第20話 育った街で、恩返しを込めて・・・

 父親は、息子たちのことを語り始めた。


 聞けば息子二人、太郎は自ら鉄道自殺なんかしよって、まあその、自分から「マグロ」なんかにならんでもええものをと思いましたが、後の祭りですわ。

 あ、この「マグロ」というのは鉄道職員間の隠語で、列車事故による死体のことです。マグロなんか居酒屋で酒でも飲みながら刺身でも、あるいは、寿司屋に行って握りでも食べていればええものを、自分からなってドースンネン。しかも聞けば、よつ葉園さんには散々なご迷惑をおかけしておったというではありませんか。

 10年ほど前のよつ葉園の火事で火をつけたのが太郎であるとお聞きして、もう、何をかいわんや。よつ葉園さんにお詫びするなら、自ら命を絶つのではなくて、社会人として立派にやってすればよいものを・・・。

 本当に、申し訳ない限りです。


 三郎のほうはといえば、不慮の事故で北方饅頭さんにご迷惑をおかけする形で、地獄に行ってからでもよさそうなものですけど、何故か、この世でかまゆでになってしまいまして、こちらも全身大やけどであの世行き。

 何が悲しくて、この世で地獄のゆで窯なんかに入らねばならんのやら。 

 事故ですから、余計に無念や。それも選りにもよって、太郎と同じ日に。

 岡山の警察から連絡があって正直びっくりしましたが、何とかそちらの処置は、親としての務めということで、清美と、何よりよつ葉園さんには御迷惑をかけないうちに、私のほうで処理させていただきました。


 現在私は、大阪で会社を立上げて運営しております。

 主として、紅茶の茶葉と珈琲豆を取扱う会社です。飲食業ではありませんが、職業柄、喫茶店をはじめ大阪近辺の飲食業の方とは、普段からお付合いがございます。

 今先程、陽子さんがおっしゃいましたね、喫茶店は文化を売る場所であると。

 まさに、私の取引先の喫茶店さん各位を見ておりましても、つくづく、同感です。


 それなら、清美を今すぐにでも引取ってやったらどうかと言われそうですけれど、せっかく母と、あ、それから父親の私もそうですが、両親の生れ育った岡山の街でお世話いただき、高校まで行かせていただいているというお話でありますれば、少なくとも、高校卒業まではぜひ、皆さんのお世話になった方が・・・。

 いえいえ、お世話になっている皆様方に恩返しするという意味でも、高校卒業まであと2年ですね。できればもう少しお時間戴きたいところではありますけどね。

 その間どうか、下山さんや本田さん、大宮君、それによつ葉園の先生方の目の届くところで、どうか娘を鍛えてやっていただけませんでしょうか。

 これまでほったらかしにしておいた親が言うのも難ですが、どうか皆さん、清美をよろしくお願いいたします。


 二人の大学生に話していたはずであるが、その周りには、すでに居合わせた人たちがすべてその中年男性へと意識を向けている。


 最年長の森川一郎園長が、少し間をおいて、静かに思うところを述べ始めた。

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