第28話 黒幕の存在

 食事を終えると父上はさっさと食堂を出ていった。


 僕は少し遅れてバトラーに先導されて父上の部屋に向かった。


 バトラーが扉をノックするとすぐに入室を許可する返事が返ってきた。


 バトラーは扉を開けて僕を部屋に入れると、扉を閉めて出ていった。


 ここはアーサー達が壁にかかっている部屋だ。


 今はアーサーは僕の懐にいるので壁にかかっているのはグィネヴィアだけだ。


 父上は自分が座っているソファーの向かいに僕に座るように促した。


 僕が腰掛けると父上はおもむろに口を開いた。


「それで話とはなんだ? 今日、クリス王子が伝えてきた娼館の事なら既に手は回してあるぞ」


 流石はこの国の宰相様だ。仕事が早いな。

 だけど僕が聞きたいのはその事じゃない。


「ありがとうございます、父上。だけどそれとは別にお聞きしたい事があります。王都に来る前の街で僕を攫おうとした男達はどうなりましたか?」


 父上は眉をピクリと動かすと少しムスッとした顔になった。


「あの二人か。私としては処刑しても構わなかったのだがな。今は強制労働者として何処かに働きに行かされているぞ」


 僕の場合は未遂で終わったけれど、他の人達を攫っているなら強制労働をさせられても仕方がないだろう。


「実は僕がいた孤児院から誰か別の子供を攫った可能性があるんですが、その攫った子が何処にいるか知りたいんです」


 僕が必死に訴えるのに父上は何も考えていないような無表情を僕に向ける。


「その子の行方を知ってどうするつもりだ? まさか引き取って面倒を見るつもりか? それとも今日の娼館の娘のように何処かに養子先を探すつもりか? いい機会だから言っておこう。これ以上、他の貴族に隙を見せるような行動はするな」


 父上に言われて僕は返す言葉がなかった。。


 そこまでは考えていなかった。


 とりあえずカインを見つけなければと焦っただけだ。


 それに僕の行動が他の貴族に隙を見せるなんて思ってもみなかった事だ。


「僕のやろうとしている事は他の貴族に隙を見せる事なんですか?」


 父上は僕の質問には答えずにこんな事を言ってきた。


「ジェレミー。ジュリアが家を出たのは自らの意志だと思っているか?」


 思いもかけない言葉に僕はすぐには質問の意味が理解出来なかった。


 そんな僕よりも先に言葉を発したのは懐から飛び出したアーサーだった。


「ちょっと待て、アルフレッド! ジュリアは確かに自分で金目の物を持ち出して家を出たんだぞ。だから私が付いて行ったんじゃないか」


 アーサーの言う事も最もだ。しかし、父上の言葉の意味を考えるとそれではまるで母上は誰かに操られていた事になる。


「父上。それでは母上は誰かに操られていたと言う事ですか?」


 父上は相変わらず表情を崩さずに淡々と告げる。


「エレインを尋問した際に口にした事だからどこまで信頼出来る話かはわからないが、ジュリアがランスロットと再会したお茶会の時に催眠剤の入ったお茶を飲ませたそうだ」


 催眠剤ってつまり催眠術をかけた時のような効果が出るような薬って事だろうか? そんな薬を妊婦に飲ませても大丈夫だったのか?


「父上。その薬を飲ませて母上を操ったというのですか?」


「いや、操ったと言うよりは暗示をかけたと言った方がいいかもしれないな。それを飲ませてジュリアが学院時代にランスロットを好きだったと思わせてまた会いたいと思わせるように仕向けたようだ」


 そうやって何度も逢瀬を重ねさせて母上が自ら家を出るように仕向けたらしい。しかし次の父上の言葉に僕はもっと驚愕した。


「だが、そのエレインとランスロットも誰かに指示をされたようだ」


 誰かに指示って、どうしてそんな事がわかるんだろう。


「考えてもみたまえ。エレインもランスロットも生粋の貴族だ。その二人がいくら私やジュリアが好きだとは言え、既に結婚していて、しかも高位の貴族にちょっかいを出すなど、そんな考え無しな行動をすると思うか?」


 そう言われて僕は考え込んだ。僕は前世では庶民だったから、貴族社会の事なんて何もわからない。だけど誰かが不祥事を起こして連帯責任を取らされたという話は良く聞いた事がある。それと同じ事だと考えたら、自分の一族に害が及ぶと判り切っているのに、公爵家に手を出すなんて考えられないだろう。


「それではエレインとランスロットを操っていた誰かがいると言う事ですか?」


 僕が尋ねると父上は軽く頷いた。


「そう考えるのが自然だろう。エレインを尋問したがランスロットの名前しか出さなかった。それでランスロットを捕まえて白状させようと思ったんだが、アンデッドになっていてはもうどうしようも無い。結局誰が黒幕かは判らずじまいだ。だからお前が孤児院の子供を助けようとして動くと、その子供を手駒にされる可能性があるって事だ」


 それを聞いて僕は身震いをした。


 カインを助けるつもりが却ってカインを窮地に追い込んでしまう可能性もある。そしてカインを使って公爵家に何かを仕掛けられる事だってあるのかもしれない。


 すっかり落胆した僕を父上が慰めてくれる。


「それとなく聞いてみてもらう事にしよう。すまないが今はこれしか出来ない」


 淡々とした口調の父上にアーサーが噛みつく。


「全く、それで慰めているつもりか? もうちょっと言い様があるだろうに」


 そんなアーサーの側にスッと現れたのはグィネヴィアだった。


「アーサー。もう少し静かに出来ないの?」


 何となく、グィネヴィアに耳を引っ張られているアーサーの姿が浮かび上がるのは気の所為だろう。


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