第25話

結婚報告を会議の際にすると、課長は息子のことのように喜んだ

というより先程この男は自分で「契約結婚」のことを話題にしていたはずなのだが覚えていないらしい



「さて、この流れで言うのも申し訳ないが冬風君は4月から静岡商業高等学校に出向となる。引き継ぎは深沢君にするように頼んであるから、しっかりと受け継ぐように。それと、再来月にはまた予算が下りるからそれの達成のため個別にノルマを立ててある。その話は、冬風君からしてもらう。深沢君が4月からやることだし、ちゃんと見ておくように」


「はい!」


「…じゃあ、来期の予算から…。うちの支店にきた予算はトータルで――」



真面目な顔をしている深沢も、少し夜斗を気にしているようだ

今は11月上旬。予算の話をするには少し早い

それでもやらせるのは、異動でバタバタした中でやるのが面倒で、大変だからという気遣いからだろう

この男のこういった部分は上司として優れている…と夜斗は思っている



「以上。個別予算…まぁ、私が抜ける分増えてますが、達成のため協力は惜しみませんゆえ…顧客について不明点あれば深沢経由で連絡ください」



夜斗は全ての顧客についてのデータを持っている

それを置いていけばいいのだが、そのデータは個人で勝手にまとめた性格診断のようなものであり、大した情報ではないため置いていく義理もないと判断した

そもそも在宅勤務用のパソコンに保存されており、それは個人持ちのパソコンのためデータのやり取りはしたくないというのが本音だ



(グレーなんだよな、顧客情報持ってる扱いだし)


(グレーなんだよね、冬風君が外部に漏らすことはないだろうけど)


(グレーっすね。先輩のアレめちゃくちゃ欲しいけど)



三者三様にその情報についての意見を飲み込む






そして仕事が終わり、ビルの一階外にある喫煙所にてまた電子タバコを吸う

課長と後輩も一緒だ



「…冬風君」


「なんすか」


「改めて結婚おめでとう」


「あざます」


「先駆者としての助言だ。財布は握らせるな」


「生活費は折半なんで問題ないっす。多分」



この男は妻帯者だ

単身赴任でここに来たのだが、いつも暇をもて余しており、夜斗やその他同僚へと飲みに誘うことがしばしばある



「向こうに行っても飲みには来てくれるかな」


「お誘いとあらば。まぁ、新婚の魔力に私が逆らえるならですけど」


「上司より妻かね」


「無論です。課長の教えですから」


「いい心構えだ。ではこれをあげよう」



課長が出してきたのは金一封と書かれた封筒だ



「これは…」


「気持ち程度の祝儀だよ。上司として、してやれる義理は最後かもしれないが」



この男、実は本社への栄転が決まっている

夜斗と同じく4月にはいなくなるのだ

本社は東京にあるためまた単身赴任なのだが、それを気にする素振りはない



「ありがとうございます。まさか、いただけるとは…。お返しできませんよ、この御恩」


「いいさ。たまに飲みに付き合ってくれれば。たまに帰ってくる予定だからね」


「先に連絡ください。深沢巻き込むんで」


(あれ、サラッと巻き込まれたっすね。まぁいいっすけど、こんくらいなら)



そうして数十秒沈黙が降りた



「先輩」


「おう」


「先輩は俺が結婚したら結婚式来てくれるんすよね?」


「ああ、約束したしな。それに、1番近くで見た後輩だ」


「じゃあ俺からもあげるっす」



深沢がスーツの内ポケットから出したのは祝儀と書かれた封筒だった

何故か分厚い



「厚くね?」


「俺の親に契約結婚する先輩が居るって話したら押し付けられたんすよ。いくら入ってるか忘れたけど」


「僕の渡した金額を大いに超えることは間違いないね」


「俺の分は3枚っす」


「じゃあ僕のほうが多いな」



ハッハッハと笑い合う上司と後輩

渡された封筒を眺めていると、タバコの電源が落ちた



「あ、吸い終わった」



それと同時に、1台の車がビルに横付けしてきた

中から降りてきたのは弥生だ



「夜斗」


「弥生…。きたのか」


「うん。夜斗徒歩だから。あとコンビニに行く予定だった」



弥生が指差すのは1階にあるコンビニ

最寄りなのだからここで行くのは当然だ



「あ、課長。嫁です」


「ああ、君が冬風君の…。僕は冬風君の上司にあたるものです」


「後輩の深沢です」


「…夫がお世話になっております」



少し顔を赤らめる弥生

どうやら夫と人前で言うのが未だ恥ずかしいようだ



「…可愛い奥さんっすね」


「あげねぇぞ」


「取らないっすよ。一応彼女いますし」


「一応か…」


「夜斗、帰ろ」


「ああ。お疲れ様でした」


「おつかれ」


「お疲れ様っすー」



夜斗は弥生に腕を絡められながら歩き出した

車の助手席に座り、何か話したあと弥生の頭を撫でている



「僕もああいう新婚だったはずなのにね」


「課長の場合デレデレっすからね。俺もあんま人のこと言えないっすけど」


「まぁね…。今別に不満は…小遣い制くらいしかないよ」


「家事やってもらってるんだしマシじゃないっすか?俺まだ同棲っすけど、生活費はそれぞれの給料の半分を共有口座に入れて管理してるっす」


「いい奥さんだ」


「まだ奥さんじゃないっすよ。結婚に消極的なんで、契約結婚になるかもわかりません」


「いいと思うよ。新しい夫婦の形だ」


「いいっすよねー…。先輩契約結婚のわりに、本当に新婚みたいな雰囲気っすよ」


「同棲中何かあったのか、逆に何もしなかったんだろうね」


「そうっすね」


「じゃあ僕も帰るよ。事故らないようにね」


「はいっす。お疲れ様でした」


「お疲れ様」



課長と後輩も帰路についた頃、夜斗は自宅に到着した

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