻ると言われました。急用が出来たそうですわ」
そう言って僕をじっと見つめてくる。
どうやら父上は理由も告げずに王都に向かったようだ。
確かに僕は理由を知っているが、ここで話していいことかどうかわからない為黙っておく。
「何だと? 私には何の連絡もなかったぞ。久しぶりにアルフレッドと狩りに行くつもりでいたというのに…。仕方がない。ジェレミー。お前がアルフレッドの代わりに来なさい」
狩りって一体何を狩りに行くんだろう?
「お祖父様。狩りってキツネとかウサギとかを狩りに行くんですか?」
僕が問うとお祖父様は「ふん」と鼻を鳴らした。
「そんな小物を狩っても面白くないだろう。魔獣に決まっているではないか」
お祖父様の言葉に僕は困惑した。
魔獣って討伐じゃなくて狩るものだったの?
どう返事をしていいか迷ったので助けを求めようと正面に座るお祖母様と母上に視線を向けると、二人とも料理に夢中で僕と目を合わせてくれなかった。
というよりスルーされている?
誰か味方になってくれそうな人を探して食堂の中を見回すが、誰もそんな人はいなかった。
使用人達はお祖父様達に仕えているのだから当然、お祖父様の言う事を聞くだろう。
現に僕が視線を向けても済ました顔でその場に控えている。
一番諌めてくれそうな家令はニコニコと微笑みながら、僕とお祖父様のやり取りを聞いている。
これは諦めてお祖父様との狩りに同行するしかないな。
僕は大きくため息をつくと、お祖父様に向かって頷いた。
「わかりました。ご一緒しましょう。ただしあまり危険な魔獣はやめてくださいね」
お祖父様はそれなりにお年だし、僕も魔獣を倒すのが得意とは言えないからなるべく危険のないようにしよう。
それこそシヴァだけに任せてもいいんだけどね。
それでは狩りにならないとお祖父様に怒られそうだ。
食事を再開しだしたところで、慌ただしく食堂の扉がノックされ、こちらの返事を待つ事もなく扉が開いた。
「何だ! 食事中に!」
お祖父様が怒鳴る中を扉に近付いた家令に、扉を開けた使用人が耳打ちをした。
それを聞いた家令の顔が険しい物に変わる。
伝言を聞いた家令はどう伝えていいのか迷っているようだ。
「どうした? 何があったのか言いなさい」
お祖父様に促されて家令は険しい表情のままで口を開いた。
「アルフレッド様の乗って行かれた馬車が戻って来たそうですが、様子が変だと報告がありました」
家令が言い終わると同時にお祖父様が立ち上がった。
普段なら「食事中に席を立つな」と叱責される行為だが、今はそんな事を言っている場合ではなかった。
お祖父様に続いて僕もお祖母様と母上も立ち上がって食堂を出て玄関へと急ぐ。
僕がお祖父様に追いつくとアーサーが懐にスッと入ってきた。シヴァもいつの間にか僕の隣にきていた。
玄関ホールに到着すると使用人が扉を開いて待っていた。
扉を抜けて外に出るとそこに馬車が停まっていたが、明らかに様子がおかしかった。
御者台に御者が座っていたが、ぼうっとした顔をして視点が定まっていなかった。
これでよく馬車を操って帰って来れたものだと感心するくらいだ。
もしかして誰かに操られていたのかもしれない。
お祖父様が後からついてきた家令に向かって顎をしゃくると家令が馬車の扉を開けた。
馬車の扉が開いた途端、その場にいた誰もが息を飲んだ。
馬車の中はおびただしい血で真っ赤に染まっていた。だがその中に父上の姿はなかった。
「キャアアアー!」
叫び声が聞こえた方を振り向くとちょうど玄関を出てきた母上が馬車の惨状を目にしたようだった。
一緒に現れたお祖母様も両手で口を覆っている。顔が青ざめているところを見ると食事中だったので気分が悪くなったのかもしれない。
「二人を屋敷の中に…、早く!」
お祖父様に言われて使用人達が急いで母上とお祖母様を屋敷の中へと誘導していく。
二人がいなくなったのを見計らってお祖父様は馬車へと近付いて行った。
僕もお祖父様に続いて馬車へと近付くが、徐々に血の匂いが強くなっていく。
お祖父様はまず御者台へと近付き、視点の定まらない御者の肩を掴んで揺さぶった。
「おい! しっかりしろ!」
しかし肩を揺さぶられても御者は相変わらずぼうっとしたままだった。
何らかの術をかけられているに違いない。
どうしたらいいのか分からずにいるとシヴァがトンと御者台の上に上がって御者の顔を覗き込んだ。
シヴァの目が光ったと思うと御者がはっとしたように顔を上げ、丸まっていた背中がピンと伸びた。
「…ここは? 私は一体…」
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