第31話 旅の途中で

 この世界の教育は前世と同じで春に入学して夏と冬に休暇がある。


 もうじき夏季休暇に入ろうとする頃、夕食の席で父上にこう告げられた。


「ジェレミー。夏季休暇は父上達の所で過ごすように手配してあるから、準備をするように」


 父上達ってつまりお祖父様とお祖母様が住んでいる公爵領って事だろう。


 母上を見ると使っていたカトラリーの手を止めてニッコリと笑った。


「わたくし達は都合がつかないから少し遅れて行くけれど、お祖父様達によろしく伝えておいてね」


 つまり僕一人で先に行けって言う事か。


 両親の付き添いが必要なほど小さな子供ではないけれど、父方の祖父母に初めて会うのに一人だけってどうなんだろう。


 そうは言っても今更異を唱えた所で父上の決定を覆されるはずもないから、諦めて受け入れる事にしよう。


 準備とは言っても持って行く物は使用人に頼んで用意して貰うくらいだ。


 後はいつもどおりアーサーが僕の懐に、シヴァが僕の影に入って行った。


 出発の朝、父上は既に仕事に向かったので、母上だけが僕を見送ってくれた。


「ジェレミー。気を付けて行ってらっしゃい」


 母上が優しく僕を抱きしめてくれる。


 最近僕は身長が伸びたおかげで、今は母上の肩を少し越したくらいの大きさになっている。


 僕が馬車に乗り込んだのを確認して、バトラーが合図をすると馬車が走り出した。


 お祖父様達が住む公爵領は馬車で半日のところにある。あまり大きな領地ではないらしいが、管理がしやすく過ごしやすい気候の土地のようだ。


 しばらくは窓の外を流れる王都の町並みを楽しんで見ていたが、王都を抜けて森に入って行くと、変わらない景色に飽きてきた。


 せめて誰かと一緒ならおしゃべりをして時間が潰せるのに、と思ったところでアーサーとシヴァをいるのを思い出した。


「アーサー、シヴァ。出て来てよ」 


 呼びかけたけど、二人共返事がない。


「アーサー? シヴァ?」


 二度目に呼んだところでようやく二人が顔を出した。


「どうした、 ジェレミー?」


 アーサーの声が少しぼうっとしたような響きがあるし、シヴァも少し目をしばしばさせている。


 こいつら、居眠りをしていたな。


「なんだよ、二人共寝ていたのか」 


 僕が指摘するとシヴァが慌てて否定した。


「いやいや。寝てないぞ。少し目を瞑って瞑想していただけだ」

 

 シヴァの言葉にアーサーも肯定するように抜き身の体を縦に振る。いくらペーパーナイフとは言え危なすぎる。


「アーサー、分かったから体を振るのは止めてくれ」


 僕の言葉にようやくアーサーは体を振るのを止めてくれた。


「ところで何の用だ、ジェレミー?」


 寝ていた事をごまかすようにアーサーがあえてふんぞり返ったような言い方をするが、アーサーが偉そうなのは今に始まったことではないな。


「アーサーは今から行く公爵領って行った事がある?」


 アーサーは少し考えるように黙り込んだが、やがておもむろに口を開いた。


「私が知っている公爵領ならアルフレッドが幼い頃、アルフレッドの祖父母に会いに行った事がある」


 父上の祖父母って事は僕のひいお祖父様達って事になるだろう。


 アーサーによると公爵家は家督を譲ると公爵領に引っ越してそちらの管理をするようになるらしい。


 アーサーが母上について公爵家を出たときはまだお祖父様達は一緒に住んでいたそうだから、父上に家督を譲って公爵領に引っ越したのは数年前の事だろう。


 お祖父様達が公爵領に行くとひいお祖父様達は隠居してそのまま公爵領に住むらしい。


 もしかしたらまだひいお祖父様達も生きているんだろうか?


 この世界の人達の寿命がわからないから何とも言えないけど、結婚が早いって事は寿命が短いのかもしれないな。


 アーサー達とそんな話をしていると、突然ガタンと音を立てて馬車が停まった。


 外に目をやればまだ森の中であることがわかる。こんな所で停車するとは聞いていない。一体何が起こったのだろう。馬車に何か問題でもあったのだろうか?


 御者台には御者と付き添いの使用人の二人が座っているはずだ。


 何があったのか正面にある御者台につながる小窓を開く為に立ち上がろうとした時、扉がパッと開かれ覆面をした男が剣を僕に突きつけてきた。


 覆面と言ってもターバンのような布を頭にぐるぐる巻にして顔を隠していて、目だけがギョロリとこちらを睨んでくる。目だけでは若いのか年を取っているのかわからない。


「何だ、ガキ一人かよ」


 扉が開いた瞬間、アーサーは姿を消してシヴァも僕の影に潜った。男には気づかれなかったはずだ。


 それにしても豪華な馬車では野盗に狙われやすいからとあえて目立たないように普通の馬車を用意したのだが、どうしてこんな事態に陥ったのだろう。


 外で何やら騒がしい音が聞こえてきた。まさか御者と使用人の身に何かがあったのだろうか。


「心配するな。命までは取ったりしないさ。外の二人には大人しくしててもらってるよ」


 剣を僕に突きつけたまま、男は僕の体を上から下へと眺め回した。


 そこへまた別の男がやってきた。こちらもやはり布で顔を隠して目だけを出している。


「二人とも縛り終わったぜ。…何だ、ガキ一人しか乗ってないのか」


 今ここに二人の野盗がいるが、御者達を縛り上げたと言うのなら他にも仲間がいるはずだ。


 うかつに動けば御者達を人質に取られる可能性がある。


「金目の物を出しな。とりあえずそれで許してやるよ」


 金目の物と言われても僕は何も持っていない。


「僕は何も持ってない。前にいる使用人がお金を持っているはずだ。それをやるからさっさと開放してくれ」


 僕の言葉を確かめる為に後から姿を現した男が御者台の方に戻って行く。


 しばらくして使用人から奪った財布を持って戻ってきた。


 最初に現れた男がそれを受け取り中身を確かめる。どうやらこの男が首領のようだ。


「ふん、これっぽっちか。まぁいい。貰ってくぜ」 


 その言葉に少しほっとしたが、後から来た男が不穏な事を言い出した。


「兄貴。こいつを売り払ったらいい値がつきそうだぜ」

 

 こいつら、強盗だけでなく人攫いもやるのか。

 

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