第2話 大賢者、わたぐるみになる

「メリス! メリス! 目を覚ましたのね!」

「おお、神よ。我が娘の命を救っていただき感謝します……」


 目を覚ますと、知らないおばさんとおじさんの顔がどアップだった。

 身体が重い。目玉だけをギョロギョロと動かして状況を確認する。


 板張りの壁に天井。寝かされているのはわら敷きのベッドか。

 どうやらどこかの農家の一室らしい。

 邪神封印で力を使い果たしたと思ったが、どうにか一命をとりとめて最寄りの村に担ぎ込まれたといったところか。


 なんか、意識を失う間際に恥ずかしい妄想をしてしまった気がするが、誰にもバレないことだし忘れよう。

 とりあえず、看病してくれているらしいおじさんおばさんにお礼を言わなければ。


「命を助けていただいたこと、感謝いたします。この礼は必ず。私の仲間も近くにいたと思うのですが、彼らも無事でしょうか?」

「な、何を言っているの、メリス?」

「3日も意識がなかったんだ。混乱しているんだろう。あまり急かしてはいけないよ」

「そ、そうよね。メリス、おなかが空いているでしょう? おかゆを作ってあげるからね」

「急に食べると胃が驚いてしまう。水で薄く伸ばすんだよ」

「ええ、わかっているわ」


 なんだこのやり取りは?

 知らないおばさんが部屋から出ていった。

 知らないおじさんと二人きりになる。

 気まずい。何を話したらいいんだ?


「いいかい、メリス。自分の名前が言えるかい?」

「申し遅れました、私はセージと申します。僭越せんえつながら《大賢者》の二つ名で通っております」

「ああ……メリス……」


 知らないおじさんが顔を覆って泣きはじめた。

 なにこれ? どういう状況なの? 俺が悪いの?


「さあ、メリス。おかゆを持ってきたわよ。お塩もたくさん使ったからね、ごちそうよ」

「ありがとうございます。頂戴します」


 知らないおばさんが食器を持って戻ってきた。

 薄く、のりのような麦粥むぎがゆだ。

 塩をたくさん振ったと言うから塩辛いんじゃないかと思ったのだが、かなりの薄味だった。

 病人に気遣った、というだけではないだろう。

 塩も満足に使えない貧しい家庭なのだ。

 おそらく、この家でできる精一杯のもてなしをしてくれているのだ。

 俺は黙って温かい麦粥をすする。


 ……んんー?


 おかゆをすくう木さじがですね、いや、木さじを持つ手がですね、なんだか妙に細っこい。

 ごつごつしてないし、色も白いし、俺の手の感じじゃない。

 袖をまくって腕を確認してみると、やっぱり細いし、びっしり刻んでいたはずの魔術印もなくなっている。


 ど、どゆこと……?


「すまないがご主人、鏡があれば貸してほしいのですが……」

「鏡だな。わかった」

「櫛も持ってきましょうね」


 おじさんとおばさんが鏡を持ってきてくれた。

 おばさんに髪をくしけずられながら鏡を見せられ、俺は言葉を失う。


 そこに映っていたのは、軽くウェーブのかかった金髪に、青色の瞳をした、いかにもか弱い美少女だったからだ。

 やったー! これで夢の美少女転生がかなったぞー!


 って、素直に喜べるかいっ!


 これさあ、状況からしてさあ、死にかけてた女の子の身体を乗っ取っちゃった系でしょ?

 俺、大賢者だからさ、そういうの詳しいんだ。


 食事を済ませた俺は、ベッドに身を横たえ、眠ったふりをした。


「お父さん、どうしよう、メリスがおかしくなっちゃった……」

「母さん、心配するな。きっと一時的なことだよ。いまはメリスが目を覚ましたことを喜ぼう」

「そ、そうよね。元気になれば、元のメリスになるわよね!」

「ああ、もちろんさ」


 隣室に移ったおじさんおばさんの会話が聞こえてくる。

 すっげえ心が痛いんですけど。

 ごめんなさい、おたくの娘さんの肉体を乗っ取っちゃってます。

 マジでわざとじゃないんです、許してください。


 こんなことなら美少女に転生したいなんて言うんじゃなかった……と後悔しつつ、俺は目を閉じたまま深呼吸をする。

 全身の経絡に魔力を巡らせ、魂の輪郭を自覚する。


 そうしてこの身体を探っていくと……おお、あったあった。

 思った通り、俺じゃない魂が奥底に眠っている。

 弱々しく、輪郭を失いかけているが、まだ輪廻の輪に流されてはいない。


 これなら、間に合う。


 俺は「んっ!」と自分の魂に力を込め、経絡に走る魔力を調整する。

 少女の弱った魂に向けて道を伸ばし、力を注いでいく。


 小さく、消えかけていた魂が鼓動しながらだんだんと大きくなってくる。

 よしよし、慎重に慎重に……一気にやると弾けちゃうかもしれないからな……この手の魔法は大賢者セージ様の十八番だぜ。


 だが、問題は器のサイズだ。

 俺の魂が居座っちまっているせいで、少女の魂が元気になると容量を超えてこの身体がぶっ壊れる可能性が高い。

 下手すれば死ぬし、下手をしなくても廃人確定だ。


 どうすっかなあ、これ。

 とりあえず少女の魂が最低限の安定を得たところで、俺は少女の目を開けて部屋の中をギョロギョロと確認する。


 あー、とりあえず、アレか。

 一応、人型の範疇だしなんとかなるだろ……。


 俺はえいやっ、と魂に力を入れると、少女の身体を飛び出した。

 そして目標の人型にずずいっと入り込んでいく。


 わたを固めて作ったらしい、ヒツジの姿の人形に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る