第49話

相当ガッツリ寝ているため、夜斗は二人を抱えて運ぶしかない

倉庫にいけば台車があるのだが、玄関から車まではそう離れていない

紗奈を抱えて玄関から外に出ると、少し肌寒い風が頬を撫でた



(いい風が吹いているな。っと、紗奈は相変わらず軽い)



布団のような軽さ…とまでいかずとも、平均的な21歳よりはかなり軽い

なんの苦労もなく後部座席に座らせることができたため安堵し、シートベルトをしめさせる



(問題は、雪菜か)



雪菜を持ち上げたことはない

高校時代から今まで、そういうシチュエーションになったこともない

大抵は霊斗が抱えていくのだがその霊斗が酩酊状態であるため、仕方なく運ぶのだが



(悪いが70キロ以上は持ち上がらないぞ)



筋力に自信がないため、そんなことを考えながら雪菜を両手で支えて持ち上げる



(…予想よりは軽い。が、紗奈よりは重い…!)



全力で踏ん張り、重心を安定させるとある程度は楽になった

そして一歩ずつ踏み出していく



(…いやまぁ、うん。紗奈とは違った肌の感触ですねって馬鹿!胸は…うん)


「どうしたの?夜斗」


「いや、いいまな板だなこれ。まな板にしようぜ」


「………確かに、私より小さい」


「だろ?ちょっと試しに肉買ってこようぜ」


「さすがに擁護できない」


「へ?」



夜斗の左頬に手が触れた

しかし背後にいる弥生のものでも、すでに車にいる霊斗や煉河、紗奈のものでもない



「せんぱぁい?」


「ひぃ!?」



さすがの夜斗でも恐怖を感じる雪菜の笑み

何故だろう、抱えていて生殺与奪を握っているのは自分のはずなのに、一歩でも動けば首が消えるかのような殺意を感じる



「とりあえず降ろしてください」


「お、おう…」



夜斗はゆっくりと足側から雪菜を床に降ろし、立つのを待った

振り返ると弥生は既に退避しており、なんならドアを閉められているため逃げ道もない



(裏切られた!?)


「…先輩。私を運んでくださろうとしたのは感謝します。ありがとうございます」


「お、おう。まぁ寝る場所ないし…俺の部屋だと地震来たら機械に埋もれるしな」


「相変わらずですね…。取捨選択というものをご存知ですか?」


「捨てれねぇよ。高いし他に需要ないから売れないし。つかなんなら今日増えたんだぞ」


「そうでしたね」



ふふっ、と笑う雪菜

一般には可愛い笑顔だが、夜斗にとっては殺人鬼の笑みにしか見えない

なんなら背後に阿修羅が見える気がする



「で・も」


「ひっ…!」


「私を貧乳扱いはよくありませんね。まさかまな板と呼ばれていたなんて思いもしませんでしたよ」


「う…そ、それは…」


「ですが貧乳なのは事実ですし、霊くんは私がいいと言ってくれるのでいいんです」


「そ、そうか!なら帰ろうか!」


「いえいえ。ただ、1つだけ」



右側から迫る掌

回避できるがしてしまうと攻撃が激しくなる可能性があるためあえて回避はしない

吸い込まれるように右頬に叩き込まれた雪菜の白い掌が、思っていた以上の衝撃を与え首を無理やり左に向かせる



「ま、まな板なんてほど貧乳じゃありません!弥生さんほどはありませんけど…」


「く、首が…。寝違えたかのように痛い…!」


「あ、そうだ先輩。そんなに疑うのなら…触ってみます?」


「…は?」


「触ればまな板じゃないことの証明はできますよね?なんなら揉まれると大きくなると言いますし。霊くんは揉んでくれませんし、この機会に少しくらい協力してくれてもいいと思うんですよ」


「…いや俺には弥生という嫁がいてだな」


「弥生さんいいですか!?」


「…いいよ。夜斗の愛を確かめるためにはいい機会かも」


「何故ぇ!?」


「人の…雪菜の胸を揉んで、それでも私に戻ってくるかどうか…試してみるのも一興」


「やめて止めて!霊斗に狩られる!」


「大丈夫です、薬で寝てるので!」


「おかしいとは思ったんだよ!あいつあんま飲んでねぇのにめっちゃ寝てんなぁって!けどお前そうなると浮気前提でここに…」


「違います!元々は普段夜中までゲームしてて寝てくれないので無理やり寝かせるつもりだっただけですから!」


「…雪菜。ビッチは良くない。緋月も流石に嫌がる」


「違いますって!なんなら弥生さんに事前相談しましたよね!?」


「何してんだお前らは!?」


「…緋月が胸を揉まない相談を受けたから、夜斗に頼むことは許可した」


「なんでや!」


「私は浮気されるのは嫌だけど、夜斗もそうなのは知ってる。するのも嫌だって。けど、胸を揉むだけで浮気と認識できる夜斗が、気持ちの面で雪菜に流れることはありえないと判断した」


「少なくとも俺は弥生が霊斗に揉まれるの嫌だぞ。あいつとて…」


「そこは許可取ってますよ?当然じゃないですか」


「……」



夜斗は初期の弥生レベルの無表情となり、霊斗が眠りにつくリビングにて強めに拳を握りニッコリ笑う



「緋月霊斗強制起床術その8、桜華!」


「みぎゃああああああ!!!」



そのまま流れるように拳が霊斗の腹に叩き込まれ、あまりの痛みに叫び声を上げて起きあがる…ことができずに倒れる



「な、なにすんだよ!」


「お前俺が雪菜の胸を揉むことを許可したらしいな」


「したけど…なんかおかしかったか?ああ揉むところねぇよって?あっはっはお待ち下さい雪菜様」



背後から頭蓋を掴む雪菜に対し、両手を上げて降伏の意思を見せる霊斗

笑う雪菜だがやはり目は笑っていない



「なんで俺がやるんだよお前がやれ」


「待ってこの状況を放置すんの?助けて?あわよくば酔いが覚めるまで家にいさせて」


「このあと弥生といちゃつきたいからやだ。あとお前らのイチャつき止めるのも悪いし」


「これがイチャつきに見えると!?眼科いけよ!あああああああああああ!!」



そのまま後ろからアイアンクローをキメられる霊斗に向けてため息をつく

悶絶する霊斗を外に連れ出してタバコを吸い始めた



「なんで俺なんだよ。お前がやれよ」 


「俺は貧乳が好きだ」キリッ


「そんなキメ顔されても…。殺したいなぁとしか思えない」


「ごめんなさい。いやけど、大きくなるために揉んでくれって言われても、そのままが好きだからさー。つか大抵揉むだけで終わらないし」


「俺を巻き込むなって言ってんの!」


「仕方ないだろ、信用してて雪菜と仲いいのお前しかおらんし」


「お前がやらなかったらお前が過去に書いた小説を雪菜と雪菜の実家に送る」


「マジすんませんした。けど…叶えてやってくれよ。今後言われるの嫌だろ?」


「止めるのはテメェの役目だ」



そういって夜斗は吸い終わったカートリッジを箱に逆さにして入れた

霊斗もちょうど吸い終わり、携帯灰皿へと吸い殻を入れる



「つか触られるの嫌じゃねぇの?お前の妻だろ」


「嫌っちゃ嫌だけど、お前と浮気するの考えられんし。お前妹みたいに思ってるって言ってたろ?」


「まぁそうだが…」


「妹の胸揉むくらいよくあることだろ?」


「ねぇよ!?お前さては…」


「え?ないの?常識だって言われてたんだが…」


「うわ…。つかそうだとしたら俺が紗奈の胸揉んだことあると思ってたのか?」


「思ってた…悪い」


「あるけど」


「あるじゃん!?」


「頼まれたからな。そんときは彼女いなかったし…あれ、いたっけ?記憶にねぇや」


「若年性健忘か?」


「いやもう弥生一筋すぎて過去の女は記憶にない」


「いきなり惚気けられた!?」



立ち上がって家に戻る2人

煉河は荷造りを終えたのか、入れ替わるようにタバコを吸いに外へ出た

酔いはある程度覚めたらしい



「…弥生、車に紗奈乗せたままだしエンジンかけてやってくれ。割と寒いぞ今日」


「わかった。じゃあ夜斗、パパっと揉んで出発しよう」


「ああもう忘れたかと思ったけどそんなことねぇのな…。なんで旦那に人の胸揉まそうとすんの」


「妹の胸揉むのはよくあることだと聞いた。夜斗は雪菜を妹同然に思ってるって言ってたし」


「え何それ共通認識なの?妹の胸揉むのが当たり前なのこの世界?」



突っ込むことに疲れた夜斗

霊斗は荷造りを終えて雪菜の車に向かっていった



「…すげぇやだなぁ…あとで揉めそう」


「今なら揉めますよ?」


「そっちじゃねぇよ。もう…仕方ねぇ、布団だと思おう」


「添い寝はしませんよ?」


「なんでお前被って寝るんだよ。弥生と寝てるから部屋に来ないでください」


「明確に拒絶されるとわりと傷つきますね…」



両手を広げる雪菜に向けて大きめのため息をつく夜斗

それもそうだろう。何故妹のように思っていた後輩に胸を揉めと言われねばならないのだ

それも親友の嫁である。高校生の頃には紗奈にも言われたが



「しゃーねぇ…。えい、おわり」


「触っただけじゃないですか!しかも服の上から!」


「直に揉めと!?何言ってんの!?」


「いいじゃないですか減るものじゃありませんし!むしろ増えます!!」


「仮に胸増えるとしても俺の心がすり減る」


「そんなに嫌なんですか…?」


「今理性がフル稼働して抑えてんの。つかよく言うだろ?ない胸は揉めないって」


「無い袖は振れないですよね?それ」


「そうともいうな」



胸に触ることたけでも夜斗にとっては負担だったのだが仕方がないと腹をくくる

玄関に置いてある靴を履く用のベンチに座り、膝を叩く



「久しぶりですね、膝に乗るのは」


「まぁそうだな…。高校時代以来か」


「あの頃はもっと狼狽えてくれたんですけどね、先輩も」


「もう卒業から5年経つし嫁もいるからな。お前のような小悪魔に懐柔されるほどヤワじゃない」


「そうですね。いい旦那さんだと思いますよ」


「あいつも浮気はしねぇし一途だ。掴んで離すなよ」


「離す気はありませんよ」



そう言って笑い、夜斗の膝に座る雪菜

何気に弥生にはやったことないな、とこんなときでもブレずに弥生のことを考える



「あいつ胸フェチじゃないんだな」


「仮にそうなら私と結婚したのは間違いですね。霊くんは脚フェチです」


「知りたくなかった」



良くないこととわかりながら、明確に拒否しながらも周りからの圧で実行する

そんなことは今までもよくあったことであり、仕事上必要なことだった

が、それとこれでは話が違う

雪菜も本質的には理解していた。嫌でなくとも好んでやってほしいとは思っていない

あくまでこれは実験であり、そこに他の思惑はない



「これでちょっとでも胸が大きくなったら、少しは先輩も気が楽ですか?」


「さぁな。無駄じゃなかったと思えるかもしれん」


「なら、お願いします」


「否定するべきだったか…。なんで毎回2択を外すんだ俺は…」



そう言いながら服の中に手を入れる夜斗

かつて雪菜にやれといわれたことはあったが、そのときは強引に話を終わらせた

今回はそういうことができない。だから、やるしかない



(後悔すんなよ。弥生)



考えるのは弥生のことだけ

手に伝わる感触は腕の先で止めて、脳に伝わる前に消す



「んっ…。はぁ…」


「なんでそういう声出すのお前」


「腕を切ったら痛いのと同じ、んふ…です。反射的に声は出るんですよひゃん!?わざとやってます!?」


「やれって言ったのお前じゃん」


「そうですけど喋ってるときは止めるとか!」


「しねぇよ。まぁ確かにまな板ではないな。おろし金にするか」


「固く攻撃的になりましたね…」


「よく考えたら肋骨の感触を考慮してなかった。まな板は平らだし」


「そこですか!?」



艷やかな声を時々上げる雪菜を無視して、やれと言われたことをやり続ける

何故こんなことをしているのか、という深層思考に入りながらも手は止めない



「ちょ、せんぱ…ひっ、待って…!もう、らめ…です!」


「ん?ああ悪い、深層思考に入ってた。生きてる?」


「生きて…ますけど、先輩…激しすぎます…」


「意識切れるとやってることを維持することしかできなくてな。無意識に動いてた」


「無意識に…。意識的にやられたら私でも正気を保てないかもしれませんね」


「かもな。弥生は後半余裕なくなるぞ」


「聞きたくなかったですね…後輩の性事情…」


「今俺はそういう気持ちだよ」


「ひぅん!?な、なんで最後に弾いたんですか!?」


「気分」



指でピンと弾いたのは胸の先にあるアレだ

思っていたより反応は面白かったが、それでもコレジャナイ感が拭いきれなかった夜斗

脱力した雪菜に肩を貸して雪菜の車に乗せて家に鍵をする



「終わったの?」


「ああ。やっぱり弥生が1番だなと再確認できた」


「なら、いっか」


「でもあとでお仕置きな。同じことを弥生にする」


「それはご褒美になるけど」


「そうかい…」



車に乗り込みエンジンをかける

雪菜のも弥生のも軽自動車だ。結局夜斗運転の方に乗っているのは霊斗と雪菜で、弥生の方に紗奈と煉河が乗ることになった

いつもは後部座席に座ってイチャつく霊斗と雪菜は、どういう風の吹き回しなのか雪菜が助手席にきていた



「…何故」


「何となくです。たまにはいいじゃないですか、兄妹水入らずで」


「それなら紗奈も呼ばないとなぁってバカ、霊斗が泣きそうだぞ」


「実質先輩の義理の弟ですね」


「やだなぁ、こんな人外弟…」


「人外とはなんだ、ちょっと太陽に弱くてにんにく嫌いな一般男性だぞ」


「吸血鬼かテメェは」



夜斗の運転で走り出した車はすぐ近くにあるバイパスに乗り、弥生も夜斗を追いかけてバイパスに合流

数十分で天津風家がある富士市と清水区の境に到着し、弥生はバイパスを降りていった



「で夜斗、ユキの胸はどうだった?」


「ああ、まるで山登りをしてる気分だった」


「崖山の岩じゃないんですから。というかまだそんな扱いなんですか!?」


「まぁ、この感想を求める霊斗を刺したいとは思うよ」


「なんでだよ、気になるじゃんか。嫁が胸揉まれてたら」


「気になるな。つか揉まれる前に止めろ」


「お小遣い一万円増額には逆らえなかった」


「お前…俺を売ったな」



あと30分は走ることになるため、車内は会話に包まれている

夜斗は今日はかなり安全運転だ。下手に荒く運転すると後ろで霊斗が吐きかねない



「弥生より小さいなとは思った」


「あの人よりでかいのあんま見ないぞ」


「何人の嫁の胸見てんだ殺すぞ」


「見てない!見ておりません!」


「弥生さんより大きい人あんまり見ませんね」


「まぁそれはそうかもな」


「扱いの差よ!」



霊斗の抗議は夜斗にも雪菜にすらも無視された



「まぁ昔よりは大きくなったんじゃね」


「ホントですか!?」


「昔より…って揉んだことあんのか?」


「揉んだことはないけど後ろから抱きつかれたことはある」


「当時は先輩のこと好きでしたからね。圧倒的スルーされてましたけど」


「えそうなの?初耳だよユキ」


「初めて言ったしね。元々先輩に近づいた目的がそれだったし」


「知らんかったわ。やっぱり狡猾魔女だなお前」


「褒めても何も出ませんよ?」


「褒めてない。霊斗は何ないてんだ?」


「いや、夜斗のお手つき後だったとは…」


「手は出してねぇよ」


「ここであえていうと、先輩がファーストキスです」


「出してるじゃねぇか!」


「俺からしたわけじゃない。しかも寝込みを襲われただけだ、俺は被害者」


「当時は先輩が好きでしたからアピールはしましたよ。けど今は霊くんだけだし、許して」



笑顔を向ける雪菜

その笑顔に黙らされた霊斗は、座席に横になった



「その笑顔見せられたらなんも言えない」


「惚れすぎだろ、この魔女に」


「魔女じゃありません!」


「魔女だよ。じゃなきゃ俺のファーストキス奪った理由が説明つかん」


「え?お前元カノめっちゃいたじゃん」


「会っても手を繋いだくらいだ。キスは許したことはないし、性行為もしなかった。危うくこいつに童貞まで奪われかけたが」


「むしろ私の処女を霊くんに捧げられたのは、そのとき断った先輩のおかげですよ?」


「うわぁ、知りたくなかったその事実…。まぁ、もういいや過去は振り返らない」


純恋すみれ…」ボソッ


「やめろォォォ!!元カノの名前を出すなァァァ!」



霊斗の叫び声のあとで弥生から電話がかかってきた

夜斗は右耳につけていたハンズフリーイヤホンのボタンを操作して通話に応答する



「どした」


『紗奈をお風呂入れたら迎えに行く。夜斗も雪菜お風呂に入れてて』


「ペットじゃねぇんだぞ紗奈も雪菜も。風呂は勝手に入らせるさ。紗奈は入れてやってくれ」


『了解。予定時間としては今から1時間くらいだと思う』


「うい」



夜斗は通話を切ってハンドルに力を込めた

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