第29話、本屋さん

 バーガーショップを離れた俺達はショッピングモール内にある大きな本屋を訪れていた。


 そこに来てすぐに足を運んだのはラノベがずらりと並ぶコーナーである。可愛いにかっこいい、個性的な表紙絵が目に飛び込んできて、それがまた購買意欲を刺激してくれる。


 俺とソフィアが読むラノベのジャンルは似通っていて、ファンタジーやラブコメなどがほとんどだ。異世界転生ものにチートなスキルで無双するハイファンタジー、高校生の甘酸っぱい青春ラブコメや幼馴染との恋愛模様を描いた作品などなど、俺とソフィアが好む作品の傾向は本当によく似ている。


 そんな趣味の合う俺達は本棚の前に立ちながら、好みの作品を物色していった。


『日本はすごいわ! ラノベがいーっぱいある!』

『ソフィーは翻訳版のラノベを良く読むんだっけ。イギリスの方の本屋にはこんな感じで並んでないのか?』


『そうね、向こうじゃ翻訳されていると言っても日本のラノベを置いてあっても数は少ないわ。マンガなら翻訳版がたくさん並んでいるからお店で買って読んでいたけれど。ラノベの方は通販で買う事が多いわね』

『なるほどな。そしたらラノベ好きのソフィーにとってここは楽園みたいなもんか』


『ほんとそれよ。ここは天国だわ、素敵な作品がいっぱいあって夢みたい。でも残念だけどわたしって日本語はまだ読めないのよね……』

『こうやって日本で生活してたらいずれ読めるようになるさ。そしたらいっぱい買って、たくさんのラノベを読み漁ろう』

『その時が待ち遠しいわ。よーし、日本語の勉強頑張るわよ。』


 そういってやる気に満ち溢れるソフィア。日本のアニメが好きな事が高じてリスニングが出来るようになった彼女なら、いつかはその好きを原動力にして日本語の読み書きも出来るようになるだろう。


 そんな期待を抱きつつ、さて俺の探す新刊は何処かなと眺めていると、隣にいた姫奈がこちらを見ている事に気が付いた。


「二人の趣味が一緒な事は以前にも聞きましたが、こうして話している様子を見ると改めて仲の良さを感じますね。とても微笑ましい光景です」

「姫奈もどうだ? 前から勧めてきたけどさ、案外こういうのを読むとハマるかもしれないぞ?」


「連とソフィアさんが話す姿を見て、私も読んでみたいという気持ちになったのですが……父があまりこういうものを好まないので。読んでいる姿を見られたら雷が落ちてしまいそうです」

『ねえねえ、それなら電子書籍はどう? スマホで読んでいるなら気付かれないかもしれないわ』


 ソフィアの話す内容を通訳すると、姫奈は困ったように眉尻を下げた。


「それがスマホも毎日チェックされる始末で自由に使う事が出来ないのです。友人との連絡も最低限で、連に頼み事をする時もその内容を考えるのに一苦労なのですよ」


 確かに姫奈の親父さんはスマホの扱い方についてかなり厳しい。


 彼女のスマホをチェックして、変な相手と姫奈が仲良くなっていないか異性同性関わらずメッセージのやり取りを確認してみたり、インストールされてるアプリや果てはインターネットブラウザの閲覧履歴まで事細かに調べようとする。


 だから姫奈は生徒会室にコーラを持ってきて欲しいと俺に頼む時、《書類を持ってきて欲しい》とか言い方を変えてメッセージを送ってくるんだよなあ。


『ヒナさんのパパは徹底的なのね……』

「ええ、厳格な人です。何事にも真面目に取り組む方で、仕事やプライベートでも隙は一切見せません。尊敬はしているのですが、最近は息が詰まる一方ですね」


 そう言ってため息をつく姫奈の顔からは疲れの色が見え隠れしていた。


 おそらく今日こうやって出かけてきたのは、普段の厳しい日常から抜け出して気分転換をする為だったのだろう。しかしボディーガードが付いてきた事で思ったように息抜き出来ず、そんな中でちょうど俺とソフィアの姿を見つけて声を掛けたというところか。


「なあ姫奈。それなら今度、お前が生徒会室にいる時に何冊かラノベ持っていこうか? あそこなら肩肘張らずにリラックス出来るしさ、親の目だって気にする必要はないんだ」

「わあ、それはとても嬉しい提案です。あの場所は私にとって唯一心休まる場所ですから、ぜひお願いします」


『わたしからもよろしく頼むわ。ヒナさんにラノベの素晴らしさを知ってもらいたいもの』

「分かったよ、ソフィー。任せてくれ」


 二人からの頼まれごとに俺が快く了承した後だった、姫奈はそっと俺の耳元で囁いてくる。


「――その時はポテチとコーラも一緒に持ってきてね~」


 そうして囁く彼女のふにゃふにゃの笑顔は、俺にだけ見せる姫奈の素顔。今から生徒会室でポテチとコーラに囲まれてラノベを読み漁るのを楽しみにしているのかもしれない。


 そんな彼女に思わず頬を緩ませながら、【ポテチとコーラも了解】と心の中で返事をしておいた。


 それからソフィアと二人で姫奈におすすめの作品を教えていく。アニメ化された人気作や、アニメ化されずとも心に残る名作などなど、俺達の作品の紹介を姫奈は興味深げに聞いてくれていた。


 俺達の説明を聞いた後、姫奈はその中から三冊選び、俺は自分が欲しかった新作と一緒に姫奈の欲しい作品をレジに持っていく。


 ソフィアだけではなく姫奈ともオタク談義に花を咲かせる日を楽しみに、俺はレジでの会計を済ませるのだった。

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