第6話 従魔契約

 いきなり剣から人間に姿を変えたアーサーに僕は驚いた。


 銀色の長い髪に真っ白な裾を引きずるような衣装を身に付けている。


 こうして見ると王様って言っても過言じゃないかな。


「この姿になるのも何年振りかな」


 アーサーはそう言いながら僕を見た。


 その両目は輝くような金色をしている。


「それが本当の姿なのか?」


 僕が聞くとアーサーは少し寂しそうな顔をした。


「いや、今の私は剣の姿が本当だよ。ただこうして人間の姿に戻れる事もあるだけさ」


 アーサーは中央の寝床に近付いて行った。そこに眠っているのは大きな獣だった。フカフカの毛並みはアーサーと同じく銀色に輝いている。


 アーサーが近寄った事でその獣が尋常じゃない大きさだとわかった。丸くなって眠っているって事は犬とか猫とかそんな種類の動物かな。


 もっともあの大きさの犬や猫なんて見た事も聞いた事もないけどね。


 アーサーはその獣の背中をバシッと叩いた。


「おい! いい加減に起きろ! 私がいる事はわかっているんだろう?」


 アーサーに叩き起こされた獣は頭を上げると大きな欠伸をした。そのままアーサーの頭にかぶりつきそうな大きな口だ。


「なんだ、アーサー。人が気持ちよく眠っているのに起こすなんて。もう少し寝かせてくれよ」


 そう言う獣の顔をよく見ると真っ赤な目をした犬のよう、いやもしかしたら狼かもしれないな。ってか、喋れるのかよ。


「何を言ってる。もう百年以上も寝ているくせに。さっさと起きて私達を公爵家に連れていけ」 


 アーサーに起こされた獣は立ち上がると大きく伸びをした。やっぱり大きいな。人一人余裕で背中に乗れそうだ。


 獣は寝床から降りるとアーサーに顔を擦り寄せた。


「もうそんなに経つのか。それならあいつはもう居ないんだな」


 少し寂しそうな声を出す獣の頭をアーサーは慰めるようにポンポンと叩いてやっていた。


「仕方がないさ。私達と違って人間の寿命には限りがあるからな。それよりここにいるのがジェレミーだ」


 アーサーが獣に僕を紹介すると、ずいと獣が僕に近付いて来た。


 …で、でかい。


 僕の顔よりも高い位置から見下される。真っ赤な目で見つめられて体がこわばってくる。


「…どことなくあいつに似ているな。もう少し大きくなったらそっくりになりそうだ」


 懐かしそうな目を向けられる。どうやら「あいつ」とは僕の先祖の事のようだ。


「ジェレミー。私に名前を付けろ」


 …えっ、名前?

 

 名前を付けるっていうことは従魔契約を結ぶ事だってよく異世界物の小説にあるけど、僕が付けちゃっていいのかな。


 チラリとアーサーに目をやると頷いてくれたので、意を決して名前を付ける事にした。


 名前かぁ。何がいいかな?


 アーサーは王様の名前だし、この獣は神獣みたいだから神様の名前がいいかな。


 だけど神様の名前って何があったっけ?


 そんな事を考えていると不意にある言葉が口をついて出た。


「…シヴァ…」


 それを聞いた途端、獣は目を丸くして驚いたような顔をして、アーサーは盛大に大笑いをしだした。


 二人の反応に僕は焦った。


「えっ、何? もしかして付けちゃ駄目な名前だった?」


 笑い過ぎて目に涙を浮かべていたアーサーが涙を拭いながら「そうじゃない」と言った。


「こうやって公爵家は何代かに一度、こいつと従魔契約を結ぶんだが、何故か皆こいつにシヴァという名前を付けるんだ。生きている年代が違うから顔を合わせた事も無いのにな」


 そんな不思議な事があるのか。


 ふと口から出ただけなんだけど、僕の中に流れている先祖の血が教えてくれたのだろうか。


「私は構わないさ。またその名前で呼ばれるのは嬉しいものだ。ジェレミー、よろしくな」

 

 そう言ってシヴァは僕の顔をペロリと舐めた。シヴァにしてみればほんのちょっとのつもりなんだろうけど、そのデカさじゃ勢いが半端ない。思わず尻餅をついてしまった。


「おや、済まない。少し小さくなるか」


 その途端、シヴァの体は僕よりも小さくなった。このくらいなら普通の犬くらいの大きさだな。


「シヴァ、よろしく」


 首に抱きついて頬擦りをした。モフモフが気持ちいい。


「ところでアーサー。公爵家に連れていけとはどういう事だ? グィネヴィアは一緒じゃないのか?」


 その名前を聞いてアーサーは寂しそうな顔をした。


「グィネヴィアとは10年会っていない」


「10年だと? お前達がそんなに離れ離れになるなんて初めてじゃないのか? 一体何があったんだ?」


「元はと言えばジェレミーの父親のアルフレッドが悪いんだが、そこにつけ込んだのがランスロットなんだ」


 そう言ってアーサーはこれまでの事を話してくれた。

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