第22話、満ち足りた時間

 俺はリビングでソフィアが戻ってくるのを待っていた。


 お風呂から上がったソフィアは喉が乾いているだろうと思いアイスティーを準備し、それから一人でソファーに深く腰をかけている。


 さっきの出来事を思い返す度に、俺の鼓動は高鳴っていった。


 ソフィアの裸が頭から離れず、何度も思い出しては悶えてしまう。


 そして裸を見られたというのに一切怒る事なく、悪戯っぽく笑って許してくれるソフィアの優しさに俺は感動していた。やっぱり彼女は天使みたいな女の子だと思う。


 そんな事を考えながらどれくらい時間が経っただろうか。


 脱衣所の扉が開いてそこからソフィアがゆっくりと出てきた。


 湯上がりでぽかぽかなソフィア。

 頬はほんのりと赤く染まっており、濡れた綺麗な金色の髪をバスタオルで丁寧に乾かしている。もこもことしたピンク色のナイトドレスを着ていて、清楚可憐で大人っぽい雰囲気のあるソフィアがいつもより少しだけ幼く見えた。


 その可愛らしい姿を目に焼き付けるようにじっと見つめていると、彼女は俺の姿に気付いてふわりと優しく微笑んでくれた。


『レン、とっても良い湯だったわ。お湯加減もちょうど良くて、今日の疲れがばっちり取れた気がするの』

『そ、そりゃ良かった。あ、そうだ。ドライヤー貸すからちゃんと髪も乾かしとけよ? それとアイスティーも用意しておいたんだ。もし良かったら飲んでくれ』

『ドライヤーまで貸してくれて、冷たいお茶まで用意してくれるなんて至れり尽くせりね。ふふっ、なんだかお姫様になった気分』


 ソフィアはくすっと楽しそうに笑う。さっきの出来事を全く気にしていない様子で、彼女は上機嫌に俺の隣へと座った。おかげで俺も平静さを取り戻し、いつものように彼女に接する事が出来た。


『それじゃあソフィーがアイスティー飲んでる間にドライヤー用意しとくから。ここで座って待っててくれよ』

『うん、ありがとう。このアイスティー、とっても良い香りがするし、凄く冷たくて美味しそう。いただきます』


 ソフィアはアイスティーの入ったグラスを小さな口に付け、それからこくりと喉を鳴らした。


 美味しそうに頬を緩ませてアイスティーをゆっくりと飲むソフィア。その姿を見届けた後、俺はドライヤーを取りに洗面所へと向かう。


 棚から取り出したのは母さんからのお下がりでもらった充電式のドライヤー、持ち運びが便利で結構気に入っている。ソフィアも喜んでくれたらいいなと思いながら、俺はそれを片手にリビングへ戻った。


『ソフィー、持ってきたよ。使い方分かる?』

『わあ。それワイヤレスの高いやつじゃない、良いの使ってるのね』


『母さんからもらったやつで、俺はあんまりお世話になる機会がないんだけど……。ソフィーみたいに綺麗な髪の子なら、こういうのが良いと思って』

『綺麗な髪の……っ。ふ、ふぅん。そう……』


 ソフィアは何かを言いかけた後、俺の言葉を聞いて照れたように顔を逸らす。頬を手で抑えながら、恥ずかしそうにチラリと俺の方を見た。


『レンと一緒にいる時は油断してちゃだめね。すぐ顔がふにゃふにゃになっちゃう』

『え……俺、何かまずい事言ったか?』


『ええ、レンってばわたしがドキドキする事をいっつも平気で言うの。自覚が無いのはずるいわよね。仕返しよ、えいっ♪』

『ちょっ、いきなりほっぺたつんつんするな……っ!』

『ふふっ、わたしの気持ちちょっとは分かってくれた?』


 ソフィアから頬をつんつんと人差し指でつつかれて、いきなりの事で驚く俺。


 そんな俺を見つめながらソフィアはとても楽しそうに笑っていて、彼女の笑顔につられて俺も頬を緩ませていた。


『ねえ、もし良かったら髪を乾かすの手伝ってくれない? 後ろの方とか一人でやるのって大変で』

『ソフィーが言うなら俺は構わないけど……それじゃあそこに座って――』


『ううん、そうじゃなくて。レンのお膝の上がいいの。だめ?』

『え!? い、いや、だめじゃないけど……でも本当にいいのか?』

『うん。なんだか甘えたい気分なの、だからお願い』


 ソフィアは甘い声音で囁きながら、上目遣いで俺の顔を覗き込んでくる。


 その表情はまるで子猫のように愛らしくて心臓がドキリと跳ねた。そんな彼女から甘えたいとせがまれて断れるはずがない。


 それから俺が小さく頷くと、彼女は花が咲いたような笑みを浮かべる。そしてそのまま俺の膝の上にちょこんと乗っかってきた。


『ありがとう、レン。それじゃあよろしくね』


 ソフィアは嬉しそうな声でお礼を言うと、俺の胸に背中を預けてくる。


 桃のような甘い匂いをいつもより強く感じて、火照った身体は柔らかくて気持ち良くて、お風呂上がりのソフィアを直に感じて俺は緊張で固まってしまっていた。


 ソフィアも頬を赤く染めながら、どこか期待するような眼差しでこちらを見上げてきている。


 その可愛らしい視線に耐えきれずに目を逸らしてしまうと、ソフィアは悪戯っぽく笑った。


『ふふ、レンってば緊張してる。こうしてくっついてると、どきどきしてるの聞こえちゃうね』

『そ、そりゃそうだろ。だって女の子とこんな事するの初めてだし……』


『わたしも初めてなの、こうしてくっついて男の人から髪を乾かしてもらうのって。だからどきどきしてて……ほら、背中に手を当ててみて?』

『せ、背中……?』


 言われた通りにそっと手を彼女の背中に当てると、すぐに手のひらを通じて彼女の鼓動が伝わってきた。


 とくんとくんと心臓の音をはっきりと感じる。それは緊張して心臓を高鳴らせる俺の鼓動と全く同じリズムで――思わずソフィアの顔を見ると、彼女は耳まで真っ赤にしながら照れくさそうにはにかんでいた。


『えへへ、同じでしょ? わたしもレンと二人でいる時はずっとこんな感じなの。二人で一緒にどきどきしてくっついて、これってなんだかすごく嬉しいの。今とっても幸せな気分』

『……ああ、そうだな。俺も今とんでもなく幸せだ』


  推しにこうして甘えられ、二人で一緒に心臓をどきどきさせて、そんな時間がとても心地よくて堪らない。そしてソフィアの照れた笑顔を見ていると、心の底から幸せが満ち溢れてくるのを感じた。


 それから俺はソフィアに促されてドライヤーを手に取り、彼女の綺麗な金色の髪を乾かし始める。


 ソフィアは気持ち良さそうに瞳を閉じると、安心した様子で俺に身を委ねてくれた。


 彼女の長い髪に優しく丁寧に暖かな風を当てていく。そうして乾かしていくと次第に彼女の髪はさらりとした光沢を放つようになり、天使の羽のようにふわりと柔らかくなっていく。


 そんな綺麗な髪を指先ですくうように撫でると、ソフィアはくすぐったそうに肩を震わせて、楽しそうに笑いながら身体を揺らす。


 それは本当に幸せで満ち足りた時間だった。

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