第1話 孤児院

 僕の一日は朝一番の鐘が鳴るのと同時に始まる。

 

 鐘の音と同時に起きて眠い目を擦りながら着替えを済ませ、それから小さい子達の着替えを手伝ってやる。


 そして割り当てられた当番に分かれて、食事の支度、寝床の片付け、水汲み等を行う。


 朝食のメニューはいつも変わらない。固いパンと少しの野菜が入ったスープだ。


 固いパンをスープでふやかすようにして喉の奥に流し込んでいると、先に食べ終えたカインが話しかけてきた。


「ジェレミー。今日は畑の作業だろ。さっさと終わらせて森に行こうぜ」


 カインは去年、8歳の時に10歳の姉のアンと一緒にこの孤児院に預けられた子だ。


 なんでも商人だった父親が仕入先から帰る途中で盗賊に襲われ、積み荷はおろか命まで奪われたそうだ。


 残された店も家も借金の返済で取られ、住む所すら無くなった。


 そこで母親は他所の街で住み込みで働く為にカインとアンをこの孤児院に預ける事にしたそうだ。


 カインとアンが初めて孤児院に連れて来られた時はすぐには馴染めず二人でじっとしていたが、カインが僕と同い年だとわかって徐々に打ち解けていった。


 アンも他の女の子と仲良くなって、今ではカインよりもその子と一緒にいる事が多くなった。


 尤も寝る場所が男女別に分かれているからそうなるのも当然の事だろう。


 預けられて最初の頃は月に一度、面会に来ていたカイン達の母親も最近は滅多に顔を見せなくなった。


 この前、孤児院長と手伝いに来る大人がこっそりとカイン達の母親の話をしていたがその中に「ショウカン」という言葉が出てきた。


 意味が解らなかったけれどヒソヒソと話をしている事からいい話ではないのだろう。


 僕からカイン達に伝えていい事かも解らないまま黙っている。


 朝食が終わると後片付けをして、仕事に行く者と孤児院に残る者に分かれる。


 この孤児院では10歳になると外に働きに出される。尤も孤児を雇ってくれる所なんて限られているけどね。


 僕は生後一ヶ月の時にこの孤児院の前に捨てられていたそうだ。小さな籠に入れられ「ジェレミー」という名前と誕生日が書かれた紙が残されていたらしい。


 僕を捨てた親にどんな事情があったのかはわからないが、名前と誕生日がはっきりしているだけマシな方だろう。


 捨てられた孤児の中には名前も誕生日もわからず、孤児院長によって名前と誕生日を決められる子もいるのだ。


 捨てられた子の中には、何処かの子供が欲しい夫婦に引き取られたりするが、何故か僕には引き取り手が現れなかった。


「普通、生まれたばかりの赤ん坊は直ぐに引き取り手が現れるのに、どうしてジェレミーには誰も来ないのかしら?」


 僕が大人の話を理解出来るようになった頃、そんな話を孤児院長がしていた事がある。


 確かに僕の後に孤児院に来た赤ん坊がいつの間にか居なくなっていた事があった。


 病気で死んだ訳ではないから、何処かに引き取られたんだろう。


 以前は引き取り手が無い事にがっかりしていたが、カインが来てからはそんな事はどうでも良くなった。


 急いで朝食を終わらせると、食べ終わった食器を台所に持って行った。


 今日の当番に食器を渡すとカインと一緒に畑へ向かった。


 今日、収穫できる野菜を取り、雑草を抜いて水遣りをする。


 大事な食料源なので皆で大切に育てている。


 収穫した野菜を台所に届けると今日の作業は終わりだ。


 僕とカインはお昼ごはん用のパンを受け取ると森に向かった。


 孤児院の裏手にある森は木の実や小動物が良く取れた。そして森の中を流れる川では魚が釣れるのだ。


 僕とカインはそれらを取っては昼ご飯の足しにしていた。他の子達もこの森に来ては同じ様に狩りや木の実取りや魚釣りをしていた。


 そのくらい孤児院での食事は貧しいものだった。何故そんなに孤児院での生活が困窮しているのかはわからない。


 孤児院には時々、貴族の慰問があった。


 その時には孤児達は全員、全身を綺麗に洗われ少し小綺麗な服を着せられた。


 そして部屋にひとかたまりにさせられ、貴族の訪問を待つのだ。


 その際、絶対に貴族に近付いてはいけないと教えられていた。


 訪問してくる貴族の中には僕達に優しい目を向けてくる人もいたが、蔑んだような目を向けてくる貴族がほとんどだった。


 あんな目を向けられるくらいなら貴族なんて来なければいいと思っているのに、院長は進んで貴族の訪問を受けていた。


 一度帰り際の貴族から何かを受け取っている所を見たので、多分それが院長の目当てだったのだろう。

 

 そしてもうじき9歳の誕生日を迎える頃、僕は突然高熱を出して寝込んだ。

 

 

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