第11話 木綿のハンカチーフと、真っ赤なスカーフ

 少し落ち着いたところを見計らい、森川園長は、テーブル向こうの少女のもとに来た。少女の目の前に陣取った老園長は、自らの思うところを述べはじめた。


 清美よ・・・。

 今日はこの後よつ葉園で話をと思ってはおったが、せっかくなので、こちらで話をさせてもらうことにした。哲郎ともども押しかけてきて、さらには陽子さんまで巻き込んでのオオゴトになってもうたが、あんたのためじゃ、そこは許しておくれ。

 でじゃ、今の仕事やめて、それで、この本田さんの喫茶店でお世話になったとしよう。確かに、ただ辞めてゼニにならんとか言うことにはならん。

 ゼニならむしろ、こちらにお世話になった方が、稼げような。

 じゃが、陽子さんやここのマスターのお話を聞いてみれば、この店は、朝や昼間だけじゃなく、夕方以降も忙しいと。あのウエイトレス募集の紙の真意は、昼間じゃなしにむしろ、夕方以降に人が欲しいということじゃ。

 まあ、朝や昼に、あんたが毎日おってくれれば、それはそれでこの窓ガラスさんも大いに助かろう。夜くらい、あんたを学校に行かせてやることだってできんこともないかもしれん。じゃが、その肝心の夜のほうで困っておいでのところに、朝や昼の人出が入っても、ありがたみは、窓ガラスさんにはさほどないとも思えるが、のう。


 さて、翻ってあんたじゃ。

 この前、上の兄の太郎が鉄道事故で死んだよな。それに加えてその前夜の事故で、下の兄の三郎も、勤め先の北方饅頭さんの工場で眠気のあまりか、大鍋に入り込んでゆでられてしまった結果、全身大やけどで死んでもうて。

 そんなことが立て続けどころか一気に起った直後だけに、何とかこの環境を脱出したいという思いがつきあがって、ちょうどその折に、この店のあの募集の紙を見て、たまらずここに、下川さんに黙ったまま応募してきておるわな。

 いくら冷静にしようとしても、それが無理な状況に陥ってしまっておるのは、わしには手に取るようにわかる。わしも、もう少しあんたに寄り添って何とかしてやれればよいのじゃが、なかなか、それも出来ておらん。

 それは、悪かった。じゃが、ここでこそ、清美には、冷静になって欲しい。

 実は、今日わしがあえてこちらに伺ったのは、あんたに、渡したいものがあるからというのもある。誰からかは、もう、ええじゃろう。太郎からじゃ。

 あの子は、実はあの事件の前日、よつ葉園のわしのところに来て、あんたにぜひ渡してくれと言付けて帰ったが、そのことづけものが、この二つじゃ。


 森川氏は、木綿製のハンカチと真っ赤なスカーフを、風呂敷から取出した。

 それには、兄からの手紙も添えられていた。

 彼女は、兄からの手紙を読み、黙って、下を向いたまま、ハンカチとスカーフを見ていた。そして、手持ちのハンカチを取り出し、自らの顔を押さえた。


・・・ ・・・ ・・・・・・・


ジリリリリン ジリリリリン

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