その4「心機一転とスライム」



「味方じゃなくて敵を?」



 ニトロが意外そうに言った。



「はい」



 ヨークは頷いた。



「それは……変わっているね」



「そうですね」



 ヨークは苦笑いを浮かべてみせた。



 ヨークから見て、ニトロは世慣れているように見える。



 そんなニトロにすら、『敵強化』などは、耳に覚えがないようだ。



 どれだけ奇妙なスキルなのかと思ってしまう。



 とは言っても、ヨークはそこまで気に病んでいるわけでも無かった。



 『敵強化』に、可能性を見出だせた。



 底の時期は抜けた。



 そう感じていた。



「村の連中には笑われました。


 何の役に立つんだって。


 けど、今日、


 このスキルの価値が分かったんです」



「価値。それって……。


 EXPの増加かな?」



 ニトロは、初対面のヨークのスキルについて、ぴたりと言い当ててみせた。



「凄いな。良く分かりましたね。


 俺は何ヶ月も分からなかったのに……」



「強い敵ほど、


 多くEXPを落とす。


 迷宮に潜る者の間では、


 常識だよ」



「神殿騎士も、


 迷宮に潜るんですか?」



「うん。


 レベルを上げるには、


 迷宮が1番だからね」



「そうですか。


 EXPのことは常識……なんですね」



「うん」



「村に居ると……何も分からないもんですね」



「かもしれない」



「村を出たいです」



 ヨークはニトロに対し、素直な気持ちを口にした。



「ハインス村は悪い所じゃない。


 だけど……。


 俺はもっと、広い世界が知りたい」



「出れば良いさ。君が望むなら」



「あの……。


 ニトロさんは、


 強い神殿騎士なんですよね?」



「それなりにね。


 神殿騎士でも、


 上の方だとは思うよ。


 それに、


 一人前の神殿騎士と認められるには、


 厳しい訓練を


 乗り越える必要が有る。


 神殿騎士の平均レベルは、


 王都の中級冒険者よりも上だ。


 弱い神殿騎士なんて居ないよ」



「そうなんですね。


 それで……。


 不躾なお願いなんですが、


 俺のレベル上げを、


 手伝ってくれませんか?


 俺のスキルが有って、


 強い人に手伝ってもらえたら、


 あっという間に……」



「……ごめん。それは出来ない」



 ヨークの頼みを、ニトロは真剣な顔で断った。



「そうですか……。図々しかったですね」



「君を強くするということは、


 君の強さに、


 私が責任を持つということだ。


 君が誰かを傷つけた時、


 その責めを私が負うということだ。


 そうするだけの信頼を、


 初対面の君に対して


 抱くことは出来ない」



「そういう……ものですか。


 世の中は」



「世の中はね」



「村に居ると分かりません」



「そう」



「1人でも……頑張ってみようと思います」



「村の人たちは?」



「あいつらは、俺を笑ったから。


 べつに、今思えばたいしたことじゃ無いし、


 もうそこまで恨んじゃいないけど、


 見返したいって気持ちも有ります。


 だから、自分の力で強くなりたいと思います」



「そうか。


 私は……もう行かなくては」



「はい。お元気で」



「うん。君も、元気で」



「いつか、この恩は返します」



「別に良いよ。それじゃ」



 ニトロはヨークに背を向けて、去っていった。



 ニトロが脚を向けたのは、王都が有る北東では無かった。



 彼が脚を向けた方角に、何か有っただろうか。



 ヨークには分からなかった。



 ヨークは恩人の姿が見えなくなるまで、じっと見守った。



 ニトロの姿が消えて少しすると、ヨークは拳を握りしめた。



「…………。


 強くなる。


 強く……なるぞ……!」



 ヨークはそう決めた。



 明確な目標と、手段が出来た。



 薄暗い気持ちは、すっかり無くなっていた。



 心が熱く燃えていた。




 ……。




 2日後。



 バジルたちが、王都に戻る日が来た。



 ヨークは普通に、バジルたちの見送りに参加した。



 バジルに打ちのめされた気持ちのままなら、そうはできなかったかもしれない。



 だが、今のヨークには、心に余裕が有った。



 バジルは、見送りの輪の中に、ヨークが居ることに気付いた。



「……分かったかよ」



 バジルがヨークに言った。



「何がだ?」



 ヨークは問い返した。



「お前の実力じゃあ、王都じゃ通用しないってことだ」



「かもな」



(今のところは)



「…………。


 分かりゃあ良いンだよ。


 分かりゃあ」



「元気でね。ヨーク」



 バニがヨークに声をかけた。



「ああ」



 ヨークはさっぱりとした顔で答えた。



「そんなに落ち込んでないみたいで良かった」



「べつに。


 ……目が覚めたのさ」



「……そう」



 ヨークの言葉を聞いて、バニはどう思ったのか。



 少し寂しそうな顔をしてみせた。



 だがすぐに、いつもの笑顔を作って言った。



「行ってきます」



「ああ。行ってらっしゃい」



 ヨークは微笑んで、見送りの言葉を口にした。



 村の皆に見送られ、バジルたちは村から旅立っていった。



「じゃあな」



 いつか追いつくべき背中を、ヨークは背筋を伸ばして見送った。




 ……。




 バジルたちが去り、ヨークの日常が戻ってきた。



 ヨークは、自警団の仲間たちと共に、魔獣を狩りに出かけた。



 遠出をして、自警団は、赤狼の群れを発見した。



 それなりの規模の群れだったが、個々の戦力は自警団の方が上だ。



 リーダーのドンツが、群れに挑むことを決めた。



「行くぜ!」



 ドンツが号令をかけた。



 リーダーの声を受けて、自警団は臨戦態勢に入った。



「ぐわううっ!」



 赤狼が吠えた。



 群れの内の1体が、ヨークに向かって駆けた。



 自警団の面々は分散し、それぞれが別の狼に向かっている。



 ヨークに向かう狼が、仲間たちの死角に入った。




_______________



赤狼 レベル1 EXP 2


_______________





(『敵強化』『戦力評価』)



 ヨークは心中で、スキル名を唱えた。



 赤狼の体が光った。



 自警団の仲間たちは、その光に気付かなかった。




_______________



赤狼 レベル4 EXP 34


_______________






「ふっ! はあっ!」



 ヨークは2回剣を振り、強化した赤狼を倒した。



 レベル4の赤狼といえば、先日殺されかけた相手だ。



 だが、ヨークのレベルも5に上がっている。



 精神的な揺らぎが無ければ、十分に倒せる相手だった。



 ヨークはさらに2体の魔獣を、同様に倒した。



 仲間たちも、個々に赤狼を撃破し、魔獣の群れは全滅した。



「あれ……?」



 ドンツが首を傾げた。



「どうしました?」



 ヨークがドンツに尋ねた。



「レベルが上がった。


 なんか……早かったな?」



「それは……良かったですね」



「おう。そうだな」



「…………」



(近くの仲間に、


 EXPを吸われてるのか)



 スキルを使ったヨークは、ドンツのレベルが上がった理由に気がついた。



(……皆と居たからって、


 強敵を狩れるわけでも無い。


 自警団の仲間を、


 あんまり危ないことに


 巻き込むわけにもいかないし……。


 『敵強化』の価値を、


 簡単にバラしたくも無いしな。


 出来ればレベル上げは、


 1人でやるのが好ましい。


 けど、1人で戦って、負傷でもしたら……)



 ヨークは、自分が死にかけた時のことを思い出した。



 あの時生き残れたのは、偶然にニトロが通りかかったからだ。



 1人なら死んでいた。



(リスクを払うのは良い。


 けど、無駄死には駄目だ。


 何か無いのか?


 十分な勝ちの目が有るやり方が。


 ……俺は何も知らない。


 もっと俺に知識が有れば……)



 ニトロの話を聞いた限りでは、都会の人間は、色々なことを知っている様子だった。



 ヨークはそれを、羨ましいと思った。



「なあ、今日は宴会にしようぜ」



 ドンツはヨークの悩みになど気付かず、いつもの明るさで言った。



「またですか」



「俺のレベルが上がった祝いだ。


 良いだろ? な?」



「はいはい」



 ドンツの言葉通り、夜には宴会が開かれた。



 ヨークは自警団のメンバーと共に、酒盃を傾けた。



 ヨークは宴会の雰囲気は嫌いでは無い。



 だが今のヨークは、心の底からそれを楽しむことはできなかった。



(こんなことしてて良いんだろうか……。


 早く王都に行きたい。


 けど、バジルに舐められるようなレベルじゃ駄目だ。


 最低でも30。


 半年以内に、30までレベルを上げる。


 リスクを抑えた『敵強化』でも


 行けるかもしれないが……。


 少しでも早い方が良い。


 少しでも早く、強くなりたい)



 先に進むためのヒントが見えたことで、ヨークには、逆に焦りが生じはじめていた。



 ヨークの中で、向上心がから回っていた。



 ヨークが自分の世界に閉じこもっていた、そのとき……。





「うわあああっ!」





 突然に、叫び声が聞こえた。



 何かが起きたらしいが、ヨークには見当がつかなかった。



「…………?」



 ヨークは事態を把握しようと、声の方を見た。



 すると村の誰かが、大声で呼びかけるのが聞こえてきた。



「ラージスライムが出たぞっ!」



「ラージ……?」



 魔獣退治は、自警団の仕事だ。



 ヨークは声がした方に向かった。



 ドンツもついてきたが、他の自警団員は、なぜか動かなかった。



 少し歩くと、ヨークは騒ぎの原因を発見した。



 そこには、高さ2メートルを超える、スライムの姿があった。



 ヨークには、スライムとの戦闘経験が無かった。



 スライムは動きが遅く、暗所に引きこもる癖が有る。



 村の南西の森から、滅多に出てこない。



 比較的安全な魔獣だと考えられていた。



 それに、森に攻め込むと、奇襲を受ける危険性が有る。



 そのこともあって、スライムはなかば放置される存在だった。




(あれがラージ……。


 でかいな……)



 2メートルを超えるスライムなど、ヨークは初めて見た。



(『戦力評価』)



 好奇心から、ヨークはスキルを発動した。




__________________________



グリーンラージスライム レベル6 EXP 132


__________________________




(レベル6……!)



 スライムのレベルは、今までヨークが見た魔獣の中で、最も高かった。



 危険な相手だ。



 ヨークはそう感じ、腰の剣に手を伸ばした。



「待て」



 剣を抜こうとしたヨークを、ドンツが止めた。



「ドンツさん?」



 戦意を削がれたヨークは、ドンツに疑問の目を向けた。



「剣でやりあう相手じゃねえ。


 今日はヨボ爺さんに任せとけ」



「え……」



 普段の狩りには加わらない老人が、スライムの前に立った。



「…………」



 老人はスライムに向けて、魔術の杖を構えた。



「赤破!」



 ヨボは呪文を唱えた。



 爆炎が上がった。



 スライムは、一瞬で粉々になった。



 後には魔石だけが残された。



「一撃で……」



 ヨークは驚きの声を漏らした。



「驚いたか?」



 ドンツが言った。



「ヨボ爺さんが、


 あんなに強かったなんて……」



「まあ、レベルも9は有るけどよ。


 グリーンスライムは


 炎が『弱点』なんだ。


 闇雲に立ち向かうんじゃなくて、


 弱点を突くと上手く倒せる。


 ……覚えとけよ」



「……はい」



 ヨークは素直に頷いた。



 そしてまた、自分の世界に入り込んでいった。



(弱点……。


 俺にも同じことが出来たら……。


 俺よりレベルが高い魔獣も


 倒せるんじゃないのか?)



 光明が見えた気がした。



 その夜、ヨークは眠れなかった。



 翌朝、ヨークは自宅の廊下、つまり小神殿で、アネスに声をかけた。



「アネスさん」



「何? ヨーくん」



「クラスについて知りたいんだけど、


 詳しいかなって」



「一応神官だから、


 普通の人よりは詳しいと思うけど。


 いったい何が知りたいの?」



「俺……。


 魔術が使えるようになりたいんだ」





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