第5話 桜流し


 僕以外にもこの閉鎖病棟では、同じように最底辺で足掻いている子供たちがたくさんいた。


 必死になって明日を迎えようと粉骨砕身、その倦怠感の鬼と闘っていた。



「ふーん。そうか。通信制高校ってどんなところ?」


「レポート課題が基本で合格ラインを達すると単位がもらえます。科目ごとに定期テストに当たる科目最終試験があり、六十点以上で合格です。それで、七十二単位まで修得すれば、無事卒業できます」


 棒読みの説明文。


 抑揚も感情もない、平べったい、人生の傍題の実力テストを放擲した、のっぺりした台詞。



「意外と面倒なんだな。俺ならすぐにリタイアしそうだ」


 褒めているのか、貶しているのか、詳細に分析しこねる感想を彼は述べた。



「君、その本、何?」


 僕は袂にあった『言の葉の露』を紹介した。



「この本は古語を紹介した本なんです。このページにはほら、桜の章が」


 指差した章の項には桜雨、という今の僕の青く湿った心情を託した古語に見惚れた。



「桜雨か。ロマンチックな名前だな。桜流しも同じ意味?」


「そうです。桜流しとは桜の花びらを散らすような、激しい春の驟雨のことで、元々は大隅半島の方言だったそうです。なかなか、歳時記にも載っていない古語らしいですが、最近では宇多田ヒカルさんの『桜流し』で一躍有名になりましたね」



「博学なんだな。君」


 今度のこれはちゃんと褒めてくれたのだ、と僕は理解した。


 言葉の万華鏡を僕の心の星空にプロジェクトマッピングのように映そうと僕はやる気になっている。



「俺も桜流しの歌は好きだよ。よく眠れない夜に聴くんだ。エバンゲリオンも好きだし、この歌も天才的だと思えるくらい、好きかな」


「僕も好きなんです。桜流し」


 

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