第7話 円満解決?
「嘘……」
俺がヴァルカン帝国へ行く。
その旨を伝えた時、一番ショックを受けたような顔をしていたのはペトラであった。
「どうしてよ! 貴方ッ、王国騎士団に内定したって……」
「辞退する。俺は……レシュフェルト王国には帰らない」
「────っ!」
ペトラは俺と同じくレシュフェルト王国出身。
俺がヴァルカン帝国に行くということは、つまり彼女とはもう会えないということと同義である。
ペトラは卒業後、王宮魔術師になることが確約されている。
だから、もし俺がこのまま王国騎士団へ入団していれば、彼女とは同じ王城で働くことになり、また頻繁に顔を合わせることができただろう。
でも、もう決めたことだから。
ここで静観していたアンブロスが口を開く。
「気になるんだが、何故帝国に渡ろうとする? 個人的に王国で働くのも帝国で働くのもそう変わらないことだろう」
ど正論。
まさにアンブロスの言う通りだ。
働くのなら、レシュフェルト王国もヴァルカン帝国も双方が大国であり、恵まれた働き口が多くある。どちらにしても、さして変わりはない…………一般的な考えで行けば、な。
アンブロスは更に畳み掛ける。
「帝国に拘る理由が分からない。故郷が嫌になったのか?」
核心をついた言葉だった。
レシュフェルト王国にいても、俺に輝かしい未来なんて永遠に訪れない。
「……まあ、そんなところ」
暫しの沈黙を経て、俺は静かにそう告げた。
アンブロスは、目を見開いたような顔をしたが、やがて真顔に戻り、
「そうか」
それだけ告げつつ、頷いた。
重々しい空気……が続くかと思われたが、残念そうだったのはレシュフェルト王国出身の者たちだけ。
「いいじゃん! アルっちが帝国に来るんだったら大歓迎だよ!」
「ですね。僕的にも、アル先輩が帝国に来てくれるのなら、非常に嬉しく感じます」
「わ、私も……アルディア先輩が来てくれたら……」
ヴァルカン帝国出身のミア、アディ、トレディアは明るい歓迎ムードである。まあ、友人が自国に多ければ多いほど、会える機会も多くなるからな。
それに対抗したように、ペトラは声を荒げる。
「な、ならっ! 私も帝国に行く!」
「え……?」
「んなっ!」
「は?」
レシュフェルト王国出身の俺、スティアーノ、アンブロスは抜けた声を出してしまった。
いやいや、待て。
「ペトラ、何でそんな……王宮魔術師になるのは、昔からの夢って言ってたのに」
「だからよ」
「?」
意味が分からない。
今も王宮魔術師に憧れているのだとしたら、尚更ヴァルカン帝国に行こうという思考にはならないはずだ。
けれども、ペトラは言った。
「だって、アルディアがレシュフェルト王国を嫌がっているということは、少なくとも何か事情がありそうだったから……王宮魔術師になった私はきっと、無我夢中で仕事に取り組むだろうけど、アルディアが帝国に行く理由は一生分からないまま。そんなの嫌だもの」
「そんな理由で……」
「そんな理由よ。でも、もう決めた。今決めた。アルディアが帝国に行くというのなら、私も王宮魔術師になるのを辞退して、帝国に行く」
昔から、ペトラは勘が鋭かった。
俺の言動から何かを感じたのだろうか。真相は定かではないが、彼女自身が夢を捨ててまで俺と来てくれることには心底驚いた。
「はぁ……じゃあ。俺も帝国に行こっかなぁ」
続いてスティアーノもそう告げる。
話したばかりの時には、あんなに迷っていたのになんだか吹っ切れたような面持ちである。
「おい、それでは俺とフレーゲルだけが仲間外れみたいではないか。道中護衛も必要だろう。俺も行く」
ちょっと。
なんでこんな順調に友人が次々と付いてきてくれる展開になっているんだ?
アンブロスまでも帝国に渡ると言い出してしまう。
彼に関しては、出身地がレシュフェルト王国だが、就職先にはそこまで拘っていなかった印象がある。両国の外交関係がピリピリしだした辺りで、こちら側に着くよう勧誘しようと考えてはいたが、嬉しい誤算であった。
「いいのか?」
再度問い直す。
その選択で後悔はないのかと。
俺は後悔したくないから、帝国に行くことを選んだ。しかも、未来で戦争が起こるということを知っている。それを皆んなに伝えていないにも関わらず、三人は帝国へ来てくれるという。
俺の問いに対して、最初に口を開いたのはスティアーノであった。
「んだよ。俺と来てくれって言ってきたのは、アルの方だろ。だったら素直に喜べって、いいのかとか聞かなくていいじゃねぇか」
「スティアーノ……」
「それに、あそこまで必死な顔して俺のことを帝国に呼ぼうとしたんだ。……お前なりに何か考えあってのことだろ?」
お見通しってことか。
戦争が起こるなんて知らないだろうけど、俺が鬼気迫る表情だったのは彼の選択に大きな影響を及ぼしたみたいだ。
「ありがとう。スティアーノ」
「いいってことよ」
次はペトラだ。
「お前もいいのか?」
ペトラは士官学校時代、終始優等生であった。
王宮魔術師になれたのも、日頃から彼女が努力してきたからだ。
こんな形で。
こんな即決で。
決めていい内容ではないはずなのに。
遠慮がちにペトラを見る。
彼女は、
「ちょっと、スティアーノを誘ったってどういうことよ? 私には何もなかったのに」
何故かキレてた。
いやいや、論点が違うだろ。
確かにスティアーノはこの面子で集まる前に勧誘した。したけども、それはスティアーノのことを誘いやすいと考えていたからだ。
ペトラは違うと思っていた。
彼女は王宮魔術師が夢だと常日頃から語っていた。その気持ちが強ければ強いほど、俺と帝国に来てくれる可能性は薄いと……そう考えていたから、今から積極的に話を持ちかけようと思わなかったんだけど。
「ま、待て! ペトラ落ち着け」
「落ち着けるわけないでしょ! スティアーノには一緒に来て欲しくて、私は邪魔ってこと? 腹立つ腹立つっ!」
……えぇ。
思ってた反応と違うんだけど。
今は割と真面目な話をしていたはずなのに。
「もうっ! こうなったら、死んでも帝国に行ってやるんだから!」
ペトラの激情に押されて、それ以上の意思確認は憚られた。
ま、まあ……彼女のことも後々誘おうとは思っていた。
手間が省けたんだから喜ぶべき……だよな?
「スティアーノが良くて、私は誘わなかった理由は後でたーっぷり聞かせてもらうから、ね?」
怖い。あと怖い……。
嬉しい気持ちと背筋を伝う冷や汗。
ミスマッチな感情が渦巻く中で、この場にいる全員がヴァルカン帝国に向かう意志を見せた。
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