第36話 ジェレミーの知らない話
パーティが終わり皆が寝静まった頃、アーサーはそっとベッド脇のサイドテーブルから身を起こした。
ジェレミーの側に近付いて彼の寝息を伺うと、久しぶりのパーティで疲れたのか穏やかな寝息をたてていた。
アーサーは静かにジェレミーの枕元を離れると、足元に寝ているシヴァに近寄った。
「シヴァ、起きろ」
ジェレミーに聞こえないように小声で呼びかけると、シヴァはすぐには目を覚ましてアーサーを見つめた。
「何だ?」
そう言いつつシヴァは大きなあくびをすると眠そうに目を細める。
「…さっき見回った時、あいつの魔力を感じた」
アーサーがそう告げるとシヴァは途端に目をギラつかせた。
「まさか! あいつはあの時封印したはずだぞ!」
アーサー自身も信じたくはなかったが、確かにあの人物の魔力だった。
あの人物を封印するためにアーサーとグィネヴィアは魔力を使い果たし、生身の体を失った。
かろうじて残った魂をシヴァの力を借りて剣へと宿すことが出来たのだ。
「私だって間違いであってくれればいいと思っていたが、非常に微かだがあいつの魔力だった」
アーサーの言葉を受けてシヴァはあの人物で間違いがないと確信した。
「それで、私に封印がどうなっているのかを確認してきてほしいのだろう」
シヴァの指摘にアーサーは刀身を傾け肯定の意志を示した。
「お前の方が移動が早いからな。ついでに
アーサーの気遣いにシヴァはフッと笑みを漏らした。
「わかった。封印を見て来よう。しかし神木に寄ってまたここに戻って来るとなると大して力を蓄えられそうもないけどな」
明け方にジェレミーが目を覚ますまでに戻るとなると、かなりのスピードで走らないと間に合わないだろう。
それでもシヴァは行かないわけにはいかなかった。あの人物が万が一復活したとなったら今のジェレミーで対応出来るかどうかわからないからだ。
「行ってくる」
シヴァは立ち上がると窓際へと近寄った。ノブに前足をかけると音もなくスッと窓が開く。
開いた隙間からシヴァはスルリと体をすり抜けさせるとしっぽで窓を閉めて一気に駆け出した。
アーサーは窓からシヴァが駆け出して行くのをじっと眺めていた。
「気を付けて」
シヴァに倒せない魔獣はいないが、もしもあの人物に遭遇したならばどうなるかわからない。
シヴァがアーサーの味方だと知っているかどうかはわからないが、用心に越したことはないだろう。
「こういう時は生身の体でなくて良かったと思うよ」
アーサーはそのままシヴァが戻って来るのを待っていた。
公爵邸を飛び出したシヴァはあの人物が封印された場所を目指した。
シヴァの拠り所である神木がある森とは別の領地の森の奥に封印場所がある。
アーサーは人が訪れる事がないような深い森を対決場所に選んだつもりだったが、あれからかなりの年月が経っている。
何らかの人の手が入っていないとも限らなかった。
「少し放置し過ぎたかもしれないな」
シヴァはそうつぶやきながら暗い森の中を走り抜けて行った。
走りながら自分がつぶやいた言葉を実感していた。
以前は森だった所が木が無くなり、大きな屋敷や民家が立ち並んでいたりするのだ。
焦ったシヴァは更にスピードをあげて封印場所へとかけて行った。
ようやく目的の森が見えてきたが、このあたりでも数件の民家が建っていた。
「何て事だ」
この様子では封印場所にも人が足を踏み入れているに違いない。
シヴァは覚悟を決めて一気に森の奥へと足を踏み入れた。
封印した際に作った祠は確かにその場所にあった。
しかし…
「何て事を…」
祠の扉がこじ開けられ、中に入れていた筈の魔石が見当たらなかった。
辺りをくまなく探ったがどこにも魔石は見つからず、あの人物の魔力も感じる事が出来なかった。
シヴァがもう一度祠の周りを見回すと、祠の一部に裂け目があるのが見えた。
どうやら矢の傷のようだ。しかもかなり古い。
誰かが放った流矢がこの祠に傷を付けて、そこからあの人物の魔力が漏れたのだろう。
その魔力の影響を受けて命じられるまま、祠を壊して魔石を取り出したに違いない。
「あいつはまだ魔石のままなんだろう」
万が一、封印を解かれているならば、今日のパーティで視線だけで済ませるとは思えなかった。
それでもその魔石を持っている人物にはそれなりの影響を与える事が出来るのだ。
いつ何を仕掛けてくるかわからない。
おそらくランスロットもあの人物に操られていたのだろう。
かなり前に封印が解けてアーサーや公爵家の情報を集めていたに違いない。
だからこそ生まれる前のジェレミーを狙ったのだろう。
「こうしてはいられない」
シヴァは踵を返すと神木のある森へと全速力でかけていった。
少しでも多くの力を蓄えてあの人物からの襲撃に備えないといけない。
銀色の体を月の光に晒しながらシヴァは森の中を駆け抜けて行った。
シヴァが戻ってきたのはしらじらと夜が開け始めた頃だった。
「魔石が無くなっていた」
窓を開けて入ってくるなりシヴァはアーサーにそう告げた。
驚いて固まっているアーサーを尻目にシヴァはベッドに上がるとジェレミーの足元に丸くなるとすぐに寝息をたてた。
アーサーは窓の外に目をやると少しずつ登ってくる朝日をじっと見つめていた。
「この体で何ができるんだろう…」
この瞬間ほど、剣の体になった事を後悔したことはなかった。
だがそれと同時にアーサーは固く心に誓った。
ジェレミーは必ず守ると…。
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