第34話 来客
お祖父様は表情には表さないものの、かなり憤慨していることがわかる。何しろ周りの空気がひんやりしてきたからね。
お祖母様は今にも卒倒しそうな程に顔を青ざめさせて僕の側に駆け寄ると、その場に跪いて僕の顔を両手で包んだ。
柔らかくて暖かな手で頬を包まれると、それだけで幸せな気持ちになってくる。
「お祖母様、僕は大丈夫ですよ。あの火事で魔力が覚醒して、アーサーが僕を助けてくれたんです。あの火事がなかったら僕は今も孤児院にいて、お祖母様達に会えなかったかもしれません」
そう告げるとお祖母様は何も言わずにただ僕をギュッと抱きしめてくれた。
もう小さな子供ではないけれど、こうして抱きしめて貰えるのはとても安心する。
他人の心臓の音を聞くだけで、僕自身も生きているんだと実感出来るからだ。
お祖母様はしばらく僕を抱きしめていたが、やがて僕から体を離すと自分の席へと戻って行った。
チラリとお祖父様に目をやると表情は変わらないものの何故か羨ましそうな目をしているように見えた。
お祖母様に抱きしめられる僕が羨ましいのか、僕を抱きしめるお祖母様が羨ましいのか、どっちだろう?
「それで、魔力が覚醒したから帰って来たと言うわけか。どうやって王都まで帰って来たんだ」
お祖母様が座り直したのを確認して、お祖父様が更にアーサーに質問した。
「流石に私とジェレミーだけでは王都は目指せないから、旧友に助っ人を頼んだんだ」
アーサーが言うとシヴァが僕の影から飛び出して来ると、僕の側に立った。
突然現れたシヴァにお祖母様は「キャッ」と声をあげ、お祖父様は目を見開いた。
「…まさか、神獣様?」
シヴァの登場にはお祖父様も驚いたようだが、相変わらず表情には表れずにリアクションが薄い。
シヴァはソファーに飛び乗ると僕の隣に寝そべると、お祖父様に話しかけた。
「今はジェレミーの従魔だ。不用意に漏らすなよ」
お祖父様の言葉には僕の方が驚いた。シヴァってやっぱり神獣だったんだ。
普通の魔獣じゃないとは思ってたけれど、本当に神獣だとは思わなかったよ。
そこで扉がノックされた。
「入れ」とお祖父様が告げると同時にシヴァとアーサーは姿を消した。
扉が開いて家令がお祖父様の所に歩み寄ってきた。
「侯爵家の方がお見えです」
母上の実家の侯爵家の名前が告げられると、お祖父様は頷いて「こちらに通せ」と言った。
家令が応接室を出てしばらくすると、再び扉がノックされて一組の男女が部屋の中に入ってきた。
扉が閉まると同時にその人たちはお祖父様の側に寄ると、床に座り込み頭を擦りつけんばかりの土下座をした。
「公爵様! この度は私どもの娘が大変なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした!」
まさか、この世界でも土下座があるなんて思わなかったな。
お祖父様は相変わらずの醒めた目で二人を見ていたが、ふうっと一つため息をついた。
「もう謝罪はいらん。こうしてジェレミーも戻って来たからな。それにジュリアは催眠剤を飲まされていたと聞く。ジュリアの意志で家を出たわけではないようだ」
そう言われても侯爵夫妻、つまり母方の祖父母は床に頭を擦り付けたままで動こうとしない。
見かねたお祖母様が、僕にこう告げた。
「ジェレミー。こちらもあなたのお祖父様とお祖母様よ。お席に案内して差し上げてちょうだい」
僕は頷いて立ち上がると、土下座をしたままの二人に近付いた。
二人の前にしゃがんでそれぞれの手を取ると、お祖父様とお祖母様がハッとして顔をあげた。
お祖父様もそれなりにイケメンだし、お祖母様は母上に似て美人だった。
貴族の人達ってイケメンと美人しかいないのかな。
そんな事が頭をよぎったがここで言うことではないと、頭から追い払って二人にニコリと笑いかけた。
「お祖父様、お祖母様。お会いできて嬉しいです。こちらにお座りください」
僕は公爵家のお祖父様達の前に二人を案内して座らせると、その間にある一人がけのソファーに腰を下ろした。
あれ?
この配置だと僕が一番上座に座ってない?
公爵家のお祖父様達も一人がけのソファーだから関係ないのかな?
侯爵家のお祖父様達にもお茶が用意されて、使用人が退出すると、ようやく落ち着いたようだ。
それにしてもどちらの祖父母も僕が公爵家に戻ってすぐに会いに来なかったのは何故だろう。
公爵家の方は先程、忙しかったからだと言われたが、侯爵家の祖父母は自分の娘に会いに来ても良さそうなものなんだけど…。
すると僕の顔を見ていた公爵家のお祖母様がふふっと笑った。
「ジェレミー。何か言いたい事があるんでしょう?」
そんなに僕はバレバレな顔をしていたんだろうか?
お祖父様や父上みたいなポーカーフェイスなんて僕にはできそうもないな。
「いえ、どうして母上の方のお祖父様達は、僕や母上に会いに来なかったのかな、と…」
僕がちょっと寂しそうな顔をしてみせると侯爵家のお祖父様達は焦ったように僕に話しかけてきた。
「ジェレミー。決してお前に会いたくないわけじゃなかったんだよ。公爵家のお二人がお前に会っていないのにそれを差し置いて私達が会いに行くわけにはいかなかったからだよ」
「そうよ。それにジュリアとはお茶会で何度か顔を合わせていたから、そのときにあなたの様子を聞いていたの。だから今日こうして会えるのをとても楽しみにしていたのよ」
つまり公爵家に義理立てをしていたってことか。
「わかりました。僕も今日、お会いできてとても嬉しいです。」
ニコリと笑って四人を見回すと、公爵家のお祖父様以外は感激したような顔で僕を見つめてきた。
こうしてお祖父様達との顔合わせは何事もなく無事に終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます