第3話 祈りの記

 そんな日常に変化があったのは、ワタクシが修道院にやってきて一年が経過した頃です。


 その日もまた、シスターは聖堂で昼のミサをしていました。聖書を開き、その一節を読みながら、台座に置かれた聖母マリア像と十字架の前で祈りを捧げています。


 その間、ワタクシは聖堂の片隅で待っていましたが、シスターが突然胸を押さえてふらつき、倒れようとしたのです。


 ワタクシはすぐに駆け寄り、彼女の身体を受け止めました。


「大丈夫ですか、シスター」


 彼女の顔色は青ざめていました。すぐに持っていた薬を飲ませ、なんとか暴れる心臓を落ち着かせました。


「心配ありません。さぁ、祈りの続きをしないと……」


 ワタクシに抱えられたまま、シスターは気丈に微笑みました。


「無理をなさらないでください。当機でよければ、シスターの代わりに祈ります」


 まったく、我ながらずいぶん浅はかな提案をしてしまったものです。機械が人間の代わりに神へ祈るなんて。ワタクシはつい、畑仕事や屋根修理といった、シスターには負担の大きい作業の代行のつもりで言ってしまったのです。


 シスターはしばらく呆気に取られていましたが、やがてクツクツと笑いだしました。


「あなたがお祈りを? ロボットさん、あなたは主の存在を感じたことがあるの?」


「ありません。というより認識ができません。ですがシスター、あなたがこれほど毎日、神のために生活をしているというのなら、きっとどこかにいるのだろうと推測します。存在しないもののために、体力の限界のある人間がこれほど一生懸命になれるとは考えにくいからです」


 ワタクシは自らの率直な考えを伝えました。シスターは少し思案してから、こう言ってくださいました。


「では、一緒に祈りましょう。そこの聖書を開きなさい。エレミア書の第三一章を……」


 ワタクシは落ちていた聖書を拾い、シスターを抱えたまま読みました。


「『見よ、わたしがイスラエルの家、ユダの家と新しい契約を結ぶ日が来る』……」


 シスターが目を閉じ、手を組みました。ワタクシも見様見真似でカメラアイをダウンさせ、ブラックアウトしながら手を組みます。ただ何も見えないだけのワタクシと違い、シスターには何が見えているのだろうかと、考えを巡らせながら。


 以来、ワタクシはシスターと二人で祈りを捧げるようになりました。彼女の言う主の存在は依然、確認できないままでしたが。それでもシスターは共に祈る仲間ができたと喜んでくださいました。


 そして彼女はワタクシに神学を学ばせ、連れ去られた姉妹の残した十字架のネックレスを与えてくださったのです。今でもワタクシは、そのネックレスを肌身離さず身に着けております。


 この頃のメモリーを再生すると、とかくシスターの微笑の映像をピックアップしてしまいます。シスターに安らかでいて欲しい。フランケンシュタインの怪物のように醜く、生きているとも死んでいるとも言い難い存在のワタクシではありましたが、そんなささやかな目的のために、日々稼働していたのです。



 しかし、そんな幸福な日々も突然、終幕を降ろされることになったのです。それはワタクシにとって、黙示録の到来のようでした。

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