第6話



 わたしが会場入りして最初に周囲に集まってきたのは、子爵家から男爵家の若い貴族子息です。

 ほとんどが既婚者だから。奥方様を横に連れ添ってのご挨拶。


「ごきげんようグレース」

「久しぶりだね、グレース」

「子爵家の特産品、順調そうじゃないか」

「ラッセルズ商会で、最新のグレースが手掛けたホーンラビットファーのレティキュール、思わず買ったわ」

「あれ、可愛くて素敵よね、わたしも持ってる!」


「皆様、お久しぶり」


 前世のわたしなら、どんないじめにあうのやらと、ビビりまくっていたけど、今世では違う。

 彼等の瞳はそこはかとなく熱っぽく、好意を感じられるような……。

 気のせいか。横に麗しい奥方様を侍らしてるし。


 学園に入学した時、わたし自身に好感を持たれ、それに卒なく対応することに、なかなか時間がかかった。

 なんせ非モテで人生を終わらせたわたしである。

 いきなりモテ期‼ キタコレ! な状態になって浮足立った。

 勘違いも甚だしいとはこのことだ。

 半分は社交辞令だとお姉様二人にこんこんと説教された。

 自分を安売りするなと。

 顔の美醜で寄ってくる男は多いが、お前の中身をいいと思ってくれる男を見極めろと。

 特に二番目の姉なんかは。


「人間なんて皮一枚差、年をとればみんなしわくちゃ、それでもお前の傍にいてくれる人間を探せ」


 その言葉は、わたしの浮かれた感情にぱしゃんと冷水を浴びせるに十分なものだった。

 かつて前世で、負け惜しみで何度か呟いた言葉だ。

 それを忘れて浮かれるとは、転生チートも何もないのに図に乗っていたと反省した。


「あと、男をほいほいさせたら怖いんだぞ、下手したらやり捨てだってあるぞ! ただでさえおまえ子爵家当主代行なんてしてるんだから! ハニートラップにも気を付けろ! ジェシカを路頭に迷わせる気はないよね」


 その言葉に、はっとした。

 わたしがしっかりしないと、姉妹が生まれ育った領地やタウンハウスを手放してしまう可能性だってあるってことに気が付いた。

 それ以降、私自身、姉達や妹を、子爵家を守るためにふわふわした感情をうまく制御するように努めた。

 そこでほんとによかったのは、この、クールビューティー系の顔だ。

 妹みたいに愛され系がつんけんしてたら印象悪いだろうけど、この顔面で無表情は結構効果がある。


 だから今、この夜会で、彼等が向ける熱っぽい視線の中には、ウィルコックス子爵家をいいように扱いたい者だっているに違いないので、冷静に対応する。

 爵位継承にお世話になった同窓の男爵家次男坊、姉の嫁ぎ先である商会と顔を繋ぎたい子爵家長男、王都魔導アカデミーに口利きしたこともある子爵家の若いご当主。いずれも学生の時の同窓生達だ。また彼らに付くお友達。

 女性も男爵家に嫁入りした同窓生やら、同じ子爵家に嫁いだ子やらと、わさわさとわたしに集まってくる。

 あんまり学生時代親しくはなかった子も半分ぐらいはいるね。

 三年前――わたしの社交デビューの時に、同窓生の令嬢達からは「グレースが一番早く結婚しそう!」と囁かれたわ。


 そんな周囲の予想を裏切って、現在独身の女子爵ですけれど!


 当時、婚約者もいたし、クールビューティーなこの顔面がそう言わせたと思う。

 一緒に社交デビューした令嬢たちの多くはすでに、子爵夫人、男爵夫人に収まっている。中には、結婚間近で婚約者を伴って今回の夜会に出席している者もいる。



 わたしは後ろにいるジェシカとパーシバルに視線を向ける。

 驚いてる様子だけど……。

 社交なんてしてなさそうなわたしが、一気に囲まれていればそれは驚くよね。

 でもこれ、半分以上はお知り合い程度で決して仲良しお友達じゃないのよ。

 女子爵の名前に寄ってきてるだけだから。

 そういうもんなの。

 パーシバルはわかっているよね?

 話の流れがキリのいいところで、わたしは言う。


「紹介させていただいても? わたしの妹、ジェシカ・ウィルコックスです」


 カーテシーをしてみせるジェシカをみんな好意的に見てくれた。


「可愛い~!」

「美人姉妹だなあウィルコックス家」

「是非、ファーストダンスを――」


 そう言って、ファーストダンスを願い出る男性陣も出てくるが、わたしは扇を畳む。

 その音を聞いて、ジェシカをダンスに誘おうとした令息達はぴしりと背筋をただす。

 まるでガヴァネスに注意を受けた就学前の子供みたいに。


「妹のジェシカは年内にこちらのパーシバル・メイフィールドと結婚することになっているの。初々しいカップルのファーストダンスを見たいためにこの夜会に出席したのよ」


 あくまでも妹の付添人に徹しているという雰囲気を醸し出した。

 パーシバルとジェシカが照れながら見つめ合っていると、皆、年上の余裕を見せたいのか、ジェシカとパーシバルをフロアへと送り出そうと、ダンスの曲を合図に、わたし達を取り囲んでいた人達も散開していく。

 この機にわたし達も移動していく。


「お姉様……すごい」

「グレース義姉上は、この規模の夜会に出るのは三年ぶりとか仰っていたけれど……」


「ええそうよ。あれは女子爵という珍獣を間近で見たいのがほとんど。その証拠に、わたしにダンスをと言い出す男性がいなかったでしょ?」


 そういうことよ!

 わかってるわよ! 

 モテませんよ! 

 こんなに美人に生まれ変わったけど、モテませんよ!(大事なことなので二度言うわ!)

 そんなわたしの後ろでジェシカとパーシバルは顔を見合わせて、アイコンタクトを交わしていた。

 何よ、二人して。

 すでに夫婦かキミ達は。

 そのアイコンタクトでの会話は。


「とりあえず、デビュタントとして踊ってきたら? わたしは、パーシバルのお兄様にご挨拶してくるから。あと、終わったらなるべく壁の方にね。わたしはシャペロンだからそこにいるから。この機にパーシバルが次期子爵家当主ってことを知らせたいの。ウィルコックス家の領地事業と関連する方にご挨拶を済ませるつもりだから」


 珍獣を見る視線が鬱陶しいなと思いながら、わたしはパーシバルの兄であるエドワード・メイフィールド氏の方へ歩き出した。


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