第4話 目先の金に釣られて、大学をやめるか?

「ところで哲郎、この窓ガラスという喫茶店はどういうところか、あの子は、どこまで知っておるのじゃろうか? まさかとは思うが、単にお洒落でお客もええ人らばかりで、何の苦労もなく、旨い飯もまかないで出てくるし、かわいらしい服で接客のできる店というか、そんな程度の認識しかないとしたら、大問題じゃのう」

 老園長の懸念を哲郎青年は受止め、その上で自らの見解を述べる。

「そこまであの子がおめでたいというか、そんな程度の了見で応募してきているとは思わないが、しかし、太郎君と三郎が同じ日にあんな事件で死んでしまってこの方、ちょっとあの子、情緒が不安定になっている要素が、ぼくの目からも見て取れる。それで、本田さんに尋ねたいのだけど、この店、夕方以降も営業しているよね」


「ええ。うちで募集したいのは、昼もそうだけど、どちらかというと、夜なのよね。夕方の時間帯。御存知の通り、うちは大学生や大学の関係者のお客さんも多くて、結構忙しいのよ。私だって、忙しい時には手伝っているくらいだから。本音を言うと、朝とか昼はそんなに手伝いがなくても、何とかなるところなの・・・」

「ところで、あの子は今、定時制高校に通っているよね。あの市立商業高校は、夕方から授業があるはずだ。そうなるとどう、ここで仕事に入ったら、学校に行けなくなるリスクがあると思うのだけどな・・・」

「そう。大宮君の御指摘の通り。せっかく本屋さんで仕事させてもらいながら高校に通っているわけでしょ。それも、森川先生のアドバイスを受けて。そうであれば、ここでやめたら、森川先生にも申し訳ない気がするけど、気のせい、でしょうか?」

 老紳士は、大学生の男女らの話を黙って聞いていたが、話を振られたとみて、重い口を開いた。

「わしに失礼とか、陽子さん、そんなことは、ええ。あの子が幸せになるためであれば、別に、高校をやめようが本屋をやめようが、この店で働いていずれは自分の喫茶店を出してしっかり生きていけるなら、それもよし、じゃ。ただ、なあ・・・」


「ただ?」

 大学生の男女は、ほぼ同時に、老紳士に問い返した。


「ただ、何かあるって?」

 少し遅れて返した大宮青年の言葉が途切れ、沈黙が幾分間に入ったのを待ち、森川園長は、思うところをさらに述べ始めた。


「なあ、陽子さんに哲郎、少し君らも考えてみてくれんかな。せっかく入ったO大学をじゃ、君らぁ、ちょっと目先の金目のええ仕事があるから言うて、やめようと思うか?」


 大学生男女は、異口同音に即答する。

「いえ、思いません」

「いや、思わないね」


 二人の返答を聞き、老紳士は、さらに続けた。

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