第11話、夢みたいな光景

 推しと一緒に登校するという夢みたいな光景に胸を躍らせつつ、俺は学校へ続く道を歩いていた。


 隣を歩くソフィアの横顔をちらりと見てみる。


 その整った綺麗な横顔は思わず息を呑んでしまう程に美しい。さらりと揺れる金色の髪は陽光を浴びて煌めきを放ち、まるで天使の輪のように輝いていた。宝石のように美しい碧い瞳は真っ直ぐ前を見据えていて凛とした雰囲気を纏っている。


 すれ違う人々が男女問わず彼女に振り返っているのを見て、改めて彼女がどれほど魅力的な女の子なのかを思い知る。それでいて彼女はネットの世界では300万人のチャンネル登録者を持つ超人気のVtuberなのだ。


 そんなソフィアとこうして並んで歩いている事に優越感と緊張感を同時に覚えてしまう。それを悟られないよう冷静に振る舞おうとしていると不意にソフィアが口を開いた。


『やっぱりレンと一緒に登校して良かったわ。すっごいジロジロ見られてるし、一人じゃ耐えられなかったかも』

『ソフィーは目立つのが苦手だって言ってたよな。でもまあ俺達からすると外国の人って珍しいしさ。それにソフィーって本当に可愛いから、みんなから注目されるのも仕方ないよ』


『……っ。ほんとレンってばわたしをドキドキさせるのが得意よね。いきなり可愛いって……もうっ』

『す、すまん。推しを褒めるのはファンとしての責務なわけで、いつものノリでついな……』


『レンに褒められるのは……その、嬉しいから謝らなくていいの。ただ急に言い出すから本当にびっくりしちゃうのよ……。こんな感じで自然に女の子を褒めちゃうレンに、今まで恋人がいなかったなんて信じられないわ……』


『信じられないって言われてもな。俺は今までアリスちゃん一筋で生きてきたわけだし、アリスちゃんに出会う前もアニメやゲームばっかりの生活で恋愛とは無縁だったしさ』


『ふふっ、そっか。そうなのよね。わたしって本当にラッキーよね。えへへっ、日本に来てよかった』

『ん……? それってどういう意味だ?』


『あは、どういう意味でしょうね? ほらそれより学校が見えてきたわよ、急ぎましょっ』

『ちょっ、急に早足で――ま、待ってくれ』


 そう言って微笑むソフィアは弾むようなステップで歩き出す。そんな彼女を追いかけながら何とも言えない心地良さを感じていたのだが、不意に聞こえてきた声によって現実に引き戻されてしまった。


「あの子、噂の留学生のソフィアちゃんじゃね。すげー可愛い。マジで天使みたいじゃん」

「金髪ロングとかリアルで初めて見たぜ。おっぱいでけぇ、たゆんたゆんだぞあれ……!」

「うお! こっち見た! やっぱめっちゃかわいいな!」

「隣の男子は誰? もしかして彼氏?」

「いや何でもソフィアちゃんの通訳らしいよ。英語が上手なんだって」

「へえ、それなら今度おれらもソフィアちゃんとの通訳お願いしてみようかな」


 学校が近付いてきて登校中の生徒が見え始めたところで、周囲からそんな声がちらほらと聞こえ始める。


 ソフィアはイギリスから日本に留学してきたばかり。いくら騒いで好きな事を言っても日本語なら伝わらないと彼らは高を括っているのだろう。昨日の虻崎も似たような感じだったが実はそうじゃないのだ。


『おっぱい大きいって……こんな所で大声出して言うこと? 普通に恥ずかしいわ……』


 両腕で自分の胸を隠すようにして頬を赤らめるソフィア。確かに彼女の胸はかなり大きくて、周囲の男子が興奮する気持ちは俺にも分かるのだが、それを口に出して言うのは失礼というもの。


 このままではソフィアも居心地が悪いだろうなと、それを紛らわせたくて別の話題を振っていく。


『なあソフィー。その反応だと、やっぱり日本語で何言われてるのか分かるのか?』

『ええ、そうよ。喋れはしないけど聞き取る事ならばっちりね。ふふっ、驚いた?』


 そう言って得意げに胸を張るソフィア。その瞬間に彼女の大きな膨らみがたゆんと揺れた。


 俺は思わず彼女の胸に視線がいってしまいそうになるが、必死に理性を働かせて視線を逸らす。ここで紳士的にならなくてはソフィアが更に不安がる。


(彼女は俺を頼ってくれているんだ。その想いに応える為にも耐えろ、あくまでも平静を装うんだ、俺……)


 そう自分に言い聞かせながら俺は一度深呼吸をして、それからソフィアの碧い瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


『そ、そりゃ驚くよ。イギリスに居た頃からずっと勉強してたって感じなんだな』

『わたしの場合は日本のアニメを小さい頃から見ていたら聞き取れるようになったの。レンと似てるわよね、他の国の言葉を覚えた理由。そう思わない?』


『あー確かに似てるかもな。俺の場合はアリスを推したいあまり英語を覚えようと思ったわけだけど、ソフィーは好きになったアニメのセリフを聞き取ろうって頑張ったってところか』


『そうなの。わたしのママとパパって日本のアニメが大好きで、その影響でわたしも大好きになったのよ。あの頃は字幕があっても文字は読めなくて、最初は何言っているのかも良く分からなかったけど、もっと物語の中に入り込みたくて、何度も何度も見直している内に自然と分かるようになったの』


『それで喋れはしないけど聞き取れはするようになった、って感じか。ちなみに文字の読み書きは?』

『そっちはだめね。この留学を通じて日本語の読み書きも出来るようになりたいわ。日本語で書いてあるラノベを読んでみたいし、もっともっと色んな作品に出会ってみたいわね』


 やはりソフィアの言う通り、俺が英語を、ソフィアが日本語を理解出来るようになった理由は似ていると思う。


 好きという気持ちを原動力にして言葉の壁を乗り越えて、その好きを今も真っ直ぐに貫き通している。そんな共通点に嬉しさを感じて俺の頬は自然と緩んでしまう。


 そうして会話に花を咲かせていると、気付けば校門の前に辿り着いていた。


『留学してきて二日目の学校ね。今日も頑張るわよ』

『凄いやる気だな。でも無理はしないように。何か困ったことがあったらいつでも言ってくれ』

 

『ふふ、ありがとうねレン。でも楽しすぎてついはしゃぎすぎちゃうかも。日本のマンガやアニメって高校を舞台にした作品が多いでしょ? わたしそれを見て、日本で送る高校生活に憧れていたから』


『なるほどな、ソフィーが留学してきた理由にはそれもあるわけか。じゃあ俺はソフィーが憧れの場所で楽しく過ごせるよう、精一杯フォローしていけば良いんだな』


『うんっ、頼りにしているからよろしくね、レン』

『任せとけ。それじゃあ教室まで行こう』


 俺がそう告げると、ソフィアは満面の笑顔を浮かべて頷いた。

 

 それから俺達は柔らかな風に吹かれながら、二人で並んで校門をくぐったのだった。

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