第5話 彼と別れた

 はっきりと視線を感じました。


 見られている?

 誰でしょう?

 雑踏の中から、こちらを窺うように私を見ているようですが……。


(ジュラメントさんよね? どういうことでしょうか?)


 雑踏に消えたはずのジュラメントさんから、視線を感じます。

 彼は聞き込みを続けていて、私に背を向けているのですがおかしいですね?

 こちらに意識を向けられるとは思えません。


 まさか、同業者の方なんでしょうか?


「プレガーレさん。お待たせして、すみません」

「いいえ」


 何事も無かったようにジュラメントさんは戻ってきました。

 にこやかな表情で実に人好きのする笑顔です。


 気のせいだったのでしょうか?

 おかしいです。


「あの……ジュラメントさん」

「どうしました?」


 ジュラメントさんが怪訝な顔をしました。

 紳士的で表情を崩すことのなかった彼が、初めて見せてくれた人間らしい表情かもしれません。

 こういう表情も出来る方なんですね。


「見てませんでした?」

「え? ああ。いえ……はあ」


 ふぅ~ん。

 そういう反応なんですか?

 予想していた反応と違ったので拍子抜けしましたが、安心しました。


 探るような視線を向けられた気がしたから、てっきり、なのかと思ったんだけど……。

 やはり、考えすぎだったようです。


「その……プレガーレさんがあまりにも魅力的な女性なのでつい。すみませんでした」

「ふぁ、ふぁい」


 思わず声が上ずってしまいました。

 美男子が申し訳なさそうな顔をしただけでこんなにも破壊力があるとは知らなかったんです。


 同じことを言っても普通だったら、『どこ見てるのよ!』と怒られる内容なのに何となく、許せてしまう……。

 これがいわゆる仔犬系男子の魔力でしょうか。

 恐ろしいです!


「それで聞き込みで分かったのですが……」


 そこからの彼は情熱的な訳でもなく、ただ淡々と事務的に聞き込みで判明した事実を告げてくれます。

 分かっています。

 お仕事だということくらい。

 どこか熱にうなされたように頭がホワホワとしている私が変なんです。


 真面目な人なんでしょうか?

 まともに考えられたのはそれくらいですが、報告内容はしっかりと頭に入っています。


 『感情や心の動きに左右されているようでは夜の暗闇を生きてはいけない』


 師であり、育ての親から耳が痛くなるほど聞いた言葉です。


「パラティーノにはもういない可能性の方が高いでしょう。件の二人と思われる人物が泊まった宿もあたりをつけましたが、既にチェックアウトしていました」

「どうしましょう。見つからなかったという報告だけで大丈夫でしょうか?」

「見つけることは叶いませんでしたが、目撃情報からの詳細な報告書は作れますよ。僕に任せてくれませんか? こう見えて、そこそこ上に顔が利くんですよ」

「は、はいぃ」


 いけない……。

 つい頷いてしまいました。

 顔が整っていると軽く、ウインクをしただけであんなにもチャーミングに見えるものなの?


 これは私の男性に対する耐性が低いせいでしょうか。

 苦手意識が先行するから、その網をかいくぐってきたジュラメントさんに対して、過剰な反応をしているだけです。

 きっとそうに違いありません。


 分かってしまえば、心を平静に保つことなど造作もない。

 彼の横顔を見ても特に何も感じたりは……しないとは言い切れません。

 やはり、過ぎたる二枚目は目に毒なのかもしれません。




 そんなことを考えているうちに今日一日が終わっていました。

 『今日はお疲れ様でした』という淡々とした言葉を告げて、ジュラメントさんと別れ、ギルドへの報告を終えます。


 そして、定時に出るのもいつも通りです。

 何も変わりはしない日常の一コマが終わったに過ぎません。


 夕焼けの光に照らし出された黄昏時たそがれどきの街並みはいつ見ても美しい。

 一人で見ていてもいささか、味気ないものだと今更のように気付きました。


「考えるだけ、無駄よね」


 誰も待っていない場所自宅に戻る。

 ただ、それだけなのにこんなにも足取りを重く感じるなんて。

 こんなこと、初めてです。


 一体、どうしちゃったんでしょう、私。

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